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プロフィール
HN:
麻咲
年齢:
41
性別:
女性
誕生日:
1983/05/03
職業:
フリーター
趣味:
ライブ、乙女ゲーム、カラオケ
自己紹介:
好きなバンド
janne Da Arc
Angelo
犬神サーカス団
シド
Sound Schedule
PIERROT
angela
GRANRODEO
Acid Black Cherry 他
好きな乙女ゲームとひいきキャラ
アンジェリークシリーズ(チャーリー)
遙かなる時空の中でシリーズ(無印・橘友雅、2.藤原幸鷹、3.平知盛、4・サザキ)
金色のコルダシリーズ(1&2・王崎信武、3・榊大地、氷渡貴史)
ネオアンジェリーク(ジェット)
フルハウスキス(羽倉麻生)
ときめきメモリアルGSシリーズ(1・葉月珪、2・若王子貴文)
幕末恋華シリーズ(大石鍬次郎、陸奥陽之助)
花宵ロマネスク(紫陽)
Vitaminシリーズ(X→七瀬瞬、真田正輝、永田智也 Z→方丈慧、不破千聖、加賀美蘭丸)
僕と私の恋愛事情(シグルド)
ラスト・エスコート2(天祢一星)
アラビアンズ・ロスト(ロベルト=クロムウェル)
魔法使いとご主人様(セラス=ドラグーン)
危険なマイ★アイドル(日下部浩次)
ラブマジ(双薔冬也)
星空のコミックガーデン(轟木圭吾)
リトルアンカー(フェンネル=ヨーク)
暗闇の果てで君を待つ(風野太郎)
ラブΦサミット(ジャン=マリー)
妄想彼氏学園(神崎鷹也) 他
バイト先→某損保系コールセンター
janne Da Arc
Angelo
犬神サーカス団
シド
Sound Schedule
PIERROT
angela
GRANRODEO
Acid Black Cherry 他
好きな乙女ゲームとひいきキャラ
アンジェリークシリーズ(チャーリー)
遙かなる時空の中でシリーズ(無印・橘友雅、2.藤原幸鷹、3.平知盛、4・サザキ)
金色のコルダシリーズ(1&2・王崎信武、3・榊大地、氷渡貴史)
ネオアンジェリーク(ジェット)
フルハウスキス(羽倉麻生)
ときめきメモリアルGSシリーズ(1・葉月珪、2・若王子貴文)
幕末恋華シリーズ(大石鍬次郎、陸奥陽之助)
花宵ロマネスク(紫陽)
Vitaminシリーズ(X→七瀬瞬、真田正輝、永田智也 Z→方丈慧、不破千聖、加賀美蘭丸)
僕と私の恋愛事情(シグルド)
ラスト・エスコート2(天祢一星)
アラビアンズ・ロスト(ロベルト=クロムウェル)
魔法使いとご主人様(セラス=ドラグーン)
危険なマイ★アイドル(日下部浩次)
ラブマジ(双薔冬也)
星空のコミックガーデン(轟木圭吾)
リトルアンカー(フェンネル=ヨーク)
暗闇の果てで君を待つ(風野太郎)
ラブΦサミット(ジャン=マリー)
妄想彼氏学園(神崎鷹也) 他
バイト先→某損保系コールセンター
アクセス解析
2007/06/27 (Wed)
一次創作関連
「……譲歩したる、ゆーことや」
「譲歩……」
日向子は小さく反芻した。
「オレが提示する3つの条件を守れるんやったら……少しは協力したってもええ」
「まあ、本当ですの!? 有砂様」
ぱあっと表情を明るくする日向子に対し、有砂はあくまで冷たく淡々としている。
「……条件1、オレの邪魔をしない」
日向子は聞きもらすまいと真剣な顔で頷く。
「条件2、オレに干渉しない」
日向子は一々首を縦にする。
「条件3、これで一昨日の件はチャラや……ええな?」
「え??」
「……わかったか?」
「は、はい。お約束致します」
と元気良く返事する。
「わかったら……ついて来てもええ」
有砂は踵を返して歩き出した。
日向子もそれを慌てて追いながら、
「有砂様」
と背中に呼び掛けた。
返事はなかったが続ける。
「一昨日のことですけれど」
有砂は立ち止まって、不機嫌さを露にしながら振り返る。
「……人の話、聞いてへんのか?」
「申し訳ありません、でも一つだけどうしてもお伝えしなければならないことがありますの」
「……なんや?」
心底面倒臭そうに、溜め息混じりに問う有砂。
日向子は微笑して、それから深く深くお辞儀した。
「あの時は、かばって下さってありがとうございました」
「……は?」
それは有砂の予想の範疇にない言葉だった。
「有砂様はわたくしのことを逃がそうとして下さいましたでしょう?
そのお礼だけはどうしても申し上げたくて……」
「……ジブン、アタマ悪いやろ」
有砂は呆れきったような顔で日向子を斜め上から見下ろす。
「……そんな調子やと、いつか怖い目に遭うで」
まるで嘲るような酷薄な笑みを浮かべて。
《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【2】
約束の日、約束の時間。
目黒駅で待っていた日向子の前に、少し遅れて有砂が現れた。
条件付きの取材許可を得た日向子は、どこへ向かっているのかもよくわからないまま有砂の後ろにくっついていった。
会話らしい会話もないまま、10分弱歩いたところで、どうやら目的地とおぼしき場所に到達したようだった。
「有砂様……ここは?」
「……見ての通りの撮影スタジオ」
「撮影スタジオ……ですか」
日向子がほうけたように小綺麗な建物の外観を眺めていると、中から誰かが出てきた。
「佳人くん、今日も遅刻したのね」
カジュアルな赤いスーツを着た、30代なかばほどの女性だった。
10センチのピンヒールがカツンカツンと硬質な音を響かせる。
化粧も、服装も派手なものだったが、それが見事にはまる華やかな雰囲気の美人で、アシンメトリーの前髪から覗く瞳はパープルのカラーコンタクトで飾られている。
女性は日向子を見て、ふっと微笑した。
「あら、可愛らしいひとと一緒なのね」
「……音楽雑誌の記者。撮影の合間に取材受けるから、邪魔にならんとこにおいといてくれませんか?」
「そんなに冷たい言い方をすることないでしょうに。ふふ……」
女性は淡い紫のマニキュアで染まった左手の指を肉感的な唇に当てて、くすくすと笑った。
薬指に、ゴシック調を取り入れたハートモチーフのシルバーのリングが煌めいていた。
「はじめまして。可愛い記者さん。わたしは沢城薔子(サワシロ・ショウコ)……佳人くんの義母(はは)です」
日向子はぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、有砂をゆっくり振り返る。
「よしひと様……は、有砂様、ですよね?」
「……そうやけど」
「ということは薔子様は……有砂様のお義母様!?」
「そうやゆーてるやろ……」
苛立った雰囲気の有砂とは対称的に、薔子は余裕に満ちた大人の女性だけが浮かべられる微笑を浮かべたままだ。
「……さあ佳人くんは早く準備に入ってちょうだい。……彼女のお相手はわたしがするわ」
「佳人くんはねえ、主人の連れ子なの」
ローズティーの甘い香りがふわりと広がる。
「《SIXS(シックス)》というブランド、ご存じかしら」
「はい……モードゴシック系の」
「主人の沢城秀人(サワシロ・ヒデヒト)はそのオーナー兼デザイナーなのよ。妻のわたしはヘアスタイリスト、そして息子の佳人くんは……専属契約のモデルをやってるというわけ」
薔子とともに、スタジオの隅に用意された簡易タイプのテーブルについて、お茶とお菓子を振る舞われながら、日向子は未知の光景を目にしていた。
heliodorとしてステージに上がる時とはまた一風異なるメイクを施され、黒を基調としたゴシック系のスーツをまとった有砂が、カメラマンに様々な要求をされながら次々とシャッターを切られている。
「有砂様はモデルのお仕事をされていましたのね……」
「佳人くんはブランドイメージにぴったりなのよ……背徳と頽廃、静寂と虚無……そして、官能」
薔子はとても楽しそうに有砂を見つめる。
「実のお母様がモデルをやってらしただけあって、センスもいいしね」
「あの、ぶしつけなことをお聞き致しますけれど……有砂様の本当のお母様はお亡くなりに……?」
「ううん……ご健在ではいらっしゃるみたい。一応ね」
含みのある言い方が気になったが、なんとなくそれ以上突っ込んだ質問をしづらい雰囲気だった。
「……それにしても、有砂様がモデルのお仕事をなさっているなんて意外でした」
「……そうね。わたしは佳人くんが高校生の頃からずっと口説いてたのに、長いことつっぱねられてきたもの。
それが、3年くらい前かしら。いきなり向こうから『やってもいい』なんて言ってきたのは」
「3年前……3年前は……」
粋がheliodorを脱退して、バンド活動が休止した頃。
彼らにとって、もっとも深い暗黒の時代。
「思った通り、あの子はモデル向きだったわ。音楽活動なんてやめて、いっそ本格的に転向すべきなのに」
「それはご無理なのでは……有砂様には大切なバンドがありますもの」
「……大切な、バンドですって?」
「はい」
当然のような顔で頷く日向子を見て、薔子は先程と同じ仕草で笑った。
「本当にあなたって可愛らしいのね」
そしてまたその紫色の双眸を有砂のほうに向けた。
「……あなたにもそのうちわかるんじゃないかしら。
……あの子には大切なものなんて何にもないってこと。自分自身も含めてね」
「そのようなこと……」
反論の言葉をつむごうとした日向子の脳裏に一昨日のできごとがよぎった。
あの時の有砂は、確かにあのまま殺されても別に構わない……そんなふうに見えた。
まるで生きることに執着が感じられない。
撮影が一区切りついたらしい有砂が、ゆっくりと日向子たちのほうに近付いてきた。
「次の衣装がまだ到着してへんゆーて……40分くらい、待ちやから……その間にちゃっちゃとやってくれ」
「あ、はい……!」
待ってましたとばかりの日向子だったが、
「……その前に、少し打ち合わせさせてちょうだい。向こうの部屋でね」
薔子が立ち上がった。
「あ、はい。どうぞ」
取材の条件1は有砂の邪魔をしないこと、だ。
絶対に仕事の邪魔になってはいけない。
有砂を連れて、ピンヒールを鳴らしながら薔子が隣の部屋に消えてしまうと、日向子は少し冷めたローズティーを口にした。
ほんのり、苦いような気がした。
ふと横を見ると、薔子が座っていた椅子の上に、ぽつんと携帯電話が置かれているのに気付いた。
恐らくは薔子のものだろう。
サブディスプレイに着信あり、の表示が出ている。話に気をとられて気付かなかったのだろうか。
日向子は少し迷ったが、薔子に渡しに行くことにした。
「お仕事の急な連絡かもしれませんし……ね」
携帯を手にして、立ち上がった日向子が隣室のドアのほうへ行くと、
「君、開けないほうがいいよ」
若い撮影スタッフの一人が声をかけてきた。
「……なぜでしょう?」
「……なぜも何も、暗黙のルールなんだよ。……首をハネられたくなければ、全て女王様のお心のままに、ってとこかなぁ」
「女王様の、お心のままに……」
その時、日向子の手の中で薔子の携帯が振動をし始した。
「大変……また着信が。やっぱりお届けしないと」
「だからダメだって。まったく……」
若い撮影スタッフは、呆れた顔で隣室のドアに手をかけて、音を立てないようにそっと、1センチほどの隙間を開けた。
「……覗いてみればわかるよ」
「まあ、覗き見だなんて……よくないですわ」
「いいから」
強く促されて、日向子はためらいながらもそっと、隙間から部屋の中を覗いた。
あまり広くはないその部屋にはメイク台や大きい鏡などがあって、どうやら控室のようなところらしかった。
日向子は二人の姿を探して視界を旋回させ、そして、止まった。
日向子の瞳は大きく揺らぎ、見開かれたまま停止する。
メイク台に腰を下ろした薔子は、楽しそうに笑っていた。
リングをはめた左手で有砂の身体を引き寄せて、右手でそのスーツのシャツのボタンを1つずつ外して。
「……また怪我が増えたのね。いけない子……売り物に傷をつけたりして」
「……もともと、傷モノなんで」
「……ふふふ」
ボタンを全て外し終えた右手が有砂の顎のラインを撫でて、肩口を掴み、そして、引き寄せた。
唇が、重なる……。
日向子はそこで、ドアに背中を向けた。
「わかったかい? ……そういうことだから、遠慮してね」
若い撮影スタッフは苦笑いして見せる。
「……血縁はないし、母子って言うには年も近すぎるとはいえ……ねえ。女王様にも困ったもんだよ。
……ああ、この件は一応内密にね」
そう言い残して急いで作業に戻っていった。
日向子の手の中で、うるさく騒いでいた携帯がついに沈黙した。
日向子も沈黙したまま、うつむいていた。
有砂が義理の母親と、深い仲であるらしいという事実もかなり衝撃的だったが、それよりも胸が痛いのは、今、薔子の言葉に反論できなくなりつつある自分に対してだった。
有砂には大切なものが、ない。
自分自身ですら大切では、ない。
「本当に……そうなのですか? 有砂様……」
携帯の終話ボタンを手探りで押した紫色の爪先が、再び目の前に開かれた胸元に触れる。
「……やっぱり、わざとやったんですね……携帯」
「ふふ……意地悪だったかしらね」
「……そうですね」
「……だって頭にくるでしょ? 何にも知らない小娘がこのわたしに反論しようなんて、生意気だわ」
黙ったままの有砂の背中に、細く、しなやかな両腕が回される。
「……あんな、頭の弱そうなお子様は、あなたにはふさわしくない……そうよね? 佳人……」
「……珍しいこともあるもんだ」
ミラー越しに、こちらへ向かってくる日向子の姿を確認して、蝉は車を降りた。
「お嬢様が自分から迎えに来て~、なんて……どういう風の吹き回しかな」
胸ポケットの眼鏡をかけて、「雪乃モード」を「オン」にする。
「お迎えに上がりました。お嬢様」
うつ向き気味に歩いていた日向子は、ゆっくり顔を上げた。
「雪乃……」
「……お嬢様? いかがなさ……」
揺れる瞳から、雫が滑り落ちる。
「……雪乃……!」
そのまま日向子は、雪乃の胸に飛び込んできた。
「……お嬢、様……?」
「ごめんなさい……っ、今だけ……少しだけ……」
雪乃は、わけも話さず泣き続ける日向子に身体を明け渡したまま、立ち尽くしていた。
《つづく》
「譲歩……」
日向子は小さく反芻した。
「オレが提示する3つの条件を守れるんやったら……少しは協力したってもええ」
「まあ、本当ですの!? 有砂様」
ぱあっと表情を明るくする日向子に対し、有砂はあくまで冷たく淡々としている。
「……条件1、オレの邪魔をしない」
日向子は聞きもらすまいと真剣な顔で頷く。
「条件2、オレに干渉しない」
日向子は一々首を縦にする。
「条件3、これで一昨日の件はチャラや……ええな?」
「え??」
「……わかったか?」
「は、はい。お約束致します」
と元気良く返事する。
「わかったら……ついて来てもええ」
有砂は踵を返して歩き出した。
日向子もそれを慌てて追いながら、
「有砂様」
と背中に呼び掛けた。
返事はなかったが続ける。
「一昨日のことですけれど」
有砂は立ち止まって、不機嫌さを露にしながら振り返る。
「……人の話、聞いてへんのか?」
「申し訳ありません、でも一つだけどうしてもお伝えしなければならないことがありますの」
「……なんや?」
心底面倒臭そうに、溜め息混じりに問う有砂。
日向子は微笑して、それから深く深くお辞儀した。
「あの時は、かばって下さってありがとうございました」
「……は?」
それは有砂の予想の範疇にない言葉だった。
「有砂様はわたくしのことを逃がそうとして下さいましたでしょう?
そのお礼だけはどうしても申し上げたくて……」
「……ジブン、アタマ悪いやろ」
有砂は呆れきったような顔で日向子を斜め上から見下ろす。
「……そんな調子やと、いつか怖い目に遭うで」
まるで嘲るような酷薄な笑みを浮かべて。
《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【2】
約束の日、約束の時間。
目黒駅で待っていた日向子の前に、少し遅れて有砂が現れた。
条件付きの取材許可を得た日向子は、どこへ向かっているのかもよくわからないまま有砂の後ろにくっついていった。
会話らしい会話もないまま、10分弱歩いたところで、どうやら目的地とおぼしき場所に到達したようだった。
「有砂様……ここは?」
「……見ての通りの撮影スタジオ」
「撮影スタジオ……ですか」
日向子がほうけたように小綺麗な建物の外観を眺めていると、中から誰かが出てきた。
「佳人くん、今日も遅刻したのね」
カジュアルな赤いスーツを着た、30代なかばほどの女性だった。
10センチのピンヒールがカツンカツンと硬質な音を響かせる。
化粧も、服装も派手なものだったが、それが見事にはまる華やかな雰囲気の美人で、アシンメトリーの前髪から覗く瞳はパープルのカラーコンタクトで飾られている。
女性は日向子を見て、ふっと微笑した。
「あら、可愛らしいひとと一緒なのね」
「……音楽雑誌の記者。撮影の合間に取材受けるから、邪魔にならんとこにおいといてくれませんか?」
「そんなに冷たい言い方をすることないでしょうに。ふふ……」
女性は淡い紫のマニキュアで染まった左手の指を肉感的な唇に当てて、くすくすと笑った。
薬指に、ゴシック調を取り入れたハートモチーフのシルバーのリングが煌めいていた。
「はじめまして。可愛い記者さん。わたしは沢城薔子(サワシロ・ショウコ)……佳人くんの義母(はは)です」
日向子はぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、有砂をゆっくり振り返る。
「よしひと様……は、有砂様、ですよね?」
「……そうやけど」
「ということは薔子様は……有砂様のお義母様!?」
「そうやゆーてるやろ……」
苛立った雰囲気の有砂とは対称的に、薔子は余裕に満ちた大人の女性だけが浮かべられる微笑を浮かべたままだ。
「……さあ佳人くんは早く準備に入ってちょうだい。……彼女のお相手はわたしがするわ」
「佳人くんはねえ、主人の連れ子なの」
ローズティーの甘い香りがふわりと広がる。
「《SIXS(シックス)》というブランド、ご存じかしら」
「はい……モードゴシック系の」
「主人の沢城秀人(サワシロ・ヒデヒト)はそのオーナー兼デザイナーなのよ。妻のわたしはヘアスタイリスト、そして息子の佳人くんは……専属契約のモデルをやってるというわけ」
薔子とともに、スタジオの隅に用意された簡易タイプのテーブルについて、お茶とお菓子を振る舞われながら、日向子は未知の光景を目にしていた。
heliodorとしてステージに上がる時とはまた一風異なるメイクを施され、黒を基調としたゴシック系のスーツをまとった有砂が、カメラマンに様々な要求をされながら次々とシャッターを切られている。
「有砂様はモデルのお仕事をされていましたのね……」
「佳人くんはブランドイメージにぴったりなのよ……背徳と頽廃、静寂と虚無……そして、官能」
薔子はとても楽しそうに有砂を見つめる。
「実のお母様がモデルをやってらしただけあって、センスもいいしね」
「あの、ぶしつけなことをお聞き致しますけれど……有砂様の本当のお母様はお亡くなりに……?」
「ううん……ご健在ではいらっしゃるみたい。一応ね」
含みのある言い方が気になったが、なんとなくそれ以上突っ込んだ質問をしづらい雰囲気だった。
「……それにしても、有砂様がモデルのお仕事をなさっているなんて意外でした」
「……そうね。わたしは佳人くんが高校生の頃からずっと口説いてたのに、長いことつっぱねられてきたもの。
それが、3年くらい前かしら。いきなり向こうから『やってもいい』なんて言ってきたのは」
「3年前……3年前は……」
粋がheliodorを脱退して、バンド活動が休止した頃。
彼らにとって、もっとも深い暗黒の時代。
「思った通り、あの子はモデル向きだったわ。音楽活動なんてやめて、いっそ本格的に転向すべきなのに」
「それはご無理なのでは……有砂様には大切なバンドがありますもの」
「……大切な、バンドですって?」
「はい」
当然のような顔で頷く日向子を見て、薔子は先程と同じ仕草で笑った。
「本当にあなたって可愛らしいのね」
そしてまたその紫色の双眸を有砂のほうに向けた。
「……あなたにもそのうちわかるんじゃないかしら。
……あの子には大切なものなんて何にもないってこと。自分自身も含めてね」
「そのようなこと……」
反論の言葉をつむごうとした日向子の脳裏に一昨日のできごとがよぎった。
あの時の有砂は、確かにあのまま殺されても別に構わない……そんなふうに見えた。
まるで生きることに執着が感じられない。
撮影が一区切りついたらしい有砂が、ゆっくりと日向子たちのほうに近付いてきた。
「次の衣装がまだ到着してへんゆーて……40分くらい、待ちやから……その間にちゃっちゃとやってくれ」
「あ、はい……!」
待ってましたとばかりの日向子だったが、
「……その前に、少し打ち合わせさせてちょうだい。向こうの部屋でね」
薔子が立ち上がった。
「あ、はい。どうぞ」
取材の条件1は有砂の邪魔をしないこと、だ。
絶対に仕事の邪魔になってはいけない。
有砂を連れて、ピンヒールを鳴らしながら薔子が隣の部屋に消えてしまうと、日向子は少し冷めたローズティーを口にした。
ほんのり、苦いような気がした。
ふと横を見ると、薔子が座っていた椅子の上に、ぽつんと携帯電話が置かれているのに気付いた。
恐らくは薔子のものだろう。
サブディスプレイに着信あり、の表示が出ている。話に気をとられて気付かなかったのだろうか。
日向子は少し迷ったが、薔子に渡しに行くことにした。
「お仕事の急な連絡かもしれませんし……ね」
携帯を手にして、立ち上がった日向子が隣室のドアのほうへ行くと、
「君、開けないほうがいいよ」
若い撮影スタッフの一人が声をかけてきた。
「……なぜでしょう?」
「……なぜも何も、暗黙のルールなんだよ。……首をハネられたくなければ、全て女王様のお心のままに、ってとこかなぁ」
「女王様の、お心のままに……」
その時、日向子の手の中で薔子の携帯が振動をし始した。
「大変……また着信が。やっぱりお届けしないと」
「だからダメだって。まったく……」
若い撮影スタッフは、呆れた顔で隣室のドアに手をかけて、音を立てないようにそっと、1センチほどの隙間を開けた。
「……覗いてみればわかるよ」
「まあ、覗き見だなんて……よくないですわ」
「いいから」
強く促されて、日向子はためらいながらもそっと、隙間から部屋の中を覗いた。
あまり広くはないその部屋にはメイク台や大きい鏡などがあって、どうやら控室のようなところらしかった。
日向子は二人の姿を探して視界を旋回させ、そして、止まった。
日向子の瞳は大きく揺らぎ、見開かれたまま停止する。
メイク台に腰を下ろした薔子は、楽しそうに笑っていた。
リングをはめた左手で有砂の身体を引き寄せて、右手でそのスーツのシャツのボタンを1つずつ外して。
「……また怪我が増えたのね。いけない子……売り物に傷をつけたりして」
「……もともと、傷モノなんで」
「……ふふふ」
ボタンを全て外し終えた右手が有砂の顎のラインを撫でて、肩口を掴み、そして、引き寄せた。
唇が、重なる……。
日向子はそこで、ドアに背中を向けた。
「わかったかい? ……そういうことだから、遠慮してね」
若い撮影スタッフは苦笑いして見せる。
「……血縁はないし、母子って言うには年も近すぎるとはいえ……ねえ。女王様にも困ったもんだよ。
……ああ、この件は一応内密にね」
そう言い残して急いで作業に戻っていった。
日向子の手の中で、うるさく騒いでいた携帯がついに沈黙した。
日向子も沈黙したまま、うつむいていた。
有砂が義理の母親と、深い仲であるらしいという事実もかなり衝撃的だったが、それよりも胸が痛いのは、今、薔子の言葉に反論できなくなりつつある自分に対してだった。
有砂には大切なものが、ない。
自分自身ですら大切では、ない。
「本当に……そうなのですか? 有砂様……」
携帯の終話ボタンを手探りで押した紫色の爪先が、再び目の前に開かれた胸元に触れる。
「……やっぱり、わざとやったんですね……携帯」
「ふふ……意地悪だったかしらね」
「……そうですね」
「……だって頭にくるでしょ? 何にも知らない小娘がこのわたしに反論しようなんて、生意気だわ」
黙ったままの有砂の背中に、細く、しなやかな両腕が回される。
「……あんな、頭の弱そうなお子様は、あなたにはふさわしくない……そうよね? 佳人……」
「……珍しいこともあるもんだ」
ミラー越しに、こちらへ向かってくる日向子の姿を確認して、蝉は車を降りた。
「お嬢様が自分から迎えに来て~、なんて……どういう風の吹き回しかな」
胸ポケットの眼鏡をかけて、「雪乃モード」を「オン」にする。
「お迎えに上がりました。お嬢様」
うつ向き気味に歩いていた日向子は、ゆっくり顔を上げた。
「雪乃……」
「……お嬢様? いかがなさ……」
揺れる瞳から、雫が滑り落ちる。
「……雪乃……!」
そのまま日向子は、雪乃の胸に飛び込んできた。
「……お嬢、様……?」
「ごめんなさい……っ、今だけ……少しだけ……」
雪乃は、わけも話さず泣き続ける日向子に身体を明け渡したまま、立ち尽くしていた。
《つづく》
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2007/06/26 (Tue)
一次創作関連
硝子の瓶を引っくり返す。
ばらばらと夕立のような音を立てて、カラフルな原色の包装紙に包まれたチョコレートが、白いシーツの上を飾り立てる。
――赤が6つ
青が4つ
黄色が4つ
緑は2つ
……ああ、ちゃうわ
3つやった
これやと余ってまうな
ほんなら余った分は
ジブンのやで?
下に向けていた顔をあげると、そこには「彼女」の姿はなかった。
今までいたはずの「彼女」のかわりにいたのは
――分けなくてええんよ
それは全部
あんたのやから
氷つくような、憎しみの眼差し。
――けど
あんたがいなくなれば
全部「ありさ」のんやんな……?
――……えっ
視界がぐるっと回る。
すぐ近くからあの眼差しが突き刺す。
――さよなら、佳人……!!
そして、その眼差しとそっくり同じ光を宿したナイフの切っ先が、ためらいもなく、直線的に、振り下ろされた。
――どう、して? ……あ……り……さ
《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【1】
「……っ」
「あ、起きた」
「……」
「大丈夫?」
「……」
「よちよち、また怖い夢見たんでちゅね~」
「……」
「……」
「……」
「……コーヒーいる?」
虚ろな瞳のまま有砂が頷くと、蝉は「待ってて」とキッチンに走って行った。
有砂はベッドの上で横になったまま、身体を丸めて、混濁した意識をかき混ぜて、なだめて、沈める作業を続ける。
そこには苦痛と不快感しかない。
汗でべったりと貼り付く髪の感触も、一向におさまらない動悸も、整わない呼吸も、身体の奥から響くような疼痛も、目の前をちらつく「悪夢」の残像も。
「はい、お待ち」
蝉がコーヒーカップを持って舞い戻ってきた時には、作業は一通り終了し、受け取ったコーヒーを飲んで、
「……薄い」
「薄く作ったの!! ホントはコーヒーなんか飲ませられる状態じゃないんだから」
「……うっさい」
極めてセンテンスは短いが、いつもの悪態をつく余裕が生まれていた。
蝉はオレンジのウイッグを外して、真っ黒な短髪の「オフ」モード。
二人がシェアしているこの部屋ではこの状態が常だった。
「……ってかよっちん、マジで大丈夫?」
「……何が?」
「カラダ痛くない?」
「……痛い……けど」
「ひょっとして何があったかサッパリ覚えてない系?」
「……全然」
蝉はベッドサイドに頬杖をついて、溜め息をもらした。
「よっちん、借り作ったよ……うちのお嬢様に」
「……借り?」
「今日の練習終わりなんだケドね……」
「ではドラムを始められたきっかけは?」
「ノーコメント」
「……では、heliodorとの出会いは」
「ノーコメント」
「では有砂様の……」
「……ちょろちょろついてこんどいて。鬱陶しいやっちゃ……」
「おい有砂、そいつには一応協力してやれって言っただろうが」
紅朱に睨まれても、有砂は漂々としたものだった。
「答えたくないことは無理に答えんでええ、ってコイツが最初にゆーたんやで」
「そうは言っても、全部が全部ノーコメントで記事になるわけねェだろ?」
「いいんです、紅朱様。きっとわたくしの用意した質問がつまらないからいけないのですわ」
日向子はパラパラと質問メモをめくって、有砂に答えてもらえそうな質問を探す。
有砂はそれを一瞥すると、
「……ほな、お先」
あっさりと背中を向けた。
「あ、待って……待って下さい……!!」
万楼の取材に思ったより時間がかかり、原稿の締め切りまで余裕のなくなりつつある日向子は、慌てて有砂を追い掛けた。
慌てたところで元来挙動がスローモーな日向子が、圧倒的にコンパスの大きさが違う有砂に追い付くのは実に大変なことだったが。
「有砂様!!」
駐車場まで追い掛けて、有砂の車(白のセダンである)の側まで来てようやく追い付いた。
「……しつこいねん、ジブン」
うんざりした様子でキーレスリモコンを握る有砂に、日向子は必死で訴えた。
「あの……お急ぎでしたら今日は終わりで構いません。次の取材予約を……」
「……都合、つかへんな」
日向子は更に何か言おうとしたが、それは叶わなかった。
思いもかけない邪魔が入ったからだった。
「heliodorの有砂か?」
すぐさし向かいに駐車されていたライトバンの陰から、ぞろぞろと出てきた集団。
派手な髪色や服装から見ても、恐らくは有砂と同業者と思われる男たちが総勢四名。
「……ん?」
有砂はだるそうに返事した。
「てめえか、うちのメンバーの女に手え出しやがったのは」
四人のうちの一人、紫のソフトモヒカンが言うと、
「……へえ、そうなん?」
有砂は顔色一つ変えずに淡々とした口調で返し、更に一言つけ足した。
「……どのオンナ?」
「なっ、てめふざけんなっ!!」
「なめてんじゃねえぞ、こら!!」
背中に火をかけられたかのような勢いで四人は一斉に有砂に向かってくる。
有砂は舌打ちすると、状況が掴めずにぼーっとしていた日向子の腕を掴んだ。
「きゃっ」
無言のまま、いささか乱暴にその腕を後方に押しやる。
日向子は短い悲鳴を上げて、よろけながら斜め後方2メートルまで下がり、最後にはぺたんとおしりから転んだ。
「……有砂様……?」
「……帰りや、お嬢」
見る間に囲まれた有砂は、体格こそ誰よりも勝るものの、どう考えても四人を相手に勝ち目があるとは思えない……というより、戦うつもりもあまりないようだった。
背後と両脇から押さえられても抵抗する様子もなく、相変わらず冷めきった眼差しで興奮する相手を見下ろしている。
そんな態度はいよいよ相手をいきり立たせる。
「この下衆野郎がッ!!」
紫モヒの拳が思いきり有砂の腹部にめりこむ。
「……っくっ……」
流石に低くうめいて、苦悶の表情を浮かべる有砂。
そこへ更にまた一発、怒りに満ちた拳が叩きつけられる。
「……っ……」
凄まじい光景に座り込んだまま動けずにいた日向子だったが、その瞬間にようやく我に返った。
「有砂様が……」
なんとかしなければ、と思った日向子はバッグから携帯を引っ張り出した。
この窮地において、日向子がとっさに選んだのは……。
「……玄鳥様ッ! 玄鳥様助けて下さい……有砂様が!!」
「……とゆーカンジで、玄鳥に救援要請があって、おれたちみんなで駆け付けたってワケ」
蝉はもう一度深く溜め息をついた。
「玄鳥が連中追っ払って、おれがバイク置いて、車運転して連れて帰ってやったのよ?
マジで部屋まで運ぶの超しんどかったしー。カラダばっかデカくなっちゃって手がかかるんだから、この子は……」
有砂は味気無い味わいのコーヒーをちびちび飲みながら黙って蝉の話を聞いていたが、
「……それは難儀やな」
いつもの口癖をぽつんと呟いた。
「そこはありがとう、でしょ!! まったくもう……」
蝉はがしがしと自分の頭をかきむしる。
「だいたい武闘派じゃないクセにさ、なんで毎度毎度似たような喧嘩買うかなぁ。
おれ的には、わざと相手を挑発すんのもどうかと思うんだケド!?」
「……早くかかってきてくれたほうが早く終わるから助かる」
「……なんかもう、よっちんがまだ五体満足で生きてられるのが不思議でしょーがないんだケド……」
有砂は空になったカップを押し付けるように蝉に差し出した。
「……オレもそう思う」
一方その頃、日向子は玄鳥の車のサイドシートに座っていた。
「……実はああいうこと、初めてじゃないんですよ」
「そう……なのですか?」
「有砂はトラブルメーカーだからね」
後部座席に寝転がった万楼も口を開く。
「打たれ慣れてるから心配しなくていいよ」
三人はあの騒動の後、一息つくべくファミレスでしばらく過ごし、今は日向子を部屋まで送るところだった。
「……しなくていい、と言われましても……心配ですわ」
「いいんです、自業自得なんだから」
珍しくはっきりと切り捨てるような発言をする玄鳥に日向子は少し驚いていた。
「……玄鳥様……怒っていらっしゃいますの?」
「怒ってますよ。俺ははっきり言ってあの人のそういうところ、大嫌いですから」
ハンドルを握る玄鳥の横顔は険しく、どこか紅朱と被って見えた。
「……女性といい加減な付き合いばかりするからこうなるんですよ」
「……いい加減な、お付き合い……?」
「あ、えっと……詳しくは知らないほうがいいかもしれないです……」
言葉に窮する玄鳥を、万楼は遠慮なく笑った。
「お姉さんや玄鳥には刺激が強すぎるよね」
「未成年に言われたくないよ」
玄鳥は苦笑いで答える。ようやく怒りが薄れてきたのか、いつもの表情に戻りつつあった。
「……でも日向子さんがとっさに俺を頼ってくれて嬉しかったですよ」
「はい……玄鳥様にはわたくしも以前ひったくりの方を捕まえてバッグを取り返して頂きましたし……」
「玄鳥は空手黒帯だからね」
「まあ……」
「兄貴もちょっとやってたんですよ。それで俺も始めたのに、兄貴はすぐ辞めちゃって」
「そうですの……紅朱様が」
日向子は紅朱の名前が出たところで気になっていたことを尋ねた。
「ところで紅朱様は、今日どうしてすぐ帰ってしまわれたのですか?」
「ああ、バイトですよ」
「バイト……アルバイトをなさってるのですか?」
「そりゃまあ……俺たちアマチュアなんで。流石にバイトしないと食ってけないんですよ。
俺も楽器屋でバイトしてるし……」
「ボクはコンビニ!」
「兄貴は警備のバイトなんで、だいたいは夜勤ですね。蝉さんは……何て名前だったかな、児童福祉施設の手伝いをしてるらしいです」
「児童福祉施設?」
「蝉さんは小さい時にご家族を亡くしてて、その施設で育ったそうで」
「まあ、そうでしたの……」
次々明かされるメンバーの新たな一面と秘密にしきりに頷く日向子。
玄鳥はそれをちらっと横目で見て、少し口調を転じて言った。
「この前……蝉さんに送ってもらったんですよね。……あの……何か変わったことは」
「はい?」
「いや、なんでもないです。すいません、詮索するようなこと聞いて……」
日向子は先日、生まれて初めてバイクというものに乗ったあの時のことを思い出した。
その前に交した、蝉との会話も。
「……蝉様は、とても親切で、よく気のつく良い方ですわね」
「えっ……あ、まあ……そうですね……確かに」
自分で話を振って、力いっぱい後悔した玄鳥だったが、内心の動揺を必死に抑え込みつつ、
「あの有砂さんのフォローが出来るのなんて蝉さんくらいですからね」
とりあえず話を合わせておく。
もちろん日向子にはそんな複雑な男心などわかる筈もなかったが。
「そういえば有砂様はどんなアルバイトを?」
「ああ、有砂さんは……」
「あら、少しお待ちを……電話が」
玄鳥の答えを遮り、日向子は振動を始めた携帯をバッグから取りだし、サブディスプレイの表示を見るなり、慌てて出た。
「……有砂様! お身体は大丈夫ですか!?」
玄鳥と万楼ははっとしたように視線を日向子に向けた。
「……はい? 目黒駅の東口? 明後日の……14時、ですか……あのそれは……」
日向子は耳元から離した携帯を見つめて、
「切れてしまいました……」
と困ったように呟いた。
「お姉さん、有砂からだったの?」
「なんですか? 目黒がどうとかって……」
日向子は携帯を握ったまま小首をかしげた。
「……誘われてしまいました」
《つづく》
ばらばらと夕立のような音を立てて、カラフルな原色の包装紙に包まれたチョコレートが、白いシーツの上を飾り立てる。
――赤が6つ
青が4つ
黄色が4つ
緑は2つ
……ああ、ちゃうわ
3つやった
これやと余ってまうな
ほんなら余った分は
ジブンのやで?
下に向けていた顔をあげると、そこには「彼女」の姿はなかった。
今までいたはずの「彼女」のかわりにいたのは
――分けなくてええんよ
それは全部
あんたのやから
氷つくような、憎しみの眼差し。
――けど
あんたがいなくなれば
全部「ありさ」のんやんな……?
――……えっ
視界がぐるっと回る。
すぐ近くからあの眼差しが突き刺す。
――さよなら、佳人……!!
そして、その眼差しとそっくり同じ光を宿したナイフの切っ先が、ためらいもなく、直線的に、振り下ろされた。
――どう、して? ……あ……り……さ
《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【1】
「……っ」
「あ、起きた」
「……」
「大丈夫?」
「……」
「よちよち、また怖い夢見たんでちゅね~」
「……」
「……」
「……」
「……コーヒーいる?」
虚ろな瞳のまま有砂が頷くと、蝉は「待ってて」とキッチンに走って行った。
有砂はベッドの上で横になったまま、身体を丸めて、混濁した意識をかき混ぜて、なだめて、沈める作業を続ける。
そこには苦痛と不快感しかない。
汗でべったりと貼り付く髪の感触も、一向におさまらない動悸も、整わない呼吸も、身体の奥から響くような疼痛も、目の前をちらつく「悪夢」の残像も。
「はい、お待ち」
蝉がコーヒーカップを持って舞い戻ってきた時には、作業は一通り終了し、受け取ったコーヒーを飲んで、
「……薄い」
「薄く作ったの!! ホントはコーヒーなんか飲ませられる状態じゃないんだから」
「……うっさい」
極めてセンテンスは短いが、いつもの悪態をつく余裕が生まれていた。
蝉はオレンジのウイッグを外して、真っ黒な短髪の「オフ」モード。
二人がシェアしているこの部屋ではこの状態が常だった。
「……ってかよっちん、マジで大丈夫?」
「……何が?」
「カラダ痛くない?」
「……痛い……けど」
「ひょっとして何があったかサッパリ覚えてない系?」
「……全然」
蝉はベッドサイドに頬杖をついて、溜め息をもらした。
「よっちん、借り作ったよ……うちのお嬢様に」
「……借り?」
「今日の練習終わりなんだケドね……」
「ではドラムを始められたきっかけは?」
「ノーコメント」
「……では、heliodorとの出会いは」
「ノーコメント」
「では有砂様の……」
「……ちょろちょろついてこんどいて。鬱陶しいやっちゃ……」
「おい有砂、そいつには一応協力してやれって言っただろうが」
紅朱に睨まれても、有砂は漂々としたものだった。
「答えたくないことは無理に答えんでええ、ってコイツが最初にゆーたんやで」
「そうは言っても、全部が全部ノーコメントで記事になるわけねェだろ?」
「いいんです、紅朱様。きっとわたくしの用意した質問がつまらないからいけないのですわ」
日向子はパラパラと質問メモをめくって、有砂に答えてもらえそうな質問を探す。
有砂はそれを一瞥すると、
「……ほな、お先」
あっさりと背中を向けた。
「あ、待って……待って下さい……!!」
万楼の取材に思ったより時間がかかり、原稿の締め切りまで余裕のなくなりつつある日向子は、慌てて有砂を追い掛けた。
慌てたところで元来挙動がスローモーな日向子が、圧倒的にコンパスの大きさが違う有砂に追い付くのは実に大変なことだったが。
「有砂様!!」
駐車場まで追い掛けて、有砂の車(白のセダンである)の側まで来てようやく追い付いた。
「……しつこいねん、ジブン」
うんざりした様子でキーレスリモコンを握る有砂に、日向子は必死で訴えた。
「あの……お急ぎでしたら今日は終わりで構いません。次の取材予約を……」
「……都合、つかへんな」
日向子は更に何か言おうとしたが、それは叶わなかった。
思いもかけない邪魔が入ったからだった。
「heliodorの有砂か?」
すぐさし向かいに駐車されていたライトバンの陰から、ぞろぞろと出てきた集団。
派手な髪色や服装から見ても、恐らくは有砂と同業者と思われる男たちが総勢四名。
「……ん?」
有砂はだるそうに返事した。
「てめえか、うちのメンバーの女に手え出しやがったのは」
四人のうちの一人、紫のソフトモヒカンが言うと、
「……へえ、そうなん?」
有砂は顔色一つ変えずに淡々とした口調で返し、更に一言つけ足した。
「……どのオンナ?」
「なっ、てめふざけんなっ!!」
「なめてんじゃねえぞ、こら!!」
背中に火をかけられたかのような勢いで四人は一斉に有砂に向かってくる。
有砂は舌打ちすると、状況が掴めずにぼーっとしていた日向子の腕を掴んだ。
「きゃっ」
無言のまま、いささか乱暴にその腕を後方に押しやる。
日向子は短い悲鳴を上げて、よろけながら斜め後方2メートルまで下がり、最後にはぺたんとおしりから転んだ。
「……有砂様……?」
「……帰りや、お嬢」
見る間に囲まれた有砂は、体格こそ誰よりも勝るものの、どう考えても四人を相手に勝ち目があるとは思えない……というより、戦うつもりもあまりないようだった。
背後と両脇から押さえられても抵抗する様子もなく、相変わらず冷めきった眼差しで興奮する相手を見下ろしている。
そんな態度はいよいよ相手をいきり立たせる。
「この下衆野郎がッ!!」
紫モヒの拳が思いきり有砂の腹部にめりこむ。
「……っくっ……」
流石に低くうめいて、苦悶の表情を浮かべる有砂。
そこへ更にまた一発、怒りに満ちた拳が叩きつけられる。
「……っ……」
凄まじい光景に座り込んだまま動けずにいた日向子だったが、その瞬間にようやく我に返った。
「有砂様が……」
なんとかしなければ、と思った日向子はバッグから携帯を引っ張り出した。
この窮地において、日向子がとっさに選んだのは……。
「……玄鳥様ッ! 玄鳥様助けて下さい……有砂様が!!」
「……とゆーカンジで、玄鳥に救援要請があって、おれたちみんなで駆け付けたってワケ」
蝉はもう一度深く溜め息をついた。
「玄鳥が連中追っ払って、おれがバイク置いて、車運転して連れて帰ってやったのよ?
マジで部屋まで運ぶの超しんどかったしー。カラダばっかデカくなっちゃって手がかかるんだから、この子は……」
有砂は味気無い味わいのコーヒーをちびちび飲みながら黙って蝉の話を聞いていたが、
「……それは難儀やな」
いつもの口癖をぽつんと呟いた。
「そこはありがとう、でしょ!! まったくもう……」
蝉はがしがしと自分の頭をかきむしる。
「だいたい武闘派じゃないクセにさ、なんで毎度毎度似たような喧嘩買うかなぁ。
おれ的には、わざと相手を挑発すんのもどうかと思うんだケド!?」
「……早くかかってきてくれたほうが早く終わるから助かる」
「……なんかもう、よっちんがまだ五体満足で生きてられるのが不思議でしょーがないんだケド……」
有砂は空になったカップを押し付けるように蝉に差し出した。
「……オレもそう思う」
一方その頃、日向子は玄鳥の車のサイドシートに座っていた。
「……実はああいうこと、初めてじゃないんですよ」
「そう……なのですか?」
「有砂はトラブルメーカーだからね」
後部座席に寝転がった万楼も口を開く。
「打たれ慣れてるから心配しなくていいよ」
三人はあの騒動の後、一息つくべくファミレスでしばらく過ごし、今は日向子を部屋まで送るところだった。
「……しなくていい、と言われましても……心配ですわ」
「いいんです、自業自得なんだから」
珍しくはっきりと切り捨てるような発言をする玄鳥に日向子は少し驚いていた。
「……玄鳥様……怒っていらっしゃいますの?」
「怒ってますよ。俺ははっきり言ってあの人のそういうところ、大嫌いですから」
ハンドルを握る玄鳥の横顔は険しく、どこか紅朱と被って見えた。
「……女性といい加減な付き合いばかりするからこうなるんですよ」
「……いい加減な、お付き合い……?」
「あ、えっと……詳しくは知らないほうがいいかもしれないです……」
言葉に窮する玄鳥を、万楼は遠慮なく笑った。
「お姉さんや玄鳥には刺激が強すぎるよね」
「未成年に言われたくないよ」
玄鳥は苦笑いで答える。ようやく怒りが薄れてきたのか、いつもの表情に戻りつつあった。
「……でも日向子さんがとっさに俺を頼ってくれて嬉しかったですよ」
「はい……玄鳥様にはわたくしも以前ひったくりの方を捕まえてバッグを取り返して頂きましたし……」
「玄鳥は空手黒帯だからね」
「まあ……」
「兄貴もちょっとやってたんですよ。それで俺も始めたのに、兄貴はすぐ辞めちゃって」
「そうですの……紅朱様が」
日向子は紅朱の名前が出たところで気になっていたことを尋ねた。
「ところで紅朱様は、今日どうしてすぐ帰ってしまわれたのですか?」
「ああ、バイトですよ」
「バイト……アルバイトをなさってるのですか?」
「そりゃまあ……俺たちアマチュアなんで。流石にバイトしないと食ってけないんですよ。
俺も楽器屋でバイトしてるし……」
「ボクはコンビニ!」
「兄貴は警備のバイトなんで、だいたいは夜勤ですね。蝉さんは……何て名前だったかな、児童福祉施設の手伝いをしてるらしいです」
「児童福祉施設?」
「蝉さんは小さい時にご家族を亡くしてて、その施設で育ったそうで」
「まあ、そうでしたの……」
次々明かされるメンバーの新たな一面と秘密にしきりに頷く日向子。
玄鳥はそれをちらっと横目で見て、少し口調を転じて言った。
「この前……蝉さんに送ってもらったんですよね。……あの……何か変わったことは」
「はい?」
「いや、なんでもないです。すいません、詮索するようなこと聞いて……」
日向子は先日、生まれて初めてバイクというものに乗ったあの時のことを思い出した。
その前に交した、蝉との会話も。
「……蝉様は、とても親切で、よく気のつく良い方ですわね」
「えっ……あ、まあ……そうですね……確かに」
自分で話を振って、力いっぱい後悔した玄鳥だったが、内心の動揺を必死に抑え込みつつ、
「あの有砂さんのフォローが出来るのなんて蝉さんくらいですからね」
とりあえず話を合わせておく。
もちろん日向子にはそんな複雑な男心などわかる筈もなかったが。
「そういえば有砂様はどんなアルバイトを?」
「ああ、有砂さんは……」
「あら、少しお待ちを……電話が」
玄鳥の答えを遮り、日向子は振動を始めた携帯をバッグから取りだし、サブディスプレイの表示を見るなり、慌てて出た。
「……有砂様! お身体は大丈夫ですか!?」
玄鳥と万楼ははっとしたように視線を日向子に向けた。
「……はい? 目黒駅の東口? 明後日の……14時、ですか……あのそれは……」
日向子は耳元から離した携帯を見つめて、
「切れてしまいました……」
と困ったように呟いた。
「お姉さん、有砂からだったの?」
「なんですか? 目黒がどうとかって……」
日向子は携帯を握ったまま小首をかしげた。
「……誘われてしまいました」
《つづく》
2007/06/25 (Mon)
一次創作関連
第一章、いかがでしたでしょうか??
ベースの万楼をメインにした話の、言ってみれば「出題編」。
そして後半のシナリオに「解決編」となるエピソードが入るという、ひぐらし構成。笑。
万楼、有砂、蝉の三人はこういう形式でいく予定。
浅川兄弟は一応メイン扱いなので、ちょっと違うかな……もうちょっと細かく段階を踏む感じ。
今回もちょっとずつ振り返りつつ裏話など。
【1】は、SS6から連なる流れとして、万楼と蝉がそれぞれの暴走。
万楼がいつもメロンソーダを飲んでるのは、遙かの詩紋くんのキャラソン「ミルフィーユ・ドリーム」の歌詞から。笑。
炭酸で着色料たっぷりでゲロ甘くて、あんなに身体に悪そうな飲み物ってなかなかないよね~。
【2】は浅川兄弟と日向子の食事シーン。
「松屋」と「すき家」をミックスして「杉屋」という……。
紅朱は基本的にジャンクフード愛好家なので、実は全く人の食生活心配してる場合じゃなかったり。
変に高級なものとか食べると腹をくだすタイプの男だね。笑。
よいこのみんなは食べ物を悪戯するのはやめましょう。
【3】はいきなり万楼のヘビーな自分語り。
初期設定はただ仕事人間で子供は放置の行きすぎた放任主義、だった万楼ママがなんだかすごくひどい人に。
このパートの締めは気に入ってます。ミスリードのための伏線。笑。
全くの余談だけど昔スーパーで一緒に買い物するカップルに憧れたことがある(バイトの関係上)。
二人でもたもた会計したり、無駄にいちゃついてるやつらは嫌なんだけど、一人が金払ってる間に一人がぱぱっと袋詰めして、彼氏がひょいっと荷物を全部持って。
「いいよー、私も持つよー」「じゃあ軽いほう持ってよ」なんて言いながら去ってくカップルがいい感じ。笑。
【4】は病院のシーン。
一応今回のクライマックスであり、色々な秘密や伏線も提示してみたり。
「スノウ・ドーム」っていう単語は多分初出なんで、記憶のはしっこに残しておいて頂ければ幸い。
蝉=雪乃ってやっと明示できて一安心。こっからは多少描写が楽になるかも。
【5】も万楼の決意表明あり、新曲あり、蝉の暗躍ありと盛りだくさん。
意味深そうな歌詞なのに実はくだらない由来を持つ曲って好きなんだよね。
ジャンヌで言うと「-S-」→歯医者の唄、「QUEEN」→yasuの愛犬の唄、みたいなね。笑。
今回も何の迷いもなくちゃちゃっと安直に書いたんで作詞は楽だった。
紅朱はすごいボーカリストということになってるけど、すごい作詞家とは一切書いてない。それはもう意図的に。
うっかり書いたらもう劇中詞とか無理。笑。
ところで、今回の蝉のようにしばしば、突発的にヒロインとバイクで2ケツする場面ってよくあるじゃん?
「乗れよ」みたいな。笑。
ねえねえ、なんで常にヘルメットって二個あるの? 普通そういうもんなの? バイク乗らないからよくわかんないんだけどさ。笑。
今回一番悩んだの確実にそこ。爆。
大変曖昧な描写で逃げております。
さて次回からいよいよ第二章。
ここまで一番出番少なかった有砂がメインなんで、とりあえず私がとても楽しみだ。笑。
ご意見ご感想お待ちしてます☆
ベースの万楼をメインにした話の、言ってみれば「出題編」。
そして後半のシナリオに「解決編」となるエピソードが入るという、ひぐらし構成。笑。
万楼、有砂、蝉の三人はこういう形式でいく予定。
浅川兄弟は一応メイン扱いなので、ちょっと違うかな……もうちょっと細かく段階を踏む感じ。
今回もちょっとずつ振り返りつつ裏話など。
【1】は、SS6から連なる流れとして、万楼と蝉がそれぞれの暴走。
万楼がいつもメロンソーダを飲んでるのは、遙かの詩紋くんのキャラソン「ミルフィーユ・ドリーム」の歌詞から。笑。
炭酸で着色料たっぷりでゲロ甘くて、あんなに身体に悪そうな飲み物ってなかなかないよね~。
【2】は浅川兄弟と日向子の食事シーン。
「松屋」と「すき家」をミックスして「杉屋」という……。
紅朱は基本的にジャンクフード愛好家なので、実は全く人の食生活心配してる場合じゃなかったり。
変に高級なものとか食べると腹をくだすタイプの男だね。笑。
よいこのみんなは食べ物を悪戯するのはやめましょう。
【3】はいきなり万楼のヘビーな自分語り。
初期設定はただ仕事人間で子供は放置の行きすぎた放任主義、だった万楼ママがなんだかすごくひどい人に。
このパートの締めは気に入ってます。ミスリードのための伏線。笑。
全くの余談だけど昔スーパーで一緒に買い物するカップルに憧れたことがある(バイトの関係上)。
二人でもたもた会計したり、無駄にいちゃついてるやつらは嫌なんだけど、一人が金払ってる間に一人がぱぱっと袋詰めして、彼氏がひょいっと荷物を全部持って。
「いいよー、私も持つよー」「じゃあ軽いほう持ってよ」なんて言いながら去ってくカップルがいい感じ。笑。
【4】は病院のシーン。
一応今回のクライマックスであり、色々な秘密や伏線も提示してみたり。
「スノウ・ドーム」っていう単語は多分初出なんで、記憶のはしっこに残しておいて頂ければ幸い。
蝉=雪乃ってやっと明示できて一安心。こっからは多少描写が楽になるかも。
【5】も万楼の決意表明あり、新曲あり、蝉の暗躍ありと盛りだくさん。
意味深そうな歌詞なのに実はくだらない由来を持つ曲って好きなんだよね。
ジャンヌで言うと「-S-」→歯医者の唄、「QUEEN」→yasuの愛犬の唄、みたいなね。笑。
今回も何の迷いもなくちゃちゃっと安直に書いたんで作詞は楽だった。
紅朱はすごいボーカリストということになってるけど、すごい作詞家とは一切書いてない。それはもう意図的に。
うっかり書いたらもう劇中詞とか無理。笑。
ところで、今回の蝉のようにしばしば、突発的にヒロインとバイクで2ケツする場面ってよくあるじゃん?
「乗れよ」みたいな。笑。
ねえねえ、なんで常にヘルメットって二個あるの? 普通そういうもんなの? バイク乗らないからよくわかんないんだけどさ。笑。
今回一番悩んだの確実にそこ。爆。
大変曖昧な描写で逃げております。
さて次回からいよいよ第二章。
ここまで一番出番少なかった有砂がメインなんで、とりあえず私がとても楽しみだ。笑。
ご意見ご感想お待ちしてます☆
2007/06/24 (Sun)
一次創作関連
火を止めた。
温め直した鍋から、ごく少量をすくって、小さな皿に移す。
皿を唇に寄せて、軽く息を吹きかけたあとで口をつけた。
作ったばかりの時より熟成されて旨味の増したカレーを神妙な面持ちで味わった万楼は、皿をガステーブルの縁に置いて、おもむろに額に手を押し当てた。
「……やっぱり、知ってる……」
きつく目を閉じる。
見えないものを求めるように。
「……ボク……これと似たの……食べたことある……」
《第1章 人魚の足跡 -missing-》【5】
「でもさ、いくらなんでも少し作り過ぎたんじゃない? あのカレー」
「一度カレーを作ったら三日間は食べ繋ぐのが独り暮らしのセオリーというものですわよ。最終日はカレーうどんですわ」
「……お姉さん、時々お嬢様らしからぬ発言するよね」
「ええ、そのような『キャラで売って』おりますのよ。ふふ」
「はは」
翌日。協力してもらった病院関係者に丁重なお礼をした日向子と万楼は、院内の小さなカフェで少しお茶することにした。
ピンクがかった白金の髪の美少年と、物腰優雅な金に近い茶髪のお嬢様の取り合わせは病院という建物の中では取り分け異色であり、色々な意味で周囲の目を集めていた。
「この病院は大きくて色々な設備があって、内装も立派だな。高松でボクが入院してたところはもっと小さくて古い病院だった」
――気分は悪くないかい?
――うん……ぼーっとしてる、かな
――自分の名前は言えるかい?
――響、平……能登 響平(ノト・キョウヘイ)……
――響平くん、君は大変な事故に遭って、丸5日意識が戻らなかったんだ。もうしばらく静養は必要になるけど、心配はいらないよ
――……そう、5日も……寝てたんだ……もったいなかったな……
――ははは、早く元気にならないとね
――うん……早く帰らないとな。万楼が心配するし……
――万楼? 友達かな。それとも響平くんの彼女かい?
――万楼は……
――万楼は?
――……万楼は……
――……響平くん?
――……万楼……って、誰……だっけ……? わからない……ぼーっとする……なんでかな……
――目覚めたばかりで混乱しているのかもしれない
もう少し休もうね
――……なんで……? 思い出せない。忘れちゃいけないのに……万楼……
「あの時の心細さは……言葉に出来ないな」
「万楼様……」
ホットココアを飲みながら、万楼は苦笑する。
「あまりにも思い出せないと、だんだん思い出すのが怖くなったりして……思い出さないほうがいいから思い出せないんじゃないかとか、思うこともある。
僅かな記憶を頼りに上京して、heliodorで弾くようになってからは尚更だね」
唇についた生クリームをぺろりと舐め取る。
「本当は……記憶が戻らなければ、ボクはずっとここにいられるのかな……って思ったりもしたんだ」
恐らく今まで誰にも話したことなどないだろう、万楼の本音。
日向子は胸の奥を締め付けられたような気がして、レモンティーの赤い水面に視線を落とした。
「……だけど、昨日リーダーの気持ちを聞けて……それに、お姉さんに『胸を張ればいい』って言われて、今は少し考え方が変わったんだ」
日向子はゆっくりと視線を上げた。
万楼は大きな瞳を少し細めて日向子をじっと見ていた。
その表情はどこか今までより大人びて見え、日向子は一瞬ドキッとしてしまった。
「ボクは絶対に記憶を取り戻す。万楼が本当に粋さんなら、必ず見つける……だって、みんなの思い出の中の粋さんには絶対に勝てないからね」
「……譲らない、おつもりなのですか?」
「うん……ボクは頑張って粋さんよりスゴいベーシストになる。負けたくないって心から思うよ」
決意を語る言葉には、迷いも悲壮感ない。
間違いなく彼は、一つの壁を乗り越えたのだ。
「……格好良いですわ、万楼様」
心の底からそう評した日向子の笑顔に、万楼は一瞬目を見開いて、伏せた。
「……少しわかった。玄鳥の気持ち」
「はい?」
「独り言だから気にしないで……それより、今日の練習見に来るの?」
「はい、お邪魔させて頂く予定ですわ」
「今日は新曲の練習だよ。半年前くらいからあったんだけど、紅朱の詞がなかなかつかなくて眠ってた曲があるんだ」
「まあ、詞が出来たのですね?」
「うん。今朝ね。曲名は確か……」
「《spicy seven》」
イントロからダークな印象の妖艷なベースフレーズと、メロディアスなギターが中心となる、heliodorが得意とするタイプのミディアムチューン。
それは万楼加入後のheliodorのスタイルを象徴するようなサウンドだった。
《限りなく 凶悪な挑発
召し上がれ 錆色のプリズム
自業自得の 憐れな末路は
犬も食わない カタルシス
誘惑は今宵 致死量
口移し 緋色のポイズン
罪の意識が 稀薄な君を
責められないまま 最終章
罠は巧妙 手口は簡潔
引き金は 不用意な一言
オチたが 煉獄
灼熱の spicy seven
灰になったこの僕に
君の涙は 遅すぎた》
「新曲も素敵な曲でしたわ」
練習が一段落すると、日向子は少し興奮したようにメンバーたちに歩み寄った。
「玄鳥様が作曲を?」
問われた玄鳥は少し残念そうに首を左右した。
「あいつの曲ですよ」
と目線で自分の右側を示した。
「そう、ボクの曲。気に入ってくれてよかった!」
万楼がにこにこしながら駆け寄る。
「もう日の目を見ないかと思ってたんだけどね」
「悪かったな」
椅子に半ばふんぞり返るような姿勢で足を組み、ペットボトルのコーラを飲みながら、紅朱が口を開く。
「ずっと詞が浮かばなかったんだからしょうがねェだろ」
「でも無事に完成されましたわね……何かきっかけになることでも?」
真面目に問掛けた日向子を、紅朱はニヤっと笑いながら見やった。
「わかんねェのか? めでたい奴だな……なあ、綾?」
話を振られた玄鳥は何故か微かに頬を赤く染めて視線を逃がした。
「日向子さんは気付かなくていいです。……まったく、兄貴の悪ふざけは毎回質が悪いんだから……」
日向子が「spicy seven」の意味するところがあの調味料であることに気付くには、まだまだ時間がかかりそうだった。
「リーダー、ボクにもあとで教えて!」
「例のヤツを完全消去するなら教えてやってもいいぞ」
「それなら別にいいや」
「あ、てめェ」
「『大切じゃないわけねェだろ……!!』のほうが大事だから」
「一々言うなっつーの!!」
「まあ、すっかりお二人もらぶらぶですわね」
「はァ!?」
「兄貴、それはあんまり気にしないでほうが……」
フロントチームと日向子は集団コントの様相となってきていたが、一方でうるさいほどにぎやかなその様子を外側から見守る者も二人もいた。
「……なんかさぁ、新密度上がりまくってんだケド……」
「……そのようやな」
「玄鳥は完璧持ってかれてるし、万楼もすっかり懐いちゃって……」
「……オレとしてはむしろ……あの紅朱が、特定の女をイメージした詞を書いたことのほうが驚きやけどな」
蝉ははっとしたように有砂を見た。
「……そっか……こんなこと、この3年間一度も……」
そして、視線を戻した。
日向子の楽しそうな笑顔と、何かムキになってがなっている紅朱の顔が視界に入る。
蝉は唇を、噛んだ。
ポロン。
澄んだ鍵盤の音が、不意に響いた。
楔を打ち込まれたように会話が途絶え、全員が音のほうを振り返る。
「日向子ちゃん」
蝉は、振り返り様の日向子に名を呼び掛けた。
「はい?」
「……今日、一緒に帰ろうよ」
「え……わたくしと、蝉様がですか……?」
あまにりも思いがけない提案だった。
蝉は人懐っこい気さくで明るい笑みを浮かべる。
「オレのバイクで送ったげる♪ ……たまには新鮮じゃない?」
日向子はややあってから、
「あ、はい。ありがとうございます」
と素直に返事をした。
蝉は満足そうに大きく頷く。
「じゃ、ヨロシクね☆」
その一部始終を冷めた目で見ていた有砂は、我関せずといった様子で欠伸を噛み殺していた。
「これがおれの愛車。どぉどぉ? カッコよくない?」
新しくはないが隅々まで手入れの行き届いた、鮮やかなメタリックブルーのネイキッド。
日向子はそれを珍しそうに見つめた。
「わたくし、バイクに乗せて頂くのは初めてですわ」
「マジで~? じゃあ遠慮なく日向子ちゃんの初めてもらっちゃおっと」
蝉はどうやら用意してあったらしい、ライトグレーのフルフェイスのメットをそっと日向子に被せた。
「まあ、なんだかドキドキしてしまいますわ」
そわそわする日向子をしばし見つめていた蝉は、
「あのさ」
やがて、改まった口調で話し始めた。
「……万楼と紅朱のこと、サンキュ。二人が歩み寄るきっかけになってくれてマジで助かった」
「蝉様……」
「紅朱はさ、なかなか万楼を受け入れてやれなかったんだよ……自分でもどうしていいか、多分わかんなかったんだと思う」
メットに遮られてはっきりわからない日向子の表情。
蝉は、それでも真っ直ぐ見つめながら告げた。
「今でも紅朱は粋だけを、愛してるから。一人の女の子として」
「……紅朱様……が?」
「あいつら、付き合ってたんだよ。少なくとも紅朱は本気だった」
息を継ぐ間もなく続ける。
「だから今でも粋に帰って来てほしいと思ってるし……粋が知らない街で他の男と一緒に暮らしてたかも、なんて言われたらぶっちゃけそりゃ悔しいわけ。
万楼に対して複雑な気持ちを持つのは当然じゃん?」
日向子は無言のまま、メットごと頭を上下した。
「今回のことで万楼については多少ふっきれたカンジなのかもだケド、でも、紅朱はこれからもきっと、粋を想い続ける……だから」
「日向子ちゃんは、紅朱を好きになっちゃダメだよ」
「じゃあな、お疲れ」
一晩中作詞に集中していた紅朱は流石に眠そうに見えた。
「あんまり無理しないでね。リーダー一人の身体じゃないんだから!」
「……キショいっつーの」
大して迫力のない睨みを残して紅朱は、スタジオを出て行った。
万楼はそれを目で追った後、ふーっと息を吐いた。
「……蝉とお姉さんはどうしたかな」
「……どう、もしないだろ……別に」
玄鳥が恐ろしいまでのローテンションで手荷物をまとめながら呟く。
「家まで送るだけ……家まで送るだけ……」
「……家まで送ってもらったら『お礼に中でお茶でもいかがですか?』ぐらいは言いそうやけどな」
「うっ」
「……お疲れさん」
相変わらず淡々と言いたいことだけ言ったきり、有砂も年少二人を残して去って行った。
玄鳥は、十分想像できるその展開に戦々恐々としていたが、万楼は平然と微笑すら浮かべる。
「大丈夫だと思うな、蝉ってそういうところ真面目だし」
「……確かに。有砂さんの車に連れこまれるよりは遥かに安全かもな」
「……次、有砂なんだよね。個人取材」
「……心配だ」
頭を抱えてぼやく玄鳥。
万楼も頷く。
「きっと驚くだろうな。想像してるよりずっと手強い相手だから」
「日向子さんをあんまり困らせないといいけどな」
「え? 違うよ。何言ってるの? 玄鳥」
「え?」
「ボクは有砂のほうを言ったんだ」
《第二章につづく》
温め直した鍋から、ごく少量をすくって、小さな皿に移す。
皿を唇に寄せて、軽く息を吹きかけたあとで口をつけた。
作ったばかりの時より熟成されて旨味の増したカレーを神妙な面持ちで味わった万楼は、皿をガステーブルの縁に置いて、おもむろに額に手を押し当てた。
「……やっぱり、知ってる……」
きつく目を閉じる。
見えないものを求めるように。
「……ボク……これと似たの……食べたことある……」
《第1章 人魚の足跡 -missing-》【5】
「でもさ、いくらなんでも少し作り過ぎたんじゃない? あのカレー」
「一度カレーを作ったら三日間は食べ繋ぐのが独り暮らしのセオリーというものですわよ。最終日はカレーうどんですわ」
「……お姉さん、時々お嬢様らしからぬ発言するよね」
「ええ、そのような『キャラで売って』おりますのよ。ふふ」
「はは」
翌日。協力してもらった病院関係者に丁重なお礼をした日向子と万楼は、院内の小さなカフェで少しお茶することにした。
ピンクがかった白金の髪の美少年と、物腰優雅な金に近い茶髪のお嬢様の取り合わせは病院という建物の中では取り分け異色であり、色々な意味で周囲の目を集めていた。
「この病院は大きくて色々な設備があって、内装も立派だな。高松でボクが入院してたところはもっと小さくて古い病院だった」
――気分は悪くないかい?
――うん……ぼーっとしてる、かな
――自分の名前は言えるかい?
――響、平……能登 響平(ノト・キョウヘイ)……
――響平くん、君は大変な事故に遭って、丸5日意識が戻らなかったんだ。もうしばらく静養は必要になるけど、心配はいらないよ
――……そう、5日も……寝てたんだ……もったいなかったな……
――ははは、早く元気にならないとね
――うん……早く帰らないとな。万楼が心配するし……
――万楼? 友達かな。それとも響平くんの彼女かい?
――万楼は……
――万楼は?
――……万楼は……
――……響平くん?
――……万楼……って、誰……だっけ……? わからない……ぼーっとする……なんでかな……
――目覚めたばかりで混乱しているのかもしれない
もう少し休もうね
――……なんで……? 思い出せない。忘れちゃいけないのに……万楼……
「あの時の心細さは……言葉に出来ないな」
「万楼様……」
ホットココアを飲みながら、万楼は苦笑する。
「あまりにも思い出せないと、だんだん思い出すのが怖くなったりして……思い出さないほうがいいから思い出せないんじゃないかとか、思うこともある。
僅かな記憶を頼りに上京して、heliodorで弾くようになってからは尚更だね」
唇についた生クリームをぺろりと舐め取る。
「本当は……記憶が戻らなければ、ボクはずっとここにいられるのかな……って思ったりもしたんだ」
恐らく今まで誰にも話したことなどないだろう、万楼の本音。
日向子は胸の奥を締め付けられたような気がして、レモンティーの赤い水面に視線を落とした。
「……だけど、昨日リーダーの気持ちを聞けて……それに、お姉さんに『胸を張ればいい』って言われて、今は少し考え方が変わったんだ」
日向子はゆっくりと視線を上げた。
万楼は大きな瞳を少し細めて日向子をじっと見ていた。
その表情はどこか今までより大人びて見え、日向子は一瞬ドキッとしてしまった。
「ボクは絶対に記憶を取り戻す。万楼が本当に粋さんなら、必ず見つける……だって、みんなの思い出の中の粋さんには絶対に勝てないからね」
「……譲らない、おつもりなのですか?」
「うん……ボクは頑張って粋さんよりスゴいベーシストになる。負けたくないって心から思うよ」
決意を語る言葉には、迷いも悲壮感ない。
間違いなく彼は、一つの壁を乗り越えたのだ。
「……格好良いですわ、万楼様」
心の底からそう評した日向子の笑顔に、万楼は一瞬目を見開いて、伏せた。
「……少しわかった。玄鳥の気持ち」
「はい?」
「独り言だから気にしないで……それより、今日の練習見に来るの?」
「はい、お邪魔させて頂く予定ですわ」
「今日は新曲の練習だよ。半年前くらいからあったんだけど、紅朱の詞がなかなかつかなくて眠ってた曲があるんだ」
「まあ、詞が出来たのですね?」
「うん。今朝ね。曲名は確か……」
「《spicy seven》」
イントロからダークな印象の妖艷なベースフレーズと、メロディアスなギターが中心となる、heliodorが得意とするタイプのミディアムチューン。
それは万楼加入後のheliodorのスタイルを象徴するようなサウンドだった。
《限りなく 凶悪な挑発
召し上がれ 錆色のプリズム
自業自得の 憐れな末路は
犬も食わない カタルシス
誘惑は今宵 致死量
口移し 緋色のポイズン
罪の意識が 稀薄な君を
責められないまま 最終章
罠は巧妙 手口は簡潔
引き金は 不用意な一言
オチたが 煉獄
灼熱の spicy seven
灰になったこの僕に
君の涙は 遅すぎた》
「新曲も素敵な曲でしたわ」
練習が一段落すると、日向子は少し興奮したようにメンバーたちに歩み寄った。
「玄鳥様が作曲を?」
問われた玄鳥は少し残念そうに首を左右した。
「あいつの曲ですよ」
と目線で自分の右側を示した。
「そう、ボクの曲。気に入ってくれてよかった!」
万楼がにこにこしながら駆け寄る。
「もう日の目を見ないかと思ってたんだけどね」
「悪かったな」
椅子に半ばふんぞり返るような姿勢で足を組み、ペットボトルのコーラを飲みながら、紅朱が口を開く。
「ずっと詞が浮かばなかったんだからしょうがねェだろ」
「でも無事に完成されましたわね……何かきっかけになることでも?」
真面目に問掛けた日向子を、紅朱はニヤっと笑いながら見やった。
「わかんねェのか? めでたい奴だな……なあ、綾?」
話を振られた玄鳥は何故か微かに頬を赤く染めて視線を逃がした。
「日向子さんは気付かなくていいです。……まったく、兄貴の悪ふざけは毎回質が悪いんだから……」
日向子が「spicy seven」の意味するところがあの調味料であることに気付くには、まだまだ時間がかかりそうだった。
「リーダー、ボクにもあとで教えて!」
「例のヤツを完全消去するなら教えてやってもいいぞ」
「それなら別にいいや」
「あ、てめェ」
「『大切じゃないわけねェだろ……!!』のほうが大事だから」
「一々言うなっつーの!!」
「まあ、すっかりお二人もらぶらぶですわね」
「はァ!?」
「兄貴、それはあんまり気にしないでほうが……」
フロントチームと日向子は集団コントの様相となってきていたが、一方でうるさいほどにぎやかなその様子を外側から見守る者も二人もいた。
「……なんかさぁ、新密度上がりまくってんだケド……」
「……そのようやな」
「玄鳥は完璧持ってかれてるし、万楼もすっかり懐いちゃって……」
「……オレとしてはむしろ……あの紅朱が、特定の女をイメージした詞を書いたことのほうが驚きやけどな」
蝉ははっとしたように有砂を見た。
「……そっか……こんなこと、この3年間一度も……」
そして、視線を戻した。
日向子の楽しそうな笑顔と、何かムキになってがなっている紅朱の顔が視界に入る。
蝉は唇を、噛んだ。
ポロン。
澄んだ鍵盤の音が、不意に響いた。
楔を打ち込まれたように会話が途絶え、全員が音のほうを振り返る。
「日向子ちゃん」
蝉は、振り返り様の日向子に名を呼び掛けた。
「はい?」
「……今日、一緒に帰ろうよ」
「え……わたくしと、蝉様がですか……?」
あまにりも思いがけない提案だった。
蝉は人懐っこい気さくで明るい笑みを浮かべる。
「オレのバイクで送ったげる♪ ……たまには新鮮じゃない?」
日向子はややあってから、
「あ、はい。ありがとうございます」
と素直に返事をした。
蝉は満足そうに大きく頷く。
「じゃ、ヨロシクね☆」
その一部始終を冷めた目で見ていた有砂は、我関せずといった様子で欠伸を噛み殺していた。
「これがおれの愛車。どぉどぉ? カッコよくない?」
新しくはないが隅々まで手入れの行き届いた、鮮やかなメタリックブルーのネイキッド。
日向子はそれを珍しそうに見つめた。
「わたくし、バイクに乗せて頂くのは初めてですわ」
「マジで~? じゃあ遠慮なく日向子ちゃんの初めてもらっちゃおっと」
蝉はどうやら用意してあったらしい、ライトグレーのフルフェイスのメットをそっと日向子に被せた。
「まあ、なんだかドキドキしてしまいますわ」
そわそわする日向子をしばし見つめていた蝉は、
「あのさ」
やがて、改まった口調で話し始めた。
「……万楼と紅朱のこと、サンキュ。二人が歩み寄るきっかけになってくれてマジで助かった」
「蝉様……」
「紅朱はさ、なかなか万楼を受け入れてやれなかったんだよ……自分でもどうしていいか、多分わかんなかったんだと思う」
メットに遮られてはっきりわからない日向子の表情。
蝉は、それでも真っ直ぐ見つめながら告げた。
「今でも紅朱は粋だけを、愛してるから。一人の女の子として」
「……紅朱様……が?」
「あいつら、付き合ってたんだよ。少なくとも紅朱は本気だった」
息を継ぐ間もなく続ける。
「だから今でも粋に帰って来てほしいと思ってるし……粋が知らない街で他の男と一緒に暮らしてたかも、なんて言われたらぶっちゃけそりゃ悔しいわけ。
万楼に対して複雑な気持ちを持つのは当然じゃん?」
日向子は無言のまま、メットごと頭を上下した。
「今回のことで万楼については多少ふっきれたカンジなのかもだケド、でも、紅朱はこれからもきっと、粋を想い続ける……だから」
「日向子ちゃんは、紅朱を好きになっちゃダメだよ」
「じゃあな、お疲れ」
一晩中作詞に集中していた紅朱は流石に眠そうに見えた。
「あんまり無理しないでね。リーダー一人の身体じゃないんだから!」
「……キショいっつーの」
大して迫力のない睨みを残して紅朱は、スタジオを出て行った。
万楼はそれを目で追った後、ふーっと息を吐いた。
「……蝉とお姉さんはどうしたかな」
「……どう、もしないだろ……別に」
玄鳥が恐ろしいまでのローテンションで手荷物をまとめながら呟く。
「家まで送るだけ……家まで送るだけ……」
「……家まで送ってもらったら『お礼に中でお茶でもいかがですか?』ぐらいは言いそうやけどな」
「うっ」
「……お疲れさん」
相変わらず淡々と言いたいことだけ言ったきり、有砂も年少二人を残して去って行った。
玄鳥は、十分想像できるその展開に戦々恐々としていたが、万楼は平然と微笑すら浮かべる。
「大丈夫だと思うな、蝉ってそういうところ真面目だし」
「……確かに。有砂さんの車に連れこまれるよりは遥かに安全かもな」
「……次、有砂なんだよね。個人取材」
「……心配だ」
頭を抱えてぼやく玄鳥。
万楼も頷く。
「きっと驚くだろうな。想像してるよりずっと手強い相手だから」
「日向子さんをあんまり困らせないといいけどな」
「え? 違うよ。何言ってるの? 玄鳥」
「え?」
「ボクは有砂のほうを言ったんだ」
《第二章につづく》
2007/06/22 (Fri)
一次創作関連
一応私の中では決まってるんだよね……。
太陽の国メインキャラの脳内キャスト。
まあ折角だから紹介しようと思うんだけど、あんまり気にしないで、あなたはあなたなりの脳内ボイスでこれからも読んでやってください。
なぜかというと、昔から私の脳内キャスティングはあんまり評判がよくないから。どうも人とずれてるみたい。笑。
単純に好きな声優さんを列挙してるだけじゃないかという説もあるけどね。笑笑。
どっちにしろ「へえ、そうなんだ」くらいに思っておいて頂ければと。
まずヒロインの森久保日向子は大谷育江さん。
藤姫(紫姫でもいいけど)な感じで。ちなみにときメモGSの須藤瑞希も「しき様」の信者ですが……。
紅朱は高橋広樹さん。乙女ゲームだと、ネオアンのレインとか、ファンタ2のシリウスとか、きまカフェ、ラスエス、色々気になるゲームに出てるわりに何もプレイしてないんだよなぁ。汗。
ヤンチャなのにセクシーで、バカだけどカッコいいみたいな。
唄もまんま唄って頂きたい。「チチを●げ」バリに。爆。
玄鳥は櫻井孝宏さん。
はからずもここまでみんなガッシュ繋がり。笑。
玄鳥は元々完全にコードギアスの枢木スザクから派生してるので、イメージがリンクしてしまうのよね。
スザクとユフィの組み合わせが一番萌えだったのに……(次点扇夫妻)。
その無念が具現化したのが玄鳥なのかもしれない。笑。
万楼は菅沼久義さん。
「ショタに非ざる年下の男の子キャラ」ならこの人で決まり。
Vitamin Xはじめ色んな乙女ゲームにも出てらっしゃるけど、エバーグリーンアベニューというゲームの男主人公をやっていて、万楼のイメージ構築の一部に含まれてるかも。
蝉は鳥海浩輔さん。
出たー、って言わないように。笑。
すっごいエロカッコいいケド、なんとなく性格の悪そうな声(いい意味でね! 爆)がたまらんよね。
二枚目と三枚目の演じ分けがお上手な方だと思うし、絶対ハマると思う。
有砂は森川智之さん。
小西克幸さんとどっちか悩みつつ(笑)、ここは森川さんで。帝王で。
私の中では中2以来の森川智之ブームが再来中らしい。
しかし森川さんの関西弁って……聞いたことないよなぁ。BLのとかでやってそうだけど。笑。
全然関係ないけど、森川さんは結構なベテランなのにサービス精神旺盛で、飾らない雰囲気がかっこいいよね~。そりゃ惚れ直すわ。
高山獅貴は置鮎龍太郎さん。
他にも井上和彦さんとか、浜田賢二さんとか、悩みに悩んで(そんなに悩む必要があるのかは言及してはいけない)、ここに着地した。
なんか伯爵様というより……お館様だが。笑。
実際アクラムのキャラソンとか聞くと「うん。こんな感じ、こんな感じ」って思うけどね。
あぁ……なんたる神キャスト……(そりゃ妄想だからね) 。
さ~て、第一章のラスト【5】の制作に入るか……。
太陽の国メインキャラの脳内キャスト。
まあ折角だから紹介しようと思うんだけど、あんまり気にしないで、あなたはあなたなりの脳内ボイスでこれからも読んでやってください。
なぜかというと、昔から私の脳内キャスティングはあんまり評判がよくないから。どうも人とずれてるみたい。笑。
単純に好きな声優さんを列挙してるだけじゃないかという説もあるけどね。笑笑。
どっちにしろ「へえ、そうなんだ」くらいに思っておいて頂ければと。
まずヒロインの森久保日向子は大谷育江さん。
藤姫(紫姫でもいいけど)な感じで。ちなみにときメモGSの須藤瑞希も「しき様」の信者ですが……。
紅朱は高橋広樹さん。乙女ゲームだと、ネオアンのレインとか、ファンタ2のシリウスとか、きまカフェ、ラスエス、色々気になるゲームに出てるわりに何もプレイしてないんだよなぁ。汗。
ヤンチャなのにセクシーで、バカだけどカッコいいみたいな。
唄もまんま唄って頂きたい。「チチを●げ」バリに。爆。
玄鳥は櫻井孝宏さん。
はからずもここまでみんなガッシュ繋がり。笑。
玄鳥は元々完全にコードギアスの枢木スザクから派生してるので、イメージがリンクしてしまうのよね。
スザクとユフィの組み合わせが一番萌えだったのに……(次点扇夫妻)。
その無念が具現化したのが玄鳥なのかもしれない。笑。
万楼は菅沼久義さん。
「ショタに非ざる年下の男の子キャラ」ならこの人で決まり。
Vitamin Xはじめ色んな乙女ゲームにも出てらっしゃるけど、エバーグリーンアベニューというゲームの男主人公をやっていて、万楼のイメージ構築の一部に含まれてるかも。
蝉は鳥海浩輔さん。
出たー、って言わないように。笑。
すっごいエロカッコいいケド、なんとなく性格の悪そうな声(いい意味でね! 爆)がたまらんよね。
二枚目と三枚目の演じ分けがお上手な方だと思うし、絶対ハマると思う。
有砂は森川智之さん。
小西克幸さんとどっちか悩みつつ(笑)、ここは森川さんで。帝王で。
私の中では中2以来の森川智之ブームが再来中らしい。
しかし森川さんの関西弁って……聞いたことないよなぁ。BLのとかでやってそうだけど。笑。
全然関係ないけど、森川さんは結構なベテランなのにサービス精神旺盛で、飾らない雰囲気がかっこいいよね~。そりゃ惚れ直すわ。
高山獅貴は置鮎龍太郎さん。
他にも井上和彦さんとか、浜田賢二さんとか、悩みに悩んで(そんなに悩む必要があるのかは言及してはいけない)、ここに着地した。
なんか伯爵様というより……お館様だが。笑。
実際アクラムのキャラソンとか聞くと「うん。こんな感じ、こんな感じ」って思うけどね。
あぁ……なんたる神キャスト……(そりゃ妄想だからね) 。
さ~て、第一章のラスト【5】の制作に入るか……。
2007/06/22 (Fri)
一次創作関連
「……緋色のスパイス、はまんま過ぎるな……」
斜線を引く。
「……緋色の、シュガー」
訪れたばかりの夜に、呟きが吸い込まれる。
「……緋色のハニー、のほうがいいか……いや」
ノートに書き込んでは、書いた側からそれを線で潰す。
「……緋色の……ポイズン……? 悪くないか」
丸で囲む。
「……Bメロはこんな感じだな……」
いつものように無造作に垂らした真っ赤な長髪をかき上げて、一息ついた。
室温で温くなったコーラをあおる。
ちょうどその時、バイブに設定していた携帯電話が視界の端でブルブル振動しながら光始めた。
掴んで引き寄せると、一番最近登録したナンバーからの着信だった。
ひとまずコーラのボトルは置いて、通話ボタンを押す。
「……どうした? 日向子」
《紅朱様でいらっしゃいますか!? 大変ですの、万楼様が……万楼様が……!!》
予想もしない緊迫しきった声音に、紅朱は眉根を寄せた。
「落ち着け。万楼がどうした?」
日向子の上擦った声に耳を傾ける紅朱の顔は一瞬にして青ざめていった。
「……意識不明……!……?」
《第1章 人魚の足跡 -missing-》【4】
「命に別状はないそうですわ」
「……顔色も、思ったよりよさそうでよかった」
玄鳥は安堵の溜め息をついた。
「蝉さんと有砂さんには俺から連絡したから、もうすぐ来ると思います」
緊急病院のベッドに横たわる万楼は、瞳を閉じても端正な美貌を無防備に晒して寝息を立てている。
「で、原因はなんだ」
苛立った様子で紅朱は一歩日向子ににじり寄った。
「なんでこうなった?」
紅朱は作詞作業をしていた時の部屋着のジャージ姿のままだった。
「はっきりとはわからないのですけれど……カレーに入れた材料のうちのどれかがアレルゲンだったのではないかと、お医者様がおっしゃってましたわ」
「アレルゲン?」
「はい。万楼様は以前にも、食品アレルギーで病院に搬送されたことがあるとおっしゃっていましたし……その可能性が高いのではないかと。
特定は出来ておりませんけれど……」
日向子は今にも泣きそうな顔でうつむく。
「わたくしの責任ですわ……」
「そんなことないですよ!」
思わず声が大きくなってしまう玄鳥だったが、すぐにそれが不適切であると気が付いてトーンを落とした。
「誰だって予想もしないでしょう……こんなこと」
日向子を安心させようと穏やかな口調で話し、そっとか細い肩に手を置いた。
「……万楼だって日向子さんを責めたりしないですから、心配しないで」
「ありがとう、ございます……」
日向子もようやくわずかに微笑を返した。
玄鳥は今更照れを感じて、日向子に触れていた手を引っ込めた。
「……俺、なんか甘い物買って来ます。起きたら欲しがるだろうし。メロンソーダ、あるかな……」
そうして玄鳥は小走りで病室を出て行った。
残された紅朱と日向子はしばらくつっ立ったまま黙っていたが、しばらくして日向子が口を開いた。
「紅朱様」
「……なんだ」
「もしも」
日向子は真っ直ぐ紅朱を見つめた。
「万楼様が目を覚まされなかったらどうなさいますか?」
「日向子っ」
瞬間、紅朱はかつてないほど強烈な勢いで日向子を睨んだ。
「お前っ……縁起でもないこと言ってんじゃねェよ……!!」
「お静かに……」
「……っ」
日向子は、万楼の寝息が途絶えないのを確認するように寝顔に一度視線を落とした後、再び紅朱を見た。
「けれどもしかしたら……このショックがきっかけで万楼様の記憶がお戻りになるかもしれませんわ」
「なっ」
紅朱は驚愕の面持ちで日向子を見返した。
「お前……」
「もしそうなれば……棚からぼたもち、とてもラッキーですわね」
「……ラッキー……だと?」
紅朱は日向子に詰め寄り、その両肩を掴んだ。玄鳥がしたのとはまるで違う、荒々しい仕草で。
「ラッキーなわけねェだろッ!? お前いい加減にしろよ!!」
「痛……ッ」
その力の強さに日向子は小さく悲鳴を上げた。
「仲間の身が危険に晒されたことがなんでラッキーなんだ!?
記憶が戻るかどうかなんて今はどうだっていいだろ!?」
日向子は苦痛に顔を歪めながらも、まだ紅朱を真っ直ぐ見つめていた。
「……万楼様が大切ですか?」
「くだらないこと聞くな……!」
「大切ですわね?」
「大切じゃないわけねェだろ……!!」
「誰の替わりだからでもなく……?」
「当たり前だ!!」
「……だ、そうですわ、万楼様」
「そう。リーダー、そんなにボクのこと好きだったんだ」
日向子の肩を掴んでいた両手はいきなり脱力した。
紅朱はあっけにとられた様子でベッドを凝視していた。
日向子は痛みの余韻に耐えながらも笑みを浮かべて、ベッドを振り返る。
大きな二つの瞳が、そんな二人を映して揺らめいている。
「……大切だ、って思ってくれてたの……?」
万楼の桜色の唇が、微笑を形づくる。頬は薔薇色に染まっていた。
「ほら、わたくしが言った通りになりましたでしょう?」
「うん……でもお姉さん、痛かったんじゃない?」
「ええ、少しだけ。紅朱様、本気でお怒りなんですもの」
と言いながら、日向子は本当に嬉しそうだった。
「万楼様は胸を張っていいのです。昔は、違ったかもしれない。これからのこともわかりません。
けれど今、heliodorのベースは……大切な仲間は、万楼様だけですのよ」
「……うん」
万楼はうっすらと涙の滲む目を手の甲で拭って、跳び上がるようにして上体を起こした。
「ボク、感動した。リーダー、ありがとう!」
当のリーダーはまだ固まったまま、呆然としている。
「……どういうことだ……何が起きてる?」
日向子と万楼は視線を合わせて笑いあった。
「ごめんなさい、紅朱様」
「全部、嘘だったんだ」
「毒……」
「え? お姉さん、そこで真剣な顔しないで。洒落にならなくなるよ?」
「……万楼様、わたくし今……いけないことを思いついてしまいましたの」
「……いけないこと?」
ぐつぐつと湯気を立ち上らせる鍋にルーを割り入れながら、日向子は「いけないこと」について話し始めた。
日向子の家が懇意にしている病院に協力してもらい、万楼が緊急入院したという芝居をする。
その時の紅朱の反応を見れば、実際万楼をどう思っているかわかるのではないか?
そしてそれはそのまま、かつて少年時代の万楼を失望させた状況をなぞっている。
その時と違う結末になれば、万楼は救われるかもしれないと日向子は思ったのだ。
もちろん、賭けに負ければ万楼はもっと傷付くかもしれないが……。
「わたくしは、紅朱様なら大丈夫だと信じられますわ」
「……どうして?」
「お優しい方だからです」
日向子は鍋をかき回しながら微笑する。
「そういうキャラでは売ってない、そうですけれど」
「……じゃあ何か、お前たちは病院ぐるみの壮大なドッキリで俺をハメたのか」
「……お怒りでいらっしゃいますか?」
日向子はおずおずと紅朱の顔を覗き込む。
「……お前は本当に、無茶苦茶な奴だな……怒る気も失せる」
紅朱は深く嘆息して目を半眼した。
「紅朱様は本当にお優しい方ですわね」
「だからッ、優しいとか言うなッ!!」
「ねえ、リーダー。『大切じゃないわけねェだろ……!!』っていうのもっかい言ってよ」
「二度と言うかッ……!!」
「大丈夫ですわ、万楼様。ちゃんと残ってます」
日向子はスーツの左ポケットから愛用のICレコーダーを覗かせた。
「いつでも再生可能ですわよ」
「なっ……!! なんて悪質な嫌がらせしやがんだ!! 勝手に録ってんじゃねェ!! 消せッ」
「うふふ。では、力ずくでわたくしから奪取なさいますか?」
「……あのな、女に力ずくなんて手段使えるわけねェだろ」
「ほら、お優しい」
「お優しい言うな~ッ!!」
髪の色がそのまんま降りてきたかのように顔を真っ赤に染めたバンドのリーダーと、限りなくマイペースな無敵の令嬢のきりなく続く掛け合いを眺めがら、万楼は心から笑って、笑いながら、また少しだけ目をこすった。
「……ねえ、本当に……ボク、嬉しかったよ」
じきに病院スタッフが厳重注意しにやって来るに違いない、騒々しい病室をスライド式のドアの隙間からそっと伺う2つの影があった。
「……なんや、ホンマにジブンの仕業ちゃうかったんやな」
「……当たり前じゃん。どこの世界に自分のバンドの仲間を毒殺するキーボーディストがいるわけ?」
「手段なんか選んでる暇なんてない、んやろ?」
「そりゃ確かに言ったけどさ~……今回おれが渡したのはガチで普通にスパイスだから。
せっかくならおいしいカレー作って食べさせてやりたいじゃん……今まで縁が無かったんだからさ」
蝉と、有砂だった。
「それ……『スノウ・ドーム』の自家製スパイスやろ? ジブンにとっては『おふくろの味』ってとこか」
「そんなカンジ。そういえば、粋が気に入ってよくせびってきたな~。万楼たちは使ったかな……気に入るといいんだケド」
そう言って笑う蝉を、有砂は少し冷ややかに見ていた。
「……ホンマ、悪になりきれん悪役やな、ジブン」
「うっ」
ばつが悪そうに頭を垂れる蝉を、有砂が斜め上から見下ろし、小馬鹿にしたように笑う。
「案外……お前より、令嬢のほうがよっぽども策士かもしれへんで……なあ、雪乃……?」
「はいはい……その呼び方はあのコ限定ね」
蝉は斜め上を見上げてぺろっと舌を出した。
「でもマジで言えちゃってるかもしんないね~……あの父にしてこの娘ってカンジ? DNA怖ッ、みたいな」
蝉の顔に一瞬、暗い影がよぎる。
それは「蝉」ではない、もう一つが顔を出した。
「……だけど釘宮の後継はおれなんだよ。この椅子を守るためには、何人たりともお嬢様には指一本触れさせないからな……」
「……それは、難儀なことやな……」
「……二人とも、なんで中に入らないんですか?」
「うわッッ……!!」
蝉は前ぶれなく後方から掛けられた声に、遮蔽物には最適な有砂の長身の陰に隠れた。
コンビニで買った大量のケーキとジュースを持った玄鳥がただ一人、何も知らずに呑気に帰って来たのだ。
「玄鳥っ、今の話聞いてた?」
「話? いえ……なんですか?」
「聞いてないならいいんだケドね」
胸を撫で下ろす蝉とは対称的に、有砂はあからさまに不快そうに顔を歪めた。
それに気付いた玄鳥は大して意味はないと知りながら、手荷物を背中に隠す。
「……ケーキの匂い、キツイですか? 有砂さんのコーヒーも買ってありますから」
「……吐き気がしそうやな」
蝉は苦笑して頭を振る。
「マジで極端だよね。うちのリズム隊。お菓子しか食べないのと、お菓子が食べれないのと……さ」
《つづく》
斜線を引く。
「……緋色の、シュガー」
訪れたばかりの夜に、呟きが吸い込まれる。
「……緋色のハニー、のほうがいいか……いや」
ノートに書き込んでは、書いた側からそれを線で潰す。
「……緋色の……ポイズン……? 悪くないか」
丸で囲む。
「……Bメロはこんな感じだな……」
いつものように無造作に垂らした真っ赤な長髪をかき上げて、一息ついた。
室温で温くなったコーラをあおる。
ちょうどその時、バイブに設定していた携帯電話が視界の端でブルブル振動しながら光始めた。
掴んで引き寄せると、一番最近登録したナンバーからの着信だった。
ひとまずコーラのボトルは置いて、通話ボタンを押す。
「……どうした? 日向子」
《紅朱様でいらっしゃいますか!? 大変ですの、万楼様が……万楼様が……!!》
予想もしない緊迫しきった声音に、紅朱は眉根を寄せた。
「落ち着け。万楼がどうした?」
日向子の上擦った声に耳を傾ける紅朱の顔は一瞬にして青ざめていった。
「……意識不明……!……?」
《第1章 人魚の足跡 -missing-》【4】
「命に別状はないそうですわ」
「……顔色も、思ったよりよさそうでよかった」
玄鳥は安堵の溜め息をついた。
「蝉さんと有砂さんには俺から連絡したから、もうすぐ来ると思います」
緊急病院のベッドに横たわる万楼は、瞳を閉じても端正な美貌を無防備に晒して寝息を立てている。
「で、原因はなんだ」
苛立った様子で紅朱は一歩日向子ににじり寄った。
「なんでこうなった?」
紅朱は作詞作業をしていた時の部屋着のジャージ姿のままだった。
「はっきりとはわからないのですけれど……カレーに入れた材料のうちのどれかがアレルゲンだったのではないかと、お医者様がおっしゃってましたわ」
「アレルゲン?」
「はい。万楼様は以前にも、食品アレルギーで病院に搬送されたことがあるとおっしゃっていましたし……その可能性が高いのではないかと。
特定は出来ておりませんけれど……」
日向子は今にも泣きそうな顔でうつむく。
「わたくしの責任ですわ……」
「そんなことないですよ!」
思わず声が大きくなってしまう玄鳥だったが、すぐにそれが不適切であると気が付いてトーンを落とした。
「誰だって予想もしないでしょう……こんなこと」
日向子を安心させようと穏やかな口調で話し、そっとか細い肩に手を置いた。
「……万楼だって日向子さんを責めたりしないですから、心配しないで」
「ありがとう、ございます……」
日向子もようやくわずかに微笑を返した。
玄鳥は今更照れを感じて、日向子に触れていた手を引っ込めた。
「……俺、なんか甘い物買って来ます。起きたら欲しがるだろうし。メロンソーダ、あるかな……」
そうして玄鳥は小走りで病室を出て行った。
残された紅朱と日向子はしばらくつっ立ったまま黙っていたが、しばらくして日向子が口を開いた。
「紅朱様」
「……なんだ」
「もしも」
日向子は真っ直ぐ紅朱を見つめた。
「万楼様が目を覚まされなかったらどうなさいますか?」
「日向子っ」
瞬間、紅朱はかつてないほど強烈な勢いで日向子を睨んだ。
「お前っ……縁起でもないこと言ってんじゃねェよ……!!」
「お静かに……」
「……っ」
日向子は、万楼の寝息が途絶えないのを確認するように寝顔に一度視線を落とした後、再び紅朱を見た。
「けれどもしかしたら……このショックがきっかけで万楼様の記憶がお戻りになるかもしれませんわ」
「なっ」
紅朱は驚愕の面持ちで日向子を見返した。
「お前……」
「もしそうなれば……棚からぼたもち、とてもラッキーですわね」
「……ラッキー……だと?」
紅朱は日向子に詰め寄り、その両肩を掴んだ。玄鳥がしたのとはまるで違う、荒々しい仕草で。
「ラッキーなわけねェだろッ!? お前いい加減にしろよ!!」
「痛……ッ」
その力の強さに日向子は小さく悲鳴を上げた。
「仲間の身が危険に晒されたことがなんでラッキーなんだ!?
記憶が戻るかどうかなんて今はどうだっていいだろ!?」
日向子は苦痛に顔を歪めながらも、まだ紅朱を真っ直ぐ見つめていた。
「……万楼様が大切ですか?」
「くだらないこと聞くな……!」
「大切ですわね?」
「大切じゃないわけねェだろ……!!」
「誰の替わりだからでもなく……?」
「当たり前だ!!」
「……だ、そうですわ、万楼様」
「そう。リーダー、そんなにボクのこと好きだったんだ」
日向子の肩を掴んでいた両手はいきなり脱力した。
紅朱はあっけにとられた様子でベッドを凝視していた。
日向子は痛みの余韻に耐えながらも笑みを浮かべて、ベッドを振り返る。
大きな二つの瞳が、そんな二人を映して揺らめいている。
「……大切だ、って思ってくれてたの……?」
万楼の桜色の唇が、微笑を形づくる。頬は薔薇色に染まっていた。
「ほら、わたくしが言った通りになりましたでしょう?」
「うん……でもお姉さん、痛かったんじゃない?」
「ええ、少しだけ。紅朱様、本気でお怒りなんですもの」
と言いながら、日向子は本当に嬉しそうだった。
「万楼様は胸を張っていいのです。昔は、違ったかもしれない。これからのこともわかりません。
けれど今、heliodorのベースは……大切な仲間は、万楼様だけですのよ」
「……うん」
万楼はうっすらと涙の滲む目を手の甲で拭って、跳び上がるようにして上体を起こした。
「ボク、感動した。リーダー、ありがとう!」
当のリーダーはまだ固まったまま、呆然としている。
「……どういうことだ……何が起きてる?」
日向子と万楼は視線を合わせて笑いあった。
「ごめんなさい、紅朱様」
「全部、嘘だったんだ」
「毒……」
「え? お姉さん、そこで真剣な顔しないで。洒落にならなくなるよ?」
「……万楼様、わたくし今……いけないことを思いついてしまいましたの」
「……いけないこと?」
ぐつぐつと湯気を立ち上らせる鍋にルーを割り入れながら、日向子は「いけないこと」について話し始めた。
日向子の家が懇意にしている病院に協力してもらい、万楼が緊急入院したという芝居をする。
その時の紅朱の反応を見れば、実際万楼をどう思っているかわかるのではないか?
そしてそれはそのまま、かつて少年時代の万楼を失望させた状況をなぞっている。
その時と違う結末になれば、万楼は救われるかもしれないと日向子は思ったのだ。
もちろん、賭けに負ければ万楼はもっと傷付くかもしれないが……。
「わたくしは、紅朱様なら大丈夫だと信じられますわ」
「……どうして?」
「お優しい方だからです」
日向子は鍋をかき回しながら微笑する。
「そういうキャラでは売ってない、そうですけれど」
「……じゃあ何か、お前たちは病院ぐるみの壮大なドッキリで俺をハメたのか」
「……お怒りでいらっしゃいますか?」
日向子はおずおずと紅朱の顔を覗き込む。
「……お前は本当に、無茶苦茶な奴だな……怒る気も失せる」
紅朱は深く嘆息して目を半眼した。
「紅朱様は本当にお優しい方ですわね」
「だからッ、優しいとか言うなッ!!」
「ねえ、リーダー。『大切じゃないわけねェだろ……!!』っていうのもっかい言ってよ」
「二度と言うかッ……!!」
「大丈夫ですわ、万楼様。ちゃんと残ってます」
日向子はスーツの左ポケットから愛用のICレコーダーを覗かせた。
「いつでも再生可能ですわよ」
「なっ……!! なんて悪質な嫌がらせしやがんだ!! 勝手に録ってんじゃねェ!! 消せッ」
「うふふ。では、力ずくでわたくしから奪取なさいますか?」
「……あのな、女に力ずくなんて手段使えるわけねェだろ」
「ほら、お優しい」
「お優しい言うな~ッ!!」
髪の色がそのまんま降りてきたかのように顔を真っ赤に染めたバンドのリーダーと、限りなくマイペースな無敵の令嬢のきりなく続く掛け合いを眺めがら、万楼は心から笑って、笑いながら、また少しだけ目をこすった。
「……ねえ、本当に……ボク、嬉しかったよ」
じきに病院スタッフが厳重注意しにやって来るに違いない、騒々しい病室をスライド式のドアの隙間からそっと伺う2つの影があった。
「……なんや、ホンマにジブンの仕業ちゃうかったんやな」
「……当たり前じゃん。どこの世界に自分のバンドの仲間を毒殺するキーボーディストがいるわけ?」
「手段なんか選んでる暇なんてない、んやろ?」
「そりゃ確かに言ったけどさ~……今回おれが渡したのはガチで普通にスパイスだから。
せっかくならおいしいカレー作って食べさせてやりたいじゃん……今まで縁が無かったんだからさ」
蝉と、有砂だった。
「それ……『スノウ・ドーム』の自家製スパイスやろ? ジブンにとっては『おふくろの味』ってとこか」
「そんなカンジ。そういえば、粋が気に入ってよくせびってきたな~。万楼たちは使ったかな……気に入るといいんだケド」
そう言って笑う蝉を、有砂は少し冷ややかに見ていた。
「……ホンマ、悪になりきれん悪役やな、ジブン」
「うっ」
ばつが悪そうに頭を垂れる蝉を、有砂が斜め上から見下ろし、小馬鹿にしたように笑う。
「案外……お前より、令嬢のほうがよっぽども策士かもしれへんで……なあ、雪乃……?」
「はいはい……その呼び方はあのコ限定ね」
蝉は斜め上を見上げてぺろっと舌を出した。
「でもマジで言えちゃってるかもしんないね~……あの父にしてこの娘ってカンジ? DNA怖ッ、みたいな」
蝉の顔に一瞬、暗い影がよぎる。
それは「蝉」ではない、もう一つが顔を出した。
「……だけど釘宮の後継はおれなんだよ。この椅子を守るためには、何人たりともお嬢様には指一本触れさせないからな……」
「……それは、難儀なことやな……」
「……二人とも、なんで中に入らないんですか?」
「うわッッ……!!」
蝉は前ぶれなく後方から掛けられた声に、遮蔽物には最適な有砂の長身の陰に隠れた。
コンビニで買った大量のケーキとジュースを持った玄鳥がただ一人、何も知らずに呑気に帰って来たのだ。
「玄鳥っ、今の話聞いてた?」
「話? いえ……なんですか?」
「聞いてないならいいんだケドね」
胸を撫で下ろす蝉とは対称的に、有砂はあからさまに不快そうに顔を歪めた。
それに気付いた玄鳥は大して意味はないと知りながら、手荷物を背中に隠す。
「……ケーキの匂い、キツイですか? 有砂さんのコーヒーも買ってありますから」
「……吐き気がしそうやな」
蝉は苦笑して頭を振る。
「マジで極端だよね。うちのリズム隊。お菓子しか食べないのと、お菓子が食べれないのと……さ」
《つづく》
2007/06/21 (Thu)
一次創作関連
「でも、なんでカレーなの?」
「わたくしの一番得意な料理ですの」
「なるほどね」
「カレー、お嫌いですか?」
「……わからない」
「はい?」
「あんまり食べたことがないからわからない」
万楼は冗談を言っているようには見えなかった。
「お母様から作って頂いたり、学校の給食等でお食べにはなりませんでしたの?」
「うーん……食べたことないからな……どっちも」
「どっちも、ですか?」
「うん。ボクのママはご飯を作ってくれたこと、ないよ」
《第1章 人魚の足跡 -missing-》【3】
玉葱。
「ボクの家は母子家庭なんだけどね」
人参。
「ママはアメリカの食品研究所の研究員なんだ。詳しくはよくわからないけど、ダイエット食品とか栄養補助食品とか、なんかそういうのを研究してるみたい」
じゃが芋。
「ボクもジュニアハイスクールまではアメリカにいたんだけど、ママはほとんど家に帰って来なくて、ハウスキーパーのおばさんがボクの世話をしてくれてた」
茄子。
「ボクはおばさんが作る料理が口に合わなくて、お菓子ばっかり食べてた」
トマト。
「今思うとおばさんの料理が下手だったわけじゃなくて、ママがおばさんに使うように指示してたサンプルの加工食材がまずかったんだけどさ」
パプリカ。
「……そうやって、ママをボクを使って実験のデータを取っていたんだよ。頭のいい人が考えることはすごいよね」
コーン。
「……一度すごいアレルギーが発生して病院に運ばれたことがあったんだけど、ママはすぐに病院に飛んできた。
お医者さんに100個くらい質問して、ボクにもその倍くらい質問項目があるアンケート用紙をくれて、必ず全部記入するように念を押して、研究所帰ったよ……」
ブロッコリー。
「その時に、独り暮らしして日本の高校に行こうって思ったんだけどね」
エレンギ。
「……野菜はこんなところでしょうか」
「そう。次は?」
「ではお肉を」
「えーっと……あっちだね」
野菜でいっぱいのショッピングカートを押しながら、精肉売り場に向かう万楼の後ろ姿を一歩後ろから見つめる日向子。
万楼が、まるで他愛ない失敗談でも語るように話した言葉が、胸に重くのしかかった。
「……お辛かったのでは?」
「わからない。それがボクの普通だったし。でも、お菓子以外のものにあんまり食欲が湧かないのはそのせいかもしれない……あ、こっちはお魚か。お肉はあっちだった」
ここは万楼のマンションのすぐ近くのスーパーマーケットなのだが、売り場の位置を把握していない万楼はさっきからキョロキョロしてばかりいた。
その背中があまりにも不安げで、心細く思われて、日向子は思わず呼び掛けた。
「万楼様」
「……なに?」
日向子は少しだけ考えて、慎重に言葉を探した。
「……きっとお母様の研究は、世の中のためになるご立派なものなのだと思いますわ。
万楼様のデータもきっと、たくさんの人たちのために使われた筈です。それは大変、意味のあることではないでしょうか」
万楼はカートを止めて、日向子を振り返った。
「うん……そうだといいな」
「万楼様は力持ちでいらっしゃいますわね」
「そう?」
「初めてお会いした時も、わたくしを軽々と支えて下さいました」
万楼は45リットルの買い物袋いっぱいの荷物二つを涼しい顔で軽々と持って、日向子と並んで歩く。
「別にそんなに重くないよ? 荷物もお姉さんも」
万楼はくすくす笑う。
「それともボクがこういう見た目だから、意外だって思われてしまうのかな」
「まあ、そのようなつもりではありませんでしたけれど……お気に障りまして……?」
「ううん。ボクはギャップで売ってるからいいんだ」
「売ってる、ですか。それはようするに、他の人にそのような認識を与えたい、ということですわよね? 確か紅朱様も以前そのようなことを……」
「なんとなくだけれどね、みんなやっぱり多かれ少なかれ自己演出はしていると思うんだ。
メイクをしたり、本名とは違う名前を名乗ったりするのもそうだし。
……それはまたチーム内での役割分担、でもあるのかな」
「役割……」
秋の日暮れ。
アスファルトに長く伸びた2つの影は、夕景をゆっくりと進む。
「例えばリーダーはリーダーだから、よりリーダーらしくあろうと努力してる。
玄鳥はリーダーの弟だから、絶対にリーダーよりでしゃばらないよね」
「そうですわね……では、万楼様の役割は?」
「ボク? ボクは……」
少しずつ、残照が遠くのビル街に吸い込まれていく。
黄昏が訪れる。
「代役」
トントントン。
一口台にじゃが芋を切って、ボールの中の水へ。
手早いとは言い難いが丁寧な仕事で日向子はシンプルな作業を進めていた。
万楼は水洗いした人参を眺めながら、
「……キャロットのジュレにしたいなぁ」
などと呟いている。
「だめです」
「やっぱり?」
ロフト付き1DKの万楼の部屋は、異常なほど生活感がない。
キッチン周辺の設備は、非常に充実している(主に製菓用の調理器具であるが)ものの、それ以外は必要最低限の簡素なモノトーンのインテリアや、必要最低限の家電製品がぽつぽつと置かれている。
ベースや機材がまとめてある一角がなければ、ここに住む人間がどんな人間かを知る手掛りは何一つなかっただろう。
日向子は万楼が口にした「代役」という言葉を思い返していた。
「代役」という役割。
それは終わりを約束された役割。
日向子は、この部屋が万楼にとって「一時滞在」のための仮の宿に過ぎないのだと悟った。
「万楼様は……いつか、heliodorのベースを辞めてしまわれるのですか?」
「うん」
しゃり、しゃり、と万楼の動かすピーラーの刃先からオレンジ色のリボンが垂れる。
「お姉さんも知ってるよね? heliodorには粋さんっていうベーシストがいるんだよ」
「……存じてますわ」
「今は色々あってここにいないけど、みんないつか粋さんが帰ってくるって信じてる。粋さんが必要なんだよ」
「そんな……」
日向子は包丁を一度止めて万楼を見た。
万楼の表情はいつもと変わらない。とても静かで、柔らかい笑みを浮かべている。
「玄鳥がボクをみんなに紹介してくれた時、玄鳥以外の全員がボクの加入に最初反対したよ。
それは技術的に未熟だったからという理由じゃない。……ボクを代役にするのがしのびなかったからだ」
一度呼吸をおいて、万楼は続けた。
「ボクのベースは粋さんと似過ぎていたから。粋さんよりはずっと下手だけど。
……意識して似せたわけじゃないよ。ボクは粋さんのベースを聞いたこともない筈……だと思ってたから」
「どういう、ことでしょうか?」
「……手が止まってるよ、お姉さん」
「あ、そうでしたわ……ごめんなさい」
日向子は慌てて、鮮やかな赤いパプリカを手にとって、包丁を握り直した。
万楼は日向子が作業を再開するのを見てから、また話し始めた。
「……ボクが高校進学と同時に日本に来たっていう話はしたね。
それからボクは高松の静かな街で暮らしてた。
ベースを始めたのは多分その頃で、heliodorを知ったのも多分その頃」
「……多分、ですか?」
「覚えて、ないんだ」
「……え?」
「ボクはある日、海に落ちた。運良く大した怪我もなく救助された。
……だけど目覚めたボクは忘れてしまった。高校生活の大半の記憶がごっそり抜け落ちてしまったんだ」
はらり、と色鮮やかなリボンがザルの上に落ちる。
万楼はザルに溜ったそれを、生ゴミのバケツへとバサッと葬った。
「覚えていることといえば……ボクは、多分誰かと一緒に暮らしていた。
ベースを教えてくれたのはその人で、ボクにheliodorというバンドを訪ねるように言ったんだ……そしてボクはその人を《万楼》って呼んでた。
……《万楼》ってね、粋さんが昔飼ってた熱帯魚の名前なんだって」
かつてのベーシストとよく似た音を奏でるベーシスト。
そして、偶然にしては出来すぎた一致。
「《万楼》は粋さんなのかもしれない」
具材を軽く炒めて、たっぷりの水で茹でる。
灰汁を取り除きながら時間をかけて。
その間、恐らく雑誌の記事としては使えないであろう万楼の話はゆっくりと続けられた。
「代役」で構わないということ、いつか記憶が蘇れば粋の行方がわかるかもしれないということを主張して、heliodorのメンバーにしてもらったという経緯。
そして《万楼》を自ら名乗るのは、本物の《万楼》がいつか気付いて訪ねて来ることを期待してのことだという事情。
万楼はあまりにもあっさりとそれらを物語る。
そんなことは自分にとっては大した問題ではないとでも言いたそうだ。
けれど日向子にはなんとなくわかり始めていた。
辛いことだからこそ、万楼は話すのだ。
ヒリヒリとしみる傷跡を、ゆっくりと湯舟にさらしてなじませるように、そうやって心の痛みを緩和しようとしている。
実の母親からモルモットのような扱いを受け続け、愛情を得られなかったことが哀しくないわけがない。
平気なら、こんな奇妙な食生活を送っているわけがない。
そして本当は……万楼は代役などではなく、真の意味でheliodorの仲間になりたいと思っているのではないのか??
「そろそろ、ルーを入れる?」
万楼の笑顔はもはや、痛々しいものにしか見えない。
日向子にはどんな言葉が万楼を救うのかまだわからなかった。
そもそも言葉などで救えるのかどうかもよくわからない。
気休めでは何もならない。
もしも紅朱たちが実際、万楼を代役として見ていて、本当は粋を必要としているというのなら、日向子にはどうすることもできないのだから。
「お姉さん……?」
今できることは話を聞いてあげること。
少しでも痛みが和らぐように、笑ってあげること。
「……そうですわね、ルーを入れましょう。それと、これも」
日向子は中辛の市販のルーと、硝子の小瓶に入った赤茶色の粉末を持ち出した。
「その粉は何? さっき買ったものじゃないよね」
「これは今朝、雪乃がくれたスパイスですわ。カレーを作るなら是非使うようにと言っておりました」
「……ふうん。雪乃さんか……その人、ボクたちのことあんまりよく思ってなさそうだよね」
「そうでしょうか……? わたくしはよく……」
万楼は小瓶を少し振ってハラハラ舞う粉を見つめる。
「実は毒、だったりして」
「はい?」
「……なーんてね」
《つづく》
「わたくしの一番得意な料理ですの」
「なるほどね」
「カレー、お嫌いですか?」
「……わからない」
「はい?」
「あんまり食べたことがないからわからない」
万楼は冗談を言っているようには見えなかった。
「お母様から作って頂いたり、学校の給食等でお食べにはなりませんでしたの?」
「うーん……食べたことないからな……どっちも」
「どっちも、ですか?」
「うん。ボクのママはご飯を作ってくれたこと、ないよ」
《第1章 人魚の足跡 -missing-》【3】
玉葱。
「ボクの家は母子家庭なんだけどね」
人参。
「ママはアメリカの食品研究所の研究員なんだ。詳しくはよくわからないけど、ダイエット食品とか栄養補助食品とか、なんかそういうのを研究してるみたい」
じゃが芋。
「ボクもジュニアハイスクールまではアメリカにいたんだけど、ママはほとんど家に帰って来なくて、ハウスキーパーのおばさんがボクの世話をしてくれてた」
茄子。
「ボクはおばさんが作る料理が口に合わなくて、お菓子ばっかり食べてた」
トマト。
「今思うとおばさんの料理が下手だったわけじゃなくて、ママがおばさんに使うように指示してたサンプルの加工食材がまずかったんだけどさ」
パプリカ。
「……そうやって、ママをボクを使って実験のデータを取っていたんだよ。頭のいい人が考えることはすごいよね」
コーン。
「……一度すごいアレルギーが発生して病院に運ばれたことがあったんだけど、ママはすぐに病院に飛んできた。
お医者さんに100個くらい質問して、ボクにもその倍くらい質問項目があるアンケート用紙をくれて、必ず全部記入するように念を押して、研究所帰ったよ……」
ブロッコリー。
「その時に、独り暮らしして日本の高校に行こうって思ったんだけどね」
エレンギ。
「……野菜はこんなところでしょうか」
「そう。次は?」
「ではお肉を」
「えーっと……あっちだね」
野菜でいっぱいのショッピングカートを押しながら、精肉売り場に向かう万楼の後ろ姿を一歩後ろから見つめる日向子。
万楼が、まるで他愛ない失敗談でも語るように話した言葉が、胸に重くのしかかった。
「……お辛かったのでは?」
「わからない。それがボクの普通だったし。でも、お菓子以外のものにあんまり食欲が湧かないのはそのせいかもしれない……あ、こっちはお魚か。お肉はあっちだった」
ここは万楼のマンションのすぐ近くのスーパーマーケットなのだが、売り場の位置を把握していない万楼はさっきからキョロキョロしてばかりいた。
その背中があまりにも不安げで、心細く思われて、日向子は思わず呼び掛けた。
「万楼様」
「……なに?」
日向子は少しだけ考えて、慎重に言葉を探した。
「……きっとお母様の研究は、世の中のためになるご立派なものなのだと思いますわ。
万楼様のデータもきっと、たくさんの人たちのために使われた筈です。それは大変、意味のあることではないでしょうか」
万楼はカートを止めて、日向子を振り返った。
「うん……そうだといいな」
「万楼様は力持ちでいらっしゃいますわね」
「そう?」
「初めてお会いした時も、わたくしを軽々と支えて下さいました」
万楼は45リットルの買い物袋いっぱいの荷物二つを涼しい顔で軽々と持って、日向子と並んで歩く。
「別にそんなに重くないよ? 荷物もお姉さんも」
万楼はくすくす笑う。
「それともボクがこういう見た目だから、意外だって思われてしまうのかな」
「まあ、そのようなつもりではありませんでしたけれど……お気に障りまして……?」
「ううん。ボクはギャップで売ってるからいいんだ」
「売ってる、ですか。それはようするに、他の人にそのような認識を与えたい、ということですわよね? 確か紅朱様も以前そのようなことを……」
「なんとなくだけれどね、みんなやっぱり多かれ少なかれ自己演出はしていると思うんだ。
メイクをしたり、本名とは違う名前を名乗ったりするのもそうだし。
……それはまたチーム内での役割分担、でもあるのかな」
「役割……」
秋の日暮れ。
アスファルトに長く伸びた2つの影は、夕景をゆっくりと進む。
「例えばリーダーはリーダーだから、よりリーダーらしくあろうと努力してる。
玄鳥はリーダーの弟だから、絶対にリーダーよりでしゃばらないよね」
「そうですわね……では、万楼様の役割は?」
「ボク? ボクは……」
少しずつ、残照が遠くのビル街に吸い込まれていく。
黄昏が訪れる。
「代役」
トントントン。
一口台にじゃが芋を切って、ボールの中の水へ。
手早いとは言い難いが丁寧な仕事で日向子はシンプルな作業を進めていた。
万楼は水洗いした人参を眺めながら、
「……キャロットのジュレにしたいなぁ」
などと呟いている。
「だめです」
「やっぱり?」
ロフト付き1DKの万楼の部屋は、異常なほど生活感がない。
キッチン周辺の設備は、非常に充実している(主に製菓用の調理器具であるが)ものの、それ以外は必要最低限の簡素なモノトーンのインテリアや、必要最低限の家電製品がぽつぽつと置かれている。
ベースや機材がまとめてある一角がなければ、ここに住む人間がどんな人間かを知る手掛りは何一つなかっただろう。
日向子は万楼が口にした「代役」という言葉を思い返していた。
「代役」という役割。
それは終わりを約束された役割。
日向子は、この部屋が万楼にとって「一時滞在」のための仮の宿に過ぎないのだと悟った。
「万楼様は……いつか、heliodorのベースを辞めてしまわれるのですか?」
「うん」
しゃり、しゃり、と万楼の動かすピーラーの刃先からオレンジ色のリボンが垂れる。
「お姉さんも知ってるよね? heliodorには粋さんっていうベーシストがいるんだよ」
「……存じてますわ」
「今は色々あってここにいないけど、みんないつか粋さんが帰ってくるって信じてる。粋さんが必要なんだよ」
「そんな……」
日向子は包丁を一度止めて万楼を見た。
万楼の表情はいつもと変わらない。とても静かで、柔らかい笑みを浮かべている。
「玄鳥がボクをみんなに紹介してくれた時、玄鳥以外の全員がボクの加入に最初反対したよ。
それは技術的に未熟だったからという理由じゃない。……ボクを代役にするのがしのびなかったからだ」
一度呼吸をおいて、万楼は続けた。
「ボクのベースは粋さんと似過ぎていたから。粋さんよりはずっと下手だけど。
……意識して似せたわけじゃないよ。ボクは粋さんのベースを聞いたこともない筈……だと思ってたから」
「どういう、ことでしょうか?」
「……手が止まってるよ、お姉さん」
「あ、そうでしたわ……ごめんなさい」
日向子は慌てて、鮮やかな赤いパプリカを手にとって、包丁を握り直した。
万楼は日向子が作業を再開するのを見てから、また話し始めた。
「……ボクが高校進学と同時に日本に来たっていう話はしたね。
それからボクは高松の静かな街で暮らしてた。
ベースを始めたのは多分その頃で、heliodorを知ったのも多分その頃」
「……多分、ですか?」
「覚えて、ないんだ」
「……え?」
「ボクはある日、海に落ちた。運良く大した怪我もなく救助された。
……だけど目覚めたボクは忘れてしまった。高校生活の大半の記憶がごっそり抜け落ちてしまったんだ」
はらり、と色鮮やかなリボンがザルの上に落ちる。
万楼はザルに溜ったそれを、生ゴミのバケツへとバサッと葬った。
「覚えていることといえば……ボクは、多分誰かと一緒に暮らしていた。
ベースを教えてくれたのはその人で、ボクにheliodorというバンドを訪ねるように言ったんだ……そしてボクはその人を《万楼》って呼んでた。
……《万楼》ってね、粋さんが昔飼ってた熱帯魚の名前なんだって」
かつてのベーシストとよく似た音を奏でるベーシスト。
そして、偶然にしては出来すぎた一致。
「《万楼》は粋さんなのかもしれない」
具材を軽く炒めて、たっぷりの水で茹でる。
灰汁を取り除きながら時間をかけて。
その間、恐らく雑誌の記事としては使えないであろう万楼の話はゆっくりと続けられた。
「代役」で構わないということ、いつか記憶が蘇れば粋の行方がわかるかもしれないということを主張して、heliodorのメンバーにしてもらったという経緯。
そして《万楼》を自ら名乗るのは、本物の《万楼》がいつか気付いて訪ねて来ることを期待してのことだという事情。
万楼はあまりにもあっさりとそれらを物語る。
そんなことは自分にとっては大した問題ではないとでも言いたそうだ。
けれど日向子にはなんとなくわかり始めていた。
辛いことだからこそ、万楼は話すのだ。
ヒリヒリとしみる傷跡を、ゆっくりと湯舟にさらしてなじませるように、そうやって心の痛みを緩和しようとしている。
実の母親からモルモットのような扱いを受け続け、愛情を得られなかったことが哀しくないわけがない。
平気なら、こんな奇妙な食生活を送っているわけがない。
そして本当は……万楼は代役などではなく、真の意味でheliodorの仲間になりたいと思っているのではないのか??
「そろそろ、ルーを入れる?」
万楼の笑顔はもはや、痛々しいものにしか見えない。
日向子にはどんな言葉が万楼を救うのかまだわからなかった。
そもそも言葉などで救えるのかどうかもよくわからない。
気休めでは何もならない。
もしも紅朱たちが実際、万楼を代役として見ていて、本当は粋を必要としているというのなら、日向子にはどうすることもできないのだから。
「お姉さん……?」
今できることは話を聞いてあげること。
少しでも痛みが和らぐように、笑ってあげること。
「……そうですわね、ルーを入れましょう。それと、これも」
日向子は中辛の市販のルーと、硝子の小瓶に入った赤茶色の粉末を持ち出した。
「その粉は何? さっき買ったものじゃないよね」
「これは今朝、雪乃がくれたスパイスですわ。カレーを作るなら是非使うようにと言っておりました」
「……ふうん。雪乃さんか……その人、ボクたちのことあんまりよく思ってなさそうだよね」
「そうでしょうか……? わたくしはよく……」
万楼は小瓶を少し振ってハラハラ舞う粉を見つめる。
「実は毒、だったりして」
「はい?」
「……なーんてね」
《つづく》
2007/06/20 (Wed)
一次創作関連
「……えげつな」
吐息まじりにぽつりと呟いた有砂に、蝉は浮かない顔のまま視線だけを向けた。
「……なんとでもどーぞ。どうせ完っ全に計算ミスだし……」
すぐ近くで、鼻唄を唄いながらギターをチューニングしているおめでたい青年を見やって、深く嘆息する。
「なんでこうなるかな~……」
「邪魔するつもりが、裏目に出たか。……ジブンの立場もまあ、わからんこともないけどな……せめて、もう少し手段は考えたらどうや?」
「……手段なんか選んでる暇なんてないから」
視線を落とすと、そこには規則的に並んだ黒鍵と白鍵がある。
蝉が最も愛し、最も疎む世界がそこにある。
「……おれは『釘宮漸』でいるためなら、なんでもするよ」
《第1章 人魚の足跡 -missing-》【2】
「あのさ」
玄鳥は思いきり目を半眼した。
「なんで、いるの?」
「暇だったのと、それと腹減ったから」
玄鳥が座っているテーブルの向かいには、日向子がお行儀よく座ってにこにこしている。
そして、玄鳥の隣には自分とよく似た顔をした男がちゃっかり座っている。
「なんだ? 俺がいたらまずい話でもする気だったのか?」
「いや、そんなことは別にないけど……兄貴が一緒に来るとは思わなかったから」
奥歯に物が挟まったようにもごもご話す玄鳥が、何かを隠していることは明白だったが、紅朱はあえて問いつめることなく、
「まあ、とりあえず食おう。俺はマジで腹減った」
と促した。
「あのさ」
玄鳥が再び水を差すように口を開く。
「なんで、杉屋なの?」
「俺が食いたかったからと、あとそいつが乗り気だったから」
「わたくし、杉屋さんでお食事するのは生まれて初めてですのよ!」
日向子は目の前に置かれた、牛丼(並)を覗き込みながら何故かはしゃいでいる。
「牛丼は杉屋に限るからな。絶対気に入るぞ、日向子」
牛丼(特)に七味をかけながら、何の気なしに語る紅朱の言葉に、玄鳥は思いっきりギョクの割り方をしくじった。
「おい、カラ入ってるぞ?」
「カラなんかどうでもいいよ。な、なんで兄貴、日向子さんのこと呼び捨てにしてるんだよ!」
「あ? 悪かったか?」
紅朱は日向子に話を振った。日向子は笑って、
「呼び捨てで結構ですわ。よろしければ玄鳥様もそうなさって下さい」
「えっ……ひ、ひな……こ……」
玄鳥は溜め息をついて首を左右して、
「……さん、でいいです。俺は」
早々に諦めた。
箸で丁寧に、混入したカラを選り分けながらもう一度深く溜め息をつく。
「……ま、いいか……嬉しそうだし」
上品は箸運びで牛肉と玉葱とごはんと紅しょうがを口に運び、頬をほころばせる日向子を見ていると、自然と玄鳥の表情も緩んだ。
「おいしゅうございますわ。紅朱様はよくこれをお召しに?」
「そうだな……俺は滅多に自炊しねェからな」
「実家から送ってきた野菜とかすぐ腐らせたり、カビ生やしたりするからな。兄貴は」
「まあ、それはもったいないですわ……」
日向子は、やはりあくまで上品な仕草でみそ汁を口にしてから、
「わたくしが毎日三度のお食事を作って差し上げられたらよろしいのですけれど」
何気無くとんでもないことを口走ったので、
「げほっ」
お約束通り玄鳥はむせ返った。
「そうか、そうなりゃ楽でいいな」
そして案の定、紅朱は全く動じない。
「……けど、食生活ったら一番問題なのは万楼だな」
「万楼様ですか?」
「ああ、あいつはすごいぞ。冷蔵庫ん中、ジュースと菓子と菓子作りの材料しかねェから」
「……確かにあれはひどい」
なんとか気道を確保した玄鳥も話に加わる。
「自炊するって言うから得意料理は何かって聞いたら、アップルパイと、チョコレートケーキと、フィナンシェと、マドレーヌと……って延々とお菓子列挙したからな……」
「主食が菓子なんだよな、あいつは」
普通ならとても信じ難い話ではあったが、先日のあのスウィーツだらけのテーブルを思い出せば、日向子にも納得できた。
「それは……いくらなんでも……お体に障るのでは?」
「ですよね……俺もそう思います。どうも昔からそうらしいんですけど。お菓子の栄養分だけで、よくあそこまで背が伸びたな……」
玄鳥が半分独り言のように呟いた瞬間、無言のままおもむろに箸を置いた紅朱が、再び七味の容器に手を伸ばすと、外蓋を外してフィルターの無くなったそれを玄鳥の食べかけの牛丼の上で引っくり返した。
「うわっ……何するんだよ兄貴!」
「ふん」
まるで火事場のように真っ赤になった丼の凄まじいビジュアルに、目を白黒する玄鳥をよそに、紅朱は何食わぬ顔で空になった七味の器を元に戻した。
玄鳥は自分が言った言葉のどの部分が原因でこうなったのか、経験上よくわかっていたが、口にしたら薮蛇になりかねないということも経験上よくわかっていた。
「なんてことを……これじゃもう食べられないじゃないか」
「まあ……それはもったいないですわ。わたくしが頂いても?」
「え?」
思わず綺麗にハモる兄弟。
日向子は半分も中身の残っていない玄鳥の丼を自分のほうに引き寄せた。
「お、おい」
「日向子さん……!?」
うろたえる二人をよそに、日向子は溶岩石のようなそれを箸でゆっくり口に運んだ。
そして。
「まあ……これはまた違った味わいで、とてもおいしいですわ」
と感嘆の声を上げた。
「嘘だろ……」
「本当に……?」
度肝を抜かれる二人に日向子はにっこり笑う。
「本当においしいですわよ。ほら、お一口どうですか?」
日向子は箸で、もはや食べ物とは思えないその物体をたっぷりとって、それを玄鳥に差し向けた。
「え?」
いわゆる「あーん、して♪」のシチュエーションである。
しかも割箸は日向子が使っていたもの。
玄鳥は、日向子の邪念の一片もない微笑みと、七味の塊を交互に見る。
玄鳥の胸は激しく動悸していた。
「い、言われてみればおいしそうに見えてきたかも……」
「おい、綾!? しっかりしろ。冷静に考えろ! 早まるなよ!!」
そもそものことの発端であるにも関わらず、必死に止めようとする兄の叫びは……残念ながら弟には届かなかった。
「俺……頂きます……!!」
そしてその直後、玄鳥は一声も発するいとまもなく、全速力でトイレに走って行った。
「綾……あいつ、いつからあんな冒険野郎になったんだ??」
「……まあ、おかしいですわね、こんなにおいしいですのに」
少ししゅんとしながら、もくもくと七味まみれの牛丼を食べ続ける、味覚音痴の疑いのある日向子を、紅朱はしばらく半分引き気味で見守っていたが、
「意外だ」
ふと呟いた。
「お嬢様は他人が箸つけたもんなんて、絶対食わないと思ってたんだが……」
日向子は箸を止めた。紅朱を見やって、言った。
「……わたくし、はしたないことをしてしまったのでしょうか?」
「いや」
紅朱は微笑する。
「そういうお嬢様がいたっていいと思う……お前は本当に、面白い奴だな」
日向子は少し安心したように頷いた。
「父ならおそらく叱ると思いますわ。けれどわたくし、幼少の頃に、けして食べ物は無駄にしてはいけないと母に教えられましたの」
「へえ……そりゃ立派なおふくろさんだな」
「……ええ。自慢の母です。随分前に亡くなりましたけれど」
「……そうか」
紅朱は熱いお茶をすすりながら、微かに目を伏せた。
「……でもそんなふうに母親とのいい思い出があるなら、お前は結構幸せだな」
「紅朱様と玄鳥様のお母様も素敵な方ですわね」
紅朱は苦笑する。
「ああ。優しい母親に、真面目な父親、出来すぎ君な弟……確かに、俺にはもったいないくらいいい家族だと思う……」
顔を合わせると乱暴な口調でそっけなく振る舞う紅朱が、ふと垣間見せた本当の気持ち。
日向子は単純になんだか嬉しかった。
紅朱の言葉の裏には単純ではない思いがあったのだが、それはまだ気付ける筈もないことだった。
「そういえば先程玄鳥様を、綾、とお呼びでしたわね? 玄鳥様の本名は綾様とおっしゃるのですか?」
「ああ、言ってなかったか。浅川綾だ。女みたいな名前だろ?」
少し意地悪く笑う紅朱だったが、
「では紅朱様は?」
と尋ねられ、それを打ち消した。
「……き」
ボソッと告げたものの、日向子には全く聞き取れない。
「はい?」
「……錦(ニシキ)」
認識出来る程度に、少しはっきりした口調で言い直した後、間髪入れず、
「でも俺は紅朱だ! この名前では呼ぶな。絶対にな!!」
語気を荒げて言い放った。
と。
「なッ」
紅朱は言葉を失った。
突然、日向子の両目がうるうると揺れて、ハラハラと涙の滴が溢れ始めたのだ。
無色透明な涙の滴は音もなく、とめどなく、とめどなく、頬を伝い落ちる。
「なッ、なんで泣いてんだよ……!? そんなにキツイ言い方したか!? おい!!」
日向子は黙ったまましくしく泣いている。
「黙ってちゃわけわかんないだろ!? どうしろってんだ、日向子! おい!!」
そしてそんなタイミングで、
「……兄貴、一体何したんだよ!!」
玄鳥が戻って来てしまった。
「別になんにもしてねェよ!」
「じゃあなんで日向子さんは泣いてるんだよ!」
「んなもん俺が知りてェよ……っ!」
日向子はハンカチで涙を拭いながら、言い合いする二人の前でぽつんと呟いた。
「……か、からいです……わ」
かくして日向子の味覚音痴容疑は完璧に晴れた。
日向子はただ、恐ろしく反応が鈍いだけだった。
「料理……?」
思いもよらなかった言葉に、万楼はいぶかしげに反芻した。
「はい、ご一緒にお料理をしながらインタビューをさせて頂こうと思うのですが、いかがでしょうか? 万楼様」
三日後に予定している再取材に際しての、日向子の出した提案は、当然のように先日の浅川兄弟との会食からヒントを得たものだった。
驚いていた万楼もやがて納得した様子で頷いた。
「うん、いいよ。なんだか楽しそうだね、二人で何をつくろうか? カスタードのミルクレープとか、巨峰のババロアなんてどう?」
日向子は首をゆっくり横にした。
「いいえ、今回はわたくし、万楼様とカレーライスを作ろうと思いますの」
「……カレーライス??」
「はい、カレーライスです。栄養たっぷり、具だくさんのカレーを作りましょう?」
《つづく》
吐息まじりにぽつりと呟いた有砂に、蝉は浮かない顔のまま視線だけを向けた。
「……なんとでもどーぞ。どうせ完っ全に計算ミスだし……」
すぐ近くで、鼻唄を唄いながらギターをチューニングしているおめでたい青年を見やって、深く嘆息する。
「なんでこうなるかな~……」
「邪魔するつもりが、裏目に出たか。……ジブンの立場もまあ、わからんこともないけどな……せめて、もう少し手段は考えたらどうや?」
「……手段なんか選んでる暇なんてないから」
視線を落とすと、そこには規則的に並んだ黒鍵と白鍵がある。
蝉が最も愛し、最も疎む世界がそこにある。
「……おれは『釘宮漸』でいるためなら、なんでもするよ」
《第1章 人魚の足跡 -missing-》【2】
「あのさ」
玄鳥は思いきり目を半眼した。
「なんで、いるの?」
「暇だったのと、それと腹減ったから」
玄鳥が座っているテーブルの向かいには、日向子がお行儀よく座ってにこにこしている。
そして、玄鳥の隣には自分とよく似た顔をした男がちゃっかり座っている。
「なんだ? 俺がいたらまずい話でもする気だったのか?」
「いや、そんなことは別にないけど……兄貴が一緒に来るとは思わなかったから」
奥歯に物が挟まったようにもごもご話す玄鳥が、何かを隠していることは明白だったが、紅朱はあえて問いつめることなく、
「まあ、とりあえず食おう。俺はマジで腹減った」
と促した。
「あのさ」
玄鳥が再び水を差すように口を開く。
「なんで、杉屋なの?」
「俺が食いたかったからと、あとそいつが乗り気だったから」
「わたくし、杉屋さんでお食事するのは生まれて初めてですのよ!」
日向子は目の前に置かれた、牛丼(並)を覗き込みながら何故かはしゃいでいる。
「牛丼は杉屋に限るからな。絶対気に入るぞ、日向子」
牛丼(特)に七味をかけながら、何の気なしに語る紅朱の言葉に、玄鳥は思いっきりギョクの割り方をしくじった。
「おい、カラ入ってるぞ?」
「カラなんかどうでもいいよ。な、なんで兄貴、日向子さんのこと呼び捨てにしてるんだよ!」
「あ? 悪かったか?」
紅朱は日向子に話を振った。日向子は笑って、
「呼び捨てで結構ですわ。よろしければ玄鳥様もそうなさって下さい」
「えっ……ひ、ひな……こ……」
玄鳥は溜め息をついて首を左右して、
「……さん、でいいです。俺は」
早々に諦めた。
箸で丁寧に、混入したカラを選り分けながらもう一度深く溜め息をつく。
「……ま、いいか……嬉しそうだし」
上品は箸運びで牛肉と玉葱とごはんと紅しょうがを口に運び、頬をほころばせる日向子を見ていると、自然と玄鳥の表情も緩んだ。
「おいしゅうございますわ。紅朱様はよくこれをお召しに?」
「そうだな……俺は滅多に自炊しねェからな」
「実家から送ってきた野菜とかすぐ腐らせたり、カビ生やしたりするからな。兄貴は」
「まあ、それはもったいないですわ……」
日向子は、やはりあくまで上品な仕草でみそ汁を口にしてから、
「わたくしが毎日三度のお食事を作って差し上げられたらよろしいのですけれど」
何気無くとんでもないことを口走ったので、
「げほっ」
お約束通り玄鳥はむせ返った。
「そうか、そうなりゃ楽でいいな」
そして案の定、紅朱は全く動じない。
「……けど、食生活ったら一番問題なのは万楼だな」
「万楼様ですか?」
「ああ、あいつはすごいぞ。冷蔵庫ん中、ジュースと菓子と菓子作りの材料しかねェから」
「……確かにあれはひどい」
なんとか気道を確保した玄鳥も話に加わる。
「自炊するって言うから得意料理は何かって聞いたら、アップルパイと、チョコレートケーキと、フィナンシェと、マドレーヌと……って延々とお菓子列挙したからな……」
「主食が菓子なんだよな、あいつは」
普通ならとても信じ難い話ではあったが、先日のあのスウィーツだらけのテーブルを思い出せば、日向子にも納得できた。
「それは……いくらなんでも……お体に障るのでは?」
「ですよね……俺もそう思います。どうも昔からそうらしいんですけど。お菓子の栄養分だけで、よくあそこまで背が伸びたな……」
玄鳥が半分独り言のように呟いた瞬間、無言のままおもむろに箸を置いた紅朱が、再び七味の容器に手を伸ばすと、外蓋を外してフィルターの無くなったそれを玄鳥の食べかけの牛丼の上で引っくり返した。
「うわっ……何するんだよ兄貴!」
「ふん」
まるで火事場のように真っ赤になった丼の凄まじいビジュアルに、目を白黒する玄鳥をよそに、紅朱は何食わぬ顔で空になった七味の器を元に戻した。
玄鳥は自分が言った言葉のどの部分が原因でこうなったのか、経験上よくわかっていたが、口にしたら薮蛇になりかねないということも経験上よくわかっていた。
「なんてことを……これじゃもう食べられないじゃないか」
「まあ……それはもったいないですわ。わたくしが頂いても?」
「え?」
思わず綺麗にハモる兄弟。
日向子は半分も中身の残っていない玄鳥の丼を自分のほうに引き寄せた。
「お、おい」
「日向子さん……!?」
うろたえる二人をよそに、日向子は溶岩石のようなそれを箸でゆっくり口に運んだ。
そして。
「まあ……これはまた違った味わいで、とてもおいしいですわ」
と感嘆の声を上げた。
「嘘だろ……」
「本当に……?」
度肝を抜かれる二人に日向子はにっこり笑う。
「本当においしいですわよ。ほら、お一口どうですか?」
日向子は箸で、もはや食べ物とは思えないその物体をたっぷりとって、それを玄鳥に差し向けた。
「え?」
いわゆる「あーん、して♪」のシチュエーションである。
しかも割箸は日向子が使っていたもの。
玄鳥は、日向子の邪念の一片もない微笑みと、七味の塊を交互に見る。
玄鳥の胸は激しく動悸していた。
「い、言われてみればおいしそうに見えてきたかも……」
「おい、綾!? しっかりしろ。冷静に考えろ! 早まるなよ!!」
そもそものことの発端であるにも関わらず、必死に止めようとする兄の叫びは……残念ながら弟には届かなかった。
「俺……頂きます……!!」
そしてその直後、玄鳥は一声も発するいとまもなく、全速力でトイレに走って行った。
「綾……あいつ、いつからあんな冒険野郎になったんだ??」
「……まあ、おかしいですわね、こんなにおいしいですのに」
少ししゅんとしながら、もくもくと七味まみれの牛丼を食べ続ける、味覚音痴の疑いのある日向子を、紅朱はしばらく半分引き気味で見守っていたが、
「意外だ」
ふと呟いた。
「お嬢様は他人が箸つけたもんなんて、絶対食わないと思ってたんだが……」
日向子は箸を止めた。紅朱を見やって、言った。
「……わたくし、はしたないことをしてしまったのでしょうか?」
「いや」
紅朱は微笑する。
「そういうお嬢様がいたっていいと思う……お前は本当に、面白い奴だな」
日向子は少し安心したように頷いた。
「父ならおそらく叱ると思いますわ。けれどわたくし、幼少の頃に、けして食べ物は無駄にしてはいけないと母に教えられましたの」
「へえ……そりゃ立派なおふくろさんだな」
「……ええ。自慢の母です。随分前に亡くなりましたけれど」
「……そうか」
紅朱は熱いお茶をすすりながら、微かに目を伏せた。
「……でもそんなふうに母親とのいい思い出があるなら、お前は結構幸せだな」
「紅朱様と玄鳥様のお母様も素敵な方ですわね」
紅朱は苦笑する。
「ああ。優しい母親に、真面目な父親、出来すぎ君な弟……確かに、俺にはもったいないくらいいい家族だと思う……」
顔を合わせると乱暴な口調でそっけなく振る舞う紅朱が、ふと垣間見せた本当の気持ち。
日向子は単純になんだか嬉しかった。
紅朱の言葉の裏には単純ではない思いがあったのだが、それはまだ気付ける筈もないことだった。
「そういえば先程玄鳥様を、綾、とお呼びでしたわね? 玄鳥様の本名は綾様とおっしゃるのですか?」
「ああ、言ってなかったか。浅川綾だ。女みたいな名前だろ?」
少し意地悪く笑う紅朱だったが、
「では紅朱様は?」
と尋ねられ、それを打ち消した。
「……き」
ボソッと告げたものの、日向子には全く聞き取れない。
「はい?」
「……錦(ニシキ)」
認識出来る程度に、少しはっきりした口調で言い直した後、間髪入れず、
「でも俺は紅朱だ! この名前では呼ぶな。絶対にな!!」
語気を荒げて言い放った。
と。
「なッ」
紅朱は言葉を失った。
突然、日向子の両目がうるうると揺れて、ハラハラと涙の滴が溢れ始めたのだ。
無色透明な涙の滴は音もなく、とめどなく、とめどなく、頬を伝い落ちる。
「なッ、なんで泣いてんだよ……!? そんなにキツイ言い方したか!? おい!!」
日向子は黙ったまましくしく泣いている。
「黙ってちゃわけわかんないだろ!? どうしろってんだ、日向子! おい!!」
そしてそんなタイミングで、
「……兄貴、一体何したんだよ!!」
玄鳥が戻って来てしまった。
「別になんにもしてねェよ!」
「じゃあなんで日向子さんは泣いてるんだよ!」
「んなもん俺が知りてェよ……っ!」
日向子はハンカチで涙を拭いながら、言い合いする二人の前でぽつんと呟いた。
「……か、からいです……わ」
かくして日向子の味覚音痴容疑は完璧に晴れた。
日向子はただ、恐ろしく反応が鈍いだけだった。
「料理……?」
思いもよらなかった言葉に、万楼はいぶかしげに反芻した。
「はい、ご一緒にお料理をしながらインタビューをさせて頂こうと思うのですが、いかがでしょうか? 万楼様」
三日後に予定している再取材に際しての、日向子の出した提案は、当然のように先日の浅川兄弟との会食からヒントを得たものだった。
驚いていた万楼もやがて納得した様子で頷いた。
「うん、いいよ。なんだか楽しそうだね、二人で何をつくろうか? カスタードのミルクレープとか、巨峰のババロアなんてどう?」
日向子は首をゆっくり横にした。
「いいえ、今回はわたくし、万楼様とカレーライスを作ろうと思いますの」
「……カレーライス??」
「はい、カレーライスです。栄養たっぷり、具だくさんのカレーを作りましょう?」
《つづく》
2007/06/20 (Wed)
一次創作関連
《heliodor》ベース・万楼。
バンド内最年少で経験は浅く、若干荒削りな面もあるが、骨太で力強く存在感のあるプレイが印象的な、将来性を感じさせるベーシストである。
天使のような繊細で甘いルックスの持ち主でもあり、比較的新規の女性ファンからは「マロ様」の愛称で呼ばれる。
一方で古参のファンからは、半ば「伝説」化している先代ベーシストとの比較をもって辛口に評価を受けることも少なくない。
本人はこれについて、以下のように発言している。
「それでいいよ。いつか人魚姫が会いに来たら、ボクはいつでも王子様を譲るつもりだから」
《第1章 人魚の足跡 -missing-》【1】
「月並みな質問ばかりで恐縮ですが、いくつかお伺いしてよろしいですか?」
「うん、いいよ。でもね、ボクもお姉さんに質問していい?」
「はい? わたくしに、万楼さんが質問をなさるんですか??」
「お姉さんがボクにひとつ質問をしたら、ボクもお姉さんにひとつ質問をするんだ。ダメかな?」
「それは構いませんけれど……」
「決まりだね」
heliodorのリーダー・紅朱から正式に取材の許可を得た日向子は、まず最初に各メンバーへのパーソナルインタビューを行うことにした。
今月はまずベースの万楼、ドラムの有砂、キーボードの蝉からそれぞれ話を聞くつもりで、その中で最初に取材の予約がとれたのが万楼だった。
「このお店をよくミーティングに使われてるそうですわね?」
「それが最初の質問? そうだよ。ボクが入る前からだから聞いた話だけど、ここのカフェは元々玄鳥のお気に入りだったらしいんだ。お姉さんも好きだったなんてびっくりだね」
そこは日向子がよく美々と来る店……あの、紅朱たちと初めて遭遇した店だった。
「ボクたちが集まるのはだいたい夜が多いから、お姉さんたちと一緒になる機会は少なかったかもしれないけど、いつかここで会っていたかもしれないなんて、すごい偶然だよね」
そう言いながらメロンソーダをストローでかき回し、そして、ちらっと日向子を見る。
「……運命を感じない?」
「ええ、本当に。ではまたわたくしの番ですわね」
「……流されちゃった」
「はい?」
「なんでもないよ」
万楼はそしらぬ顔でマロンプリンをスプーンですくう。
万楼の目の前にはメロンソーダとマロンプリンの他にも、洋梨とチェリーのカスタードパイ、ミントを添えたチョコレートムース、熱々の特製スイートポテト、そして単体でも迫力十分なジャンボフルーツヨーグルトパフェがテーブル狭しと並んでいる。
一方の日向子はレアチーズケーキと紅茶を頼んだだけだったが、その光景を見ているだけで胸がいっぱいになりそうだった。
「スウィーツがお好きですのね?」
「うん。大好き。みんなが色々言うから普段はこんなに頼めないんだけどね。本当に、ここのは全部おいしいんだ。そういえば、そのチーズケーキは玄鳥も好きだって言ってたよ」
ぷるんとしたプリンを幸せそうに口に運んで、飲み込んだ後、万楼はじーっと日向子を見つめる。
「食べ物の好みが合う人って相性がすごくいいって聞いたことあるよ」
「まあ、そうですの? なんとなくわかるような気も致しますけれど」
「それじゃあボクの番。お姉さんの好きなタイプはどんな人? 優しい人? 真面目な人? 頭が良くて運動神経も良くて、しかもすっごくギターが巧い人とかいいと思わない?」
「伯爵様です」
「……やっぱりそうかぁ……」
何かを考え込むような顔付きでパフェを解体し始めた万楼。一方、日向子はあくまでマイペースに続ける。
「では、万楼様がheliodorに入ったきっかけをお聞きしても?」
万楼は大きな瞳をはっと見開いてきらきら輝かせながら半分を身を乗り出すようにして答えた。
「玄鳥だよ! 玄鳥がみんなにボクを紹介してくれたんだ。それに玄鳥はね……」
「おかしいですわね……」
「どうしたの? 日向子。珍しく難しい顔して」
デスクに戻って、ICレコーダーに録音した万楼へのインタビューの内容を聞き直していた日向子の顔は、確かに美々が言うように複雑な表情を描いていた。
「わたくし……今日は万楼様にインタビューさせて頂きましたのよ」
「うん。それで?」
「それなのにわたくし、何故か玄鳥様のことに詳しくなってしまいました」
「はあ? なんなの、それ」
美々は日向子からイヤホンを受け取って、録音内容を確認した。
半分も聞き終わらないうちに、美々の表情もまた日向子のそれと同じように転じていった。
「……いくらなんでも、これじゃあちょっと記事にはできないね」
「やはりそう思われますか……? わたくし、もう一度お話を伺ってみます」
「玄鳥のことは、ボクがちゃんとアピールしてきたからね」
「アピール??」
「うん」
練習スタジオに現れた万楼の、輝く満面の笑みを見ながら、玄鳥は嫌な予感が全身につき抜けるのを感じていた。
「お前、日向子さんに変なこと言ってないよな?」
「……というわけで、とっても変ですのよ」
「……左様でございますか」
その頃日向子はいつものように帰宅中だった。
いつものように今日の出来事を一方的に報告されているのは、ドライバーの雪乃である。
「一体なぜ万楼様は玄鳥様のお話ばかりなさるんでしょうか……?」
「さあ……私には何とも」
「そうですわよね……雪乃に聞いてもわかるわけないですわねぇ……うーん」
ちょうどマンションの前に停車した車から降り、日向子はほとんど上の空の状態のまま「どうしてかしら」と呟きながら、ふらふらと部屋に帰って行った。
それを見送った「雪乃」は、一つ息をついたかと思うと眼鏡をさっと外して胸ポケットに突っ込んでハンドルに突っ伏した。
「あ、い、つ、ら~……あんだけ念押したのに。うちのお嬢様にみすみす悪い虫つけさすわけにいくかっての……」
《もしもし、日向子ちゃん?》
「はい、森久保日向子です」
就寝間際に日向子の携帯に着信したのは、意外な人物からのコールだった。
《おれおれ、heliodorの蝉くんです♪》
「まあ、蝉様からお電話を頂くとは思いませんでしたわ。ありがとうございます」
パジャマ姿でベッドに横座りしたまま、日向子は電話にも関わらず深く一礼した。
「取材の日程についてのご連絡でしょうか?」
《いや、ごめんね。今日はそーゆーことで電話したんじゃなくてさ、万楼のことでちょっと》
「万楼様ですか?」
《んー、あのさ、今日は万楼の取材だったんだよね? あいつさ、なんかめちゃめちゃ玄鳥の話してこなかった?》
「まあ、どうしておわかりになりましたの!?」
《やっぱな~……だと思ったんだよな~》
どうやら何かを知っていそうな蝉に、日向子はそわそわし始める。
「蝉様はご存じですのね? 万楼様があのように玄鳥様のことばかりお話になるわけを」
《んー……誰にも言わないんだったら教えてあげてもいいんだケド》
「はい。もちろん誰にも口外致しませんわ」
電話にも関わらずなんとなく身を乗り出す日向子。
《実はさ……》
蝉はまるで周囲を気にするかのように声のトーンを一段階落として、ゆっくりもったいぶるように告げた。
《万楼と玄鳥ってデキてるから》
「……」
日向子は頭の中でゆっくりと、今聞いた言葉を一文字ずつスクロールさせた。
「あの……できてる、とはどういうことでしょうか??」
《つまりラブラブってことなわけよ。わかる? バンド内では一応公認なんだケドさ、やっぱ対外的にはちょっとヤバイんだよね~。だから内緒にしてんの》
日向子は早口で話す蝉の言葉を一生懸命拾いながら頭の中でひとつひとつ理解しようと試みる。
「……あの~……間違っていたら申し訳ないのですけれど、つまり万楼様が玄鳥様のことばかりお話されるのは、玄鳥様のことがとてもお好きだからということでしょうか?」
《そう!!それ!正解! もう全くありんこ一匹入れないくらい超ラブラブだから!》
「はあ……」
日向子は喉に引っ掛かった小骨が取れないような顔付きで考え込んだかと思うと、それがいきなりするっと取れたような晴れ晴れとした笑顔に転じた。
「ありがとうございます、わたくしどうしたらいいのかわかりましたわ!」
《え? なにが?》
「蝉様、大変ためになるアドバイスを頂きまして、本当に助かりましたわ」
《え?え? アドバイスって?》
「それでは今夜はもう遅いですし、わたくしはこれで失礼させて頂きます。おやすみなさいませ、蝉様」
《え、ちょっと、もしもしー……?》
「おはようございます、玄鳥様」
「はい、おはようございます」
出会い頭に、お互いに不自然なほど深いおじぎを交す日向子と玄鳥。
「よいお天気ですわね」
「そうですね。小春日和って感じですよね。なんか嬉しくなっちゃいますね。ははは……」
ちょうど横を通った有砂が何か言いたそうな顔をしていたが、一つ息を吐いてそのまま通り過ぎていった。
今日は日向子があらかじめ紅朱からリストアップしてもらっていた「見学OK」の練習日だった。
「今日はよろしくお願い致しますわね」
「はい、こちらこそ。……あの、変なこと聞いていいですか?」
「なんでしょうか?」
「……その、万楼にインタビューした時、あいつ妙なこと言ってなかったかなって……」
玄鳥が万楼の名前を口にした途端、日向子は何故か感心したように首を何度も上下した。
「やはり万楼様のことをお気にかけていらっしゃいますのね」
「え?」
「万楼様と玄鳥様はらぶらぶでいらっしゃるのですよね??」
「……はい?」
「わたくし、何も隠されることはないと思いますの。殿方同士が仲良くされることは別に恥ずかしいことではないですもの!」
「あの、すいません……日向子さん、それは一体……」
だんだん腹でも痛いような顔付きになってきた玄鳥に、日向子はいつものように曇りのない今日の天気のような笑顔を見せた。
「お二人は『できて』いらっしゃるのでしょう?」
「でき……」
玄鳥は一瞬意識が宇宙の彼方に放り出されるのを感じた。
「……な、何言ってるんですか!? 薮から棒に!!」
「まあ、慌てて否定なさることありませんのに……」
「否定します!! 断固として否定します!!」
顔を赤くして抗議する玄鳥に、日向子はますます楽しそうに微笑んだ。
「ご謙遜なさらずに。わたくしから見ても、お二人はとても仲がよろしく……」
「いや、だからそれはッ、あくまで同じバンドのメンバーとして……!」
「はい、同じバンドのメンバーとしての深い信頼関係が『できて』いらっしゃるのですよね?」
「……え? あ、それはまあ……」
「ですから、万楼様は玄鳥様のことをよく知っていらっしゃいましたのね。
ということは、逆に万楼様について知りたければ、玄鳥様にお伺いすればよいのではないかと思いまして……」
いきなり予想外の急カーブを切った日向子に呆然としていた玄鳥だったが、続く言葉で一気に我に返った。
「練習後、もしご予定がないようでしたら、お食事でもしながらお話をお聞かせ頂けませんか?」
「はい……! 喜んで!!」
《つづく》
バンド内最年少で経験は浅く、若干荒削りな面もあるが、骨太で力強く存在感のあるプレイが印象的な、将来性を感じさせるベーシストである。
天使のような繊細で甘いルックスの持ち主でもあり、比較的新規の女性ファンからは「マロ様」の愛称で呼ばれる。
一方で古参のファンからは、半ば「伝説」化している先代ベーシストとの比較をもって辛口に評価を受けることも少なくない。
本人はこれについて、以下のように発言している。
「それでいいよ。いつか人魚姫が会いに来たら、ボクはいつでも王子様を譲るつもりだから」
《第1章 人魚の足跡 -missing-》【1】
「月並みな質問ばかりで恐縮ですが、いくつかお伺いしてよろしいですか?」
「うん、いいよ。でもね、ボクもお姉さんに質問していい?」
「はい? わたくしに、万楼さんが質問をなさるんですか??」
「お姉さんがボクにひとつ質問をしたら、ボクもお姉さんにひとつ質問をするんだ。ダメかな?」
「それは構いませんけれど……」
「決まりだね」
heliodorのリーダー・紅朱から正式に取材の許可を得た日向子は、まず最初に各メンバーへのパーソナルインタビューを行うことにした。
今月はまずベースの万楼、ドラムの有砂、キーボードの蝉からそれぞれ話を聞くつもりで、その中で最初に取材の予約がとれたのが万楼だった。
「このお店をよくミーティングに使われてるそうですわね?」
「それが最初の質問? そうだよ。ボクが入る前からだから聞いた話だけど、ここのカフェは元々玄鳥のお気に入りだったらしいんだ。お姉さんも好きだったなんてびっくりだね」
そこは日向子がよく美々と来る店……あの、紅朱たちと初めて遭遇した店だった。
「ボクたちが集まるのはだいたい夜が多いから、お姉さんたちと一緒になる機会は少なかったかもしれないけど、いつかここで会っていたかもしれないなんて、すごい偶然だよね」
そう言いながらメロンソーダをストローでかき回し、そして、ちらっと日向子を見る。
「……運命を感じない?」
「ええ、本当に。ではまたわたくしの番ですわね」
「……流されちゃった」
「はい?」
「なんでもないよ」
万楼はそしらぬ顔でマロンプリンをスプーンですくう。
万楼の目の前にはメロンソーダとマロンプリンの他にも、洋梨とチェリーのカスタードパイ、ミントを添えたチョコレートムース、熱々の特製スイートポテト、そして単体でも迫力十分なジャンボフルーツヨーグルトパフェがテーブル狭しと並んでいる。
一方の日向子はレアチーズケーキと紅茶を頼んだだけだったが、その光景を見ているだけで胸がいっぱいになりそうだった。
「スウィーツがお好きですのね?」
「うん。大好き。みんなが色々言うから普段はこんなに頼めないんだけどね。本当に、ここのは全部おいしいんだ。そういえば、そのチーズケーキは玄鳥も好きだって言ってたよ」
ぷるんとしたプリンを幸せそうに口に運んで、飲み込んだ後、万楼はじーっと日向子を見つめる。
「食べ物の好みが合う人って相性がすごくいいって聞いたことあるよ」
「まあ、そうですの? なんとなくわかるような気も致しますけれど」
「それじゃあボクの番。お姉さんの好きなタイプはどんな人? 優しい人? 真面目な人? 頭が良くて運動神経も良くて、しかもすっごくギターが巧い人とかいいと思わない?」
「伯爵様です」
「……やっぱりそうかぁ……」
何かを考え込むような顔付きでパフェを解体し始めた万楼。一方、日向子はあくまでマイペースに続ける。
「では、万楼様がheliodorに入ったきっかけをお聞きしても?」
万楼は大きな瞳をはっと見開いてきらきら輝かせながら半分を身を乗り出すようにして答えた。
「玄鳥だよ! 玄鳥がみんなにボクを紹介してくれたんだ。それに玄鳥はね……」
「おかしいですわね……」
「どうしたの? 日向子。珍しく難しい顔して」
デスクに戻って、ICレコーダーに録音した万楼へのインタビューの内容を聞き直していた日向子の顔は、確かに美々が言うように複雑な表情を描いていた。
「わたくし……今日は万楼様にインタビューさせて頂きましたのよ」
「うん。それで?」
「それなのにわたくし、何故か玄鳥様のことに詳しくなってしまいました」
「はあ? なんなの、それ」
美々は日向子からイヤホンを受け取って、録音内容を確認した。
半分も聞き終わらないうちに、美々の表情もまた日向子のそれと同じように転じていった。
「……いくらなんでも、これじゃあちょっと記事にはできないね」
「やはりそう思われますか……? わたくし、もう一度お話を伺ってみます」
「玄鳥のことは、ボクがちゃんとアピールしてきたからね」
「アピール??」
「うん」
練習スタジオに現れた万楼の、輝く満面の笑みを見ながら、玄鳥は嫌な予感が全身につき抜けるのを感じていた。
「お前、日向子さんに変なこと言ってないよな?」
「……というわけで、とっても変ですのよ」
「……左様でございますか」
その頃日向子はいつものように帰宅中だった。
いつものように今日の出来事を一方的に報告されているのは、ドライバーの雪乃である。
「一体なぜ万楼様は玄鳥様のお話ばかりなさるんでしょうか……?」
「さあ……私には何とも」
「そうですわよね……雪乃に聞いてもわかるわけないですわねぇ……うーん」
ちょうどマンションの前に停車した車から降り、日向子はほとんど上の空の状態のまま「どうしてかしら」と呟きながら、ふらふらと部屋に帰って行った。
それを見送った「雪乃」は、一つ息をついたかと思うと眼鏡をさっと外して胸ポケットに突っ込んでハンドルに突っ伏した。
「あ、い、つ、ら~……あんだけ念押したのに。うちのお嬢様にみすみす悪い虫つけさすわけにいくかっての……」
《もしもし、日向子ちゃん?》
「はい、森久保日向子です」
就寝間際に日向子の携帯に着信したのは、意外な人物からのコールだった。
《おれおれ、heliodorの蝉くんです♪》
「まあ、蝉様からお電話を頂くとは思いませんでしたわ。ありがとうございます」
パジャマ姿でベッドに横座りしたまま、日向子は電話にも関わらず深く一礼した。
「取材の日程についてのご連絡でしょうか?」
《いや、ごめんね。今日はそーゆーことで電話したんじゃなくてさ、万楼のことでちょっと》
「万楼様ですか?」
《んー、あのさ、今日は万楼の取材だったんだよね? あいつさ、なんかめちゃめちゃ玄鳥の話してこなかった?》
「まあ、どうしておわかりになりましたの!?」
《やっぱな~……だと思ったんだよな~》
どうやら何かを知っていそうな蝉に、日向子はそわそわし始める。
「蝉様はご存じですのね? 万楼様があのように玄鳥様のことばかりお話になるわけを」
《んー……誰にも言わないんだったら教えてあげてもいいんだケド》
「はい。もちろん誰にも口外致しませんわ」
電話にも関わらずなんとなく身を乗り出す日向子。
《実はさ……》
蝉はまるで周囲を気にするかのように声のトーンを一段階落として、ゆっくりもったいぶるように告げた。
《万楼と玄鳥ってデキてるから》
「……」
日向子は頭の中でゆっくりと、今聞いた言葉を一文字ずつスクロールさせた。
「あの……できてる、とはどういうことでしょうか??」
《つまりラブラブってことなわけよ。わかる? バンド内では一応公認なんだケドさ、やっぱ対外的にはちょっとヤバイんだよね~。だから内緒にしてんの》
日向子は早口で話す蝉の言葉を一生懸命拾いながら頭の中でひとつひとつ理解しようと試みる。
「……あの~……間違っていたら申し訳ないのですけれど、つまり万楼様が玄鳥様のことばかりお話されるのは、玄鳥様のことがとてもお好きだからということでしょうか?」
《そう!!それ!正解! もう全くありんこ一匹入れないくらい超ラブラブだから!》
「はあ……」
日向子は喉に引っ掛かった小骨が取れないような顔付きで考え込んだかと思うと、それがいきなりするっと取れたような晴れ晴れとした笑顔に転じた。
「ありがとうございます、わたくしどうしたらいいのかわかりましたわ!」
《え? なにが?》
「蝉様、大変ためになるアドバイスを頂きまして、本当に助かりましたわ」
《え?え? アドバイスって?》
「それでは今夜はもう遅いですし、わたくしはこれで失礼させて頂きます。おやすみなさいませ、蝉様」
《え、ちょっと、もしもしー……?》
「おはようございます、玄鳥様」
「はい、おはようございます」
出会い頭に、お互いに不自然なほど深いおじぎを交す日向子と玄鳥。
「よいお天気ですわね」
「そうですね。小春日和って感じですよね。なんか嬉しくなっちゃいますね。ははは……」
ちょうど横を通った有砂が何か言いたそうな顔をしていたが、一つ息を吐いてそのまま通り過ぎていった。
今日は日向子があらかじめ紅朱からリストアップしてもらっていた「見学OK」の練習日だった。
「今日はよろしくお願い致しますわね」
「はい、こちらこそ。……あの、変なこと聞いていいですか?」
「なんでしょうか?」
「……その、万楼にインタビューした時、あいつ妙なこと言ってなかったかなって……」
玄鳥が万楼の名前を口にした途端、日向子は何故か感心したように首を何度も上下した。
「やはり万楼様のことをお気にかけていらっしゃいますのね」
「え?」
「万楼様と玄鳥様はらぶらぶでいらっしゃるのですよね??」
「……はい?」
「わたくし、何も隠されることはないと思いますの。殿方同士が仲良くされることは別に恥ずかしいことではないですもの!」
「あの、すいません……日向子さん、それは一体……」
だんだん腹でも痛いような顔付きになってきた玄鳥に、日向子はいつものように曇りのない今日の天気のような笑顔を見せた。
「お二人は『できて』いらっしゃるのでしょう?」
「でき……」
玄鳥は一瞬意識が宇宙の彼方に放り出されるのを感じた。
「……な、何言ってるんですか!? 薮から棒に!!」
「まあ、慌てて否定なさることありませんのに……」
「否定します!! 断固として否定します!!」
顔を赤くして抗議する玄鳥に、日向子はますます楽しそうに微笑んだ。
「ご謙遜なさらずに。わたくしから見ても、お二人はとても仲がよろしく……」
「いや、だからそれはッ、あくまで同じバンドのメンバーとして……!」
「はい、同じバンドのメンバーとしての深い信頼関係が『できて』いらっしゃるのですよね?」
「……え? あ、それはまあ……」
「ですから、万楼様は玄鳥様のことをよく知っていらっしゃいましたのね。
ということは、逆に万楼様について知りたければ、玄鳥様にお伺いすればよいのではないかと思いまして……」
いきなり予想外の急カーブを切った日向子に呆然としていた玄鳥だったが、続く言葉で一気に我に返った。
「練習後、もしご予定がないようでしたら、お食事でもしながらお話をお聞かせ頂けませんか?」
「はい……! 喜んで!!」
《つづく》
2007/06/16 (Sat)
一次創作関連
本編序章、いかがだったでしょうか??
やっぱり【4】までいっちゃったね。しかもかなり削って【4】。
第1章からはもっと長くなるんだろうなぁ。
【1】から振り返ると、まずやっと「雪乃」が出せてよかった。
まあ、お察しの通り、正体はあの人なんだけども。
元々は「オンとオフでキャラクターが180度変わるキャラクターがほしいな」、というのが発端で、更に「実は身近な人なのにヒロインが気付いてないっていうの、おいしくね??」と進化し、「お嬢様には従者が必須だよなぁ」というわけでこのようになった次第。
実はそれぞれのキャラクターにモチーフになる童話というのがあって、
紅朱→眠れる森の美女
玄鳥→親指姫
万楼→人魚姫
蝉→白雪姫
有砂→不思議の国のアリス
獅貴→シンデレラ
……一見有砂だけお姫様系じゃないし、毛色が違うんだけど、実は玄鳥だけディズニー映画になってない。仲間はずれ。笑。
玄鳥(=つばめ)や有砂(←アリス)は名前もモチーフからとってるしね。
【2】で玄鳥が日向子に傷の手当てを受けているのも元ネタは親指姫。
ちらっと出てきた獅貴が前やってたバンド「mont sucht(モントザハト)」って、長田ノオトさんの漫画のタイトルで、「月と耽溺」「月憑き」「夢遊病」とかいう意味合いの言葉。
中学の時に読んで、言葉の響きがすごく気に入ってしまい、内容はだいぶ忘れたのにタイトルだけはいつまでも覚えてるな~。
そしてある意味一番の難所、【3】。
ライブのシーンを書くにあたり、参考として手持ちの雑誌のライブレポートとか片っ端から読んだんだけど、意外と参考にはならなかったね。笑。
今回の特殊なシチュエーションとして、「どういうバンドかイマイチよくわからない状態で初参戦」なんだよね。
そういう感覚で書かれてるレポってそうはないしね。
だからむしろ自分の経験から思い出して、「好きなバンドのイベントライブで、名前しか知らないけど友達の好きなバンドが対バンだった」っていう状況が一番近いかなと。
そういうわけで非常に肌感覚で書いてます。
章に一回はライブシーンを入れるのが目標。
更にゲームでは、「マルチアングル」的な要素をぜひ入れたい。
今回紅朱をメインにした描写になってるけど、そこで任意で注目するメンバーが選べるというシステム。これはほしい。
劇中詞として「Ghost Ship」が出てきたけど、いかがなものでしょうか。
あれは夜のバイト中にレジにメモ帳置いて書いてた。
あんまり苦労してない。バイト終わるまでに完成したからね。笑。
自分の状況をそのまま書いただけだし。
ぶっちゃけバイトのことを恋愛に置き換えた詞なんだよねぇ。
この店はもはや沈む船だな~、って。そろそろ降りなきゃって。笑。
あえて二人称を中心にしているのは、紅朱は内側に向かったセンチメンタルな詞より、外側に向かったメッセージ性の強い(ともすると説教がましい 笑)詞を書きそうだと思ったから。
ちなみに二番とかは全く考えてないから。爆。
【4】は本当に削りまくってて、あとの章で使いたい場面が結構ある。
「出待ち」シーンは書きたかったかも。
heliodorでファンサービス担当は万楼と蝉。
紅朱や有砂は性格的に無理として、玄鳥は捕まると逃げられなくなっちゃうから危険。笑。
今回蝉がいないから万楼は相当苦労したことだろう……。
第1章はそんな万楼をメインとしたお話なので、長さがどんくらいになるかイマイチわかんないけど、まあ頑張ります。
ご意見・ご感想お待ちしてます☆
やっぱり【4】までいっちゃったね。しかもかなり削って【4】。
第1章からはもっと長くなるんだろうなぁ。
【1】から振り返ると、まずやっと「雪乃」が出せてよかった。
まあ、お察しの通り、正体はあの人なんだけども。
元々は「オンとオフでキャラクターが180度変わるキャラクターがほしいな」、というのが発端で、更に「実は身近な人なのにヒロインが気付いてないっていうの、おいしくね??」と進化し、「お嬢様には従者が必須だよなぁ」というわけでこのようになった次第。
実はそれぞれのキャラクターにモチーフになる童話というのがあって、
紅朱→眠れる森の美女
玄鳥→親指姫
万楼→人魚姫
蝉→白雪姫
有砂→不思議の国のアリス
獅貴→シンデレラ
……一見有砂だけお姫様系じゃないし、毛色が違うんだけど、実は玄鳥だけディズニー映画になってない。仲間はずれ。笑。
玄鳥(=つばめ)や有砂(←アリス)は名前もモチーフからとってるしね。
【2】で玄鳥が日向子に傷の手当てを受けているのも元ネタは親指姫。
ちらっと出てきた獅貴が前やってたバンド「mont sucht(モントザハト)」って、長田ノオトさんの漫画のタイトルで、「月と耽溺」「月憑き」「夢遊病」とかいう意味合いの言葉。
中学の時に読んで、言葉の響きがすごく気に入ってしまい、内容はだいぶ忘れたのにタイトルだけはいつまでも覚えてるな~。
そしてある意味一番の難所、【3】。
ライブのシーンを書くにあたり、参考として手持ちの雑誌のライブレポートとか片っ端から読んだんだけど、意外と参考にはならなかったね。笑。
今回の特殊なシチュエーションとして、「どういうバンドかイマイチよくわからない状態で初参戦」なんだよね。
そういう感覚で書かれてるレポってそうはないしね。
だからむしろ自分の経験から思い出して、「好きなバンドのイベントライブで、名前しか知らないけど友達の好きなバンドが対バンだった」っていう状況が一番近いかなと。
そういうわけで非常に肌感覚で書いてます。
章に一回はライブシーンを入れるのが目標。
更にゲームでは、「マルチアングル」的な要素をぜひ入れたい。
今回紅朱をメインにした描写になってるけど、そこで任意で注目するメンバーが選べるというシステム。これはほしい。
劇中詞として「Ghost Ship」が出てきたけど、いかがなものでしょうか。
あれは夜のバイト中にレジにメモ帳置いて書いてた。
あんまり苦労してない。バイト終わるまでに完成したからね。笑。
自分の状況をそのまま書いただけだし。
ぶっちゃけバイトのことを恋愛に置き換えた詞なんだよねぇ。
この店はもはや沈む船だな~、って。そろそろ降りなきゃって。笑。
あえて二人称を中心にしているのは、紅朱は内側に向かったセンチメンタルな詞より、外側に向かったメッセージ性の強い(ともすると説教がましい 笑)詞を書きそうだと思ったから。
ちなみに二番とかは全く考えてないから。爆。
【4】は本当に削りまくってて、あとの章で使いたい場面が結構ある。
「出待ち」シーンは書きたかったかも。
heliodorでファンサービス担当は万楼と蝉。
紅朱や有砂は性格的に無理として、玄鳥は捕まると逃げられなくなっちゃうから危険。笑。
今回蝉がいないから万楼は相当苦労したことだろう……。
第1章はそんな万楼をメインとしたお話なので、長さがどんくらいになるかイマイチわかんないけど、まあ頑張ります。
ご意見・ご感想お待ちしてます☆