金色のコルダ３・ＳＳ【芹沢×かなで★その１】

　こんばんは、初期設定通り律と冥加が1人の人間だったら、「おねがいマイメロディ」の「柊恵一」みたいになりそうだな……とふと思ってしまった麻咲です。

　天才ヴァイオリニストで、セレブでクーデレな悪役ですからね……ルックスも眼鏡無し律っぽいし。

　しかも、反抗期な弟の名前が「潤」。笑。

　ちなみに、「柊恵一」名義のヴァイオリンソロCDには「ツィゴイネルワイゼン」と「スケルツォ＝タランテラ」が収録されてた……多分。


　まあ、そんな書き出しとは全く関係なく(関係あるのはツィゴイネルワイゼンくらいか)、今回は芹沢×かなでです。


　氷渡×かなで同様の方式で、【恋の音:♪】のイベントという体で書いてみました。
　まだ♪１個なんで、わりとあっさりした内容になっています。

　氷渡×かなでに関しては、スタート地点はあのイベント後しかありえないだろう、という感じだったのですが、芹沢×かなではどこから始めようかとだいぶ悩んで、悩んで悩んで、とあるイベントから派生することにしました。

　なかなか方向性が固まらなくて、未だに悩んでる部分が多いんですが……とりあえず、はじめの一歩を踏み出してみました。

　多分、同じサブキャラでも、氷渡よりは芹沢のほうが世の中的に支持率がはるかに高いんじゃないかと思うので、めちゃめちゃ反応が心配です。笑。


　どうあれ四部作までは書き上げるつもりですが、ま、ダメだったらまた氷渡×かなでに逃げよう。笑。


　今回も本編ネタバレにはご注意の上「つづき」をご覧下さい。


　明日の午前中か仕事終わりに、反省会やりますm(__)m

　芹沢睦は、車窓の景色を眺めていた。

　やりかけの仕事を残して来ていることが気にかからないといえば嘘だったが、自分1人でそんなことを気にしているのも馬鹿馬鹿しいので、出来るだけ考えないようにしていた。

　車は、実に滑らかに進み、もう厚木インターチェンジを過ぎていた。
　お盆の帰省、Ｕターンラッシュの過ぎ去った道路は大きな渋滞もなく、順調に流れている。

　この調子ならば、予定よりも多少早く、到着するかもしれない。

　目的地の、箱根の温泉宿に。

　練習の息抜きに温泉、などと、運転席と助手席の２人は、相変わらず無茶苦茶なことを言い出すものだが、もうこんな調子にはすっかり慣れている。

　恐らく。
　隣に座っている「彼女」も、そろそろ慣れてくる頃合いだろう。









【 あやうきもの 】








「……横浜から箱根って、車で２時間もかからないんだ……知らなかったなあ」

　何とはなしに独りごちながら、小日向かなでは、少しひんやりとした浴衣に袖を通した。
　湯上がりの、火照った身体には心地よい。

　鏡の前でくるり、と回って変なところがないか確認してみる。
　何か落ち度があったら、あの２人に容赦なくツッコまれたり、意地悪なことを言われるのが目に見えている。

　どうやら大丈夫そうなので、簡単な手荷物を持って、貸し切り露天風呂の脱衣室から出る。

　いいお湯だった。
　疲れも取れた気がするし、お肌もつるつるになったような感じがする。

「……今度は女の子と来るのもいいな……ニアとか、あと、枝織ちゃんとか……は、ダメ、かなあ……？」

　などとぶつぶつ言いながら廊下を歩いていると、ちょうどいいタイミングで、今日の連れの１人が、目の前を横切ろうとしているのに気がついた。

「あ。芹沢くん」

　見慣れた神南の制服ではなく、黒い浴衣に身を包んだ芹沢睦だった。

「似合うね、浴衣」

「ありがとうございます。あなたも、よくお似合いで」

　彼は顔色ひとつ変えず、社交辞令的な言葉をつらつら紡ぎ、

「部長と副部長もじきに上がりますので、お部屋でお待ち下さい」

　と促し、またスタスタと歩き出してしまう。

「えっ、ちょっと待って、芹沢くんはどこに行くの？？」

　部屋なら反対方向の筈だ。
　芹沢はまた足を止めて、律儀に身体ごと振り返る。

「私用にて、外出して参ります」

「芹沢くん、１人で？」

「そうですが……いけませんか？」

　芹沢は、わずかに眉ねを寄せて、心なしか不機嫌そうな顔を見せた。

「あ、ううん……ごめん、変な言い方して。いつも東金さんとか蓬生さんと一緒なイメージだったから。
いけなくないよ！　全然。うん」

「そうですか。では失礼します」

　短く言ったかと思うと、またスタスタ歩き出してしまう。

「あ、待ってー」

　かなでは思わず、その斜め後ろについて歩き出していた。

「こんなところまで来て私用って、どこに行くの？」

　はあ、と溜め息をついて、また芹沢は立ち止まる。

「……箱根神社ですが？」

「箱根神社？　あ、来る時に車から見えた大きい神社かな？」

「ええ、それです。他にご質問は？」

　抑揚に乏しい声音に微かな苛立ちが滲んでいる。

「えっと、じゃあ、あと一個だけ聞いていい？」

「どうぞ」

　かなでは芹沢の顔色を伺いつつ、両手の平をパチンと合わせて言った。


「私も一緒に行っちゃ、ダメ……？」











「そっかー、芹沢くんって神社とかお寺とか好きなんだー」

　カタカタと、下駄の音を響かせながら、傍らで喋り続ける少女。

　まさか本気でついて来るとは思ってもみなかった。

　流石あの２人のお気に入りだけあって、なかなか図々しくて押しの強い性格をしている。

　芹沢睦は、今日何度目かの嘆息をもらした。

　１人で落ち着いて参拝したいから……等、断る理由ならいくらでもあったのだが、あの大きな目でで見つめられて、頼み込まれたのではなんとなく否と言えなかった。

　自分の性格がつくづく嫌になるのはこういう時だ。

　小日向かなでは、物珍しそうにキョロキョロしていたかと思うと、いきなり感嘆の声を上げる。

「わあ……湖の上にも鳥居があるんだー。綺麗な色」

　見れば、確かに、落ち着いた良い色の朱塗りだ。

　日が暮れ、薄闇に月を浮かべた空と相まって、息を呑むほど神秘的な美しさ。

　箱根神社は1200年以上の歴史を持つ古い社ということもあり、箱根まで足を伸ばすなら絶対に押さえておきたいと思っていたのだが、来て正解だった。

　石段の参道をゆっくり歩き、三鳥居をくぐったところで、ふといつの間にか連れが大人しくなったことに気付いた。

　もう飽きたのだろうか？　……と、そちらを振り返ると、なんと思い切り目が合った。

　小日向かなではにっこり微笑む。

「芹沢くん、楽しそう」

「……は？」

「子どもみたいに目がキラキラしてる」

「な……」

　子どもみたい？
　言われたことのない言葉だった。

　内心どれほど気持ちが昂っていたとしても、表に出したつもりなど全くなかったのに。

　まるで心の中を覗き込まれたような気がした。

　かつて、東金千秋に「本気で弾いていない」と言い放たれた時と同じように。

　動揺を悟られたくないので、思わず目をそらす。

「……もっと、他に見るべきものがあるのでは？」

「それはそうなんだけど……今まで芹沢くんのことってよくわかってなかったから、新しい一面が見られたみたいで嬉しいなーって」

「……新しい一面、ですか」

「うん。いつも忙しそうでなかなか話しかけられなかったけど、芹沢くんとは、もっと仲良くなりたいなって思ってたし」

　そんなことを言ってはしゃいでいる彼女のほうこそ、子どもじみて無邪気で、全く危なっかしい。

　常から薄々感じていたことではあるが、ともすれば誤解を与えるような言葉を、誰にでも臆面もなく投げ掛けるのは、年頃の女性としてはどうなのだろう？

　自分に言う分にはどうということはないが、相手によっては洒落にならない。

「だいたい、芹沢くん、礼儀正しいのはいいことかもだけど、同学年なのにずっと敬語だし、ちょっとよそよそしすぎるよ？　それに……」

「……小日向さん」

　放っておくといつまでも喋りそうなので、適当なところで口を挟んで止めておく。

　こんな調子では、いつ拝殿にたどり着き、参拝出来るかわかったものではない。

「先ほども言いましたが、折角ここへ来たなら、もっと他に好奇心を向けるべきではないですか？
……よくわからないなら、俺が案内しますから、大人しく説明を聞いていて下さい」

　かなでは一瞬キョトン、としていたが、すぐに元気良く右手を振り上げて言った。

「はーい、芹沢先生♪」











　それからかなでは、芹沢に連れられて広い境内を巡り、箱根神社の成り立ちや、祀られている神にまつわる伝承、歴史的建造物としての特色などの講義を受けた。


「……という、由来があります」

「そうなんだー……芹沢くんって物知りだねー」


　正直言って、話の内容は、わかったようなわからないような……という感じだったが、


「……という説もあるようですが」

「へえ……そうなんだ」


　普段無駄な話はしない芹沢が、たくさん話してくれていることが単純に嬉しい。

　それにやはり、好きなものについて語る芹沢の瞳には、いつもと違うキラキラした輝きが見てとれる。

　その輝きを見ていると、彼もやっぱり同い年の普通の高校生の男の子なんだな……と思えた。


　そんなこんなで境内を回り、無事に参拝を済ませることができた時には、予定より随分時間がかかってしまっていた。

　一応メールは入れておいたとはいえ、これ以上遅くなればあの２人に何を言われるかわかったものではない。

　芹沢も同じように思っているらしく、時計を気にしながら、

「そろそろ、戻りましょうか」

　と、切り出して来た。

　そうだね、と頷こうとしたかなでだっが、ふと思い立ち、

「あ、待って。お守り買って来る」

　小走りに駆け出した。

　せっかくだから、コンクール優勝祈願のお守りが欲しい。

　だが、ほんの数歩駆け出したところで、

「きゃっ」

　思いがけない事態が起き、かなでの身体は大きく前に傾いた。

　倒れる……！！
　そう思った。

　だがそうはならなかった。

「……危ない……！！」

　石畳の上に投げ出される前に、後ろからかなでの腰を抱き抱えるようにして、支えてくれた力強い腕があった。

「……あ」

　恐るべき反応速度で、かなでの身体をつかまえてくれたのは芹沢だった。

「大丈夫ですか……？」

　かなでを支えたまま、静かに問いかける。

「あ……ありがと」

　浴衣ごしにぴったりと身体が密着してしまっているこの状態に、思わず心臓が跳ねる。

　すぐに身体は離されたが、控えめな香りのフレグランスや、どちらかというとスレンダーに見えるが、その実よく鍛えられていそうな、しなやかな筋肉の感触まで、わかってしまった。

　いきなり転びかけたことに対する驚きとの相乗効果で、胸がドキドキして仕方ない。

　芹沢はそんな心情など素知らぬ様子で、涼しい顔をしていたが、

「……ああ、鼻緒が切れてしまったんですね」

　と、かなでに起きた異変を察し、落ち着いた所作で藍染めのハンカチを取り出し、引き裂いた。

「失礼致します」

　その場に膝をつくと、引き裂いた布の切れ端で、鼻緒の切れた左の下駄に、手際よく応急処置を開始する。

　そういえば、こういうの時代劇で見たことあるな……などと思いながら、かなでは、ピアノを弾く時と同じように器用に動く芹沢の指先を見詰めていた。

　やがて処置が終わると、膝についた砂を落としながら、芹沢は立ち上がった。

「宿まではこれでもつと思いますが……」

「……」

「……小日向さん？」

「……あ、うん、ごめんね。重ね重ねありがとう」

　ぼんやりしている場合ではなかった。
　少しその場で足踏みしてみたが、しっかり固定されており、芹沢の言うように、宿までなら余裕でもってくれそうだった。

　しかし。

「なんだか不吉だなー……鼻緒が切れるなんて」

　ファイナルを控えた大事な時期だけに、こんなちょっとしたことも気になってしまう。

　すると芹沢は、

「鼻緒が切れたからと言って、凶兆とは限りません」

　思いがけないことを口にする。

「厄が払われた、という解釈もありますからね」

「そうなの！？　じゃあそう思うことにしよっと」

　かなでは一気に笑顔になった。
　それは、今日聞いた蘊蓄の中で一番ありがたい知識だったかもしれない。

　芹沢はまた腕時計をちらりと見やり、

「お守り、買われるなら急いで頂けますか？」

　と、事務的な口調で促す。
　かなでは一瞬考えて、首を左右に振った。

「お守りはもういいかも」

「はあ……いいんですか？」

　芹沢は少しいぶかしげな顔をしている。

　かなでは笑って、浴衣の裾を少しだけ引き上げ、左足を見せた。

「これがお守り♪」











　宿に戻ってから、予想通り、部長と副部長にさんざん絡まれるはめになった。

　だがあの時、間に合わずに怪我でもされていたら、こんなものではすまなかっただろうな……と思い、芹沢はほんの少し安堵もしていた。

　本当に彼女は危なっかしい。
　精神的も、物理的にも。

　何事もなかったように、座敷で寛ぎ談笑している東金、土岐、そしてかなで。

　３人を少し遠巻きに眺めていると、不意にある事実に思い至り、思わず溜め息をついてしまった。


　手のかかる人がひとり、増えてしまったということか……。


　今また、芹沢睦の多難な人生に、ひとつの怒涛が押し寄せようとしていた。









【END】