30.000Hit記念ＳＳ★VitaminZ【天童×真奈美】

　ダメだ！！ 甘々はやっぱり向いてないぜ！！

　もう多くは語りません。とりあえず、これが私の限界でございました。



　一応本編の裏ルートの夢結末後の設定です。ネタバレ注意。

　誰だよこいつら、な感じは仕様です。どうぞ広い心でお楽しみ下さい。

　クラスの通称はClassZ。

　担任の先生は今年も北森真奈美先生。

　相変わらず個性的で元気な問題児でいっぱいのクラスでしたが、相変わらず補習に励み、相変わらず試験を重ね、相変わらずめげずに頑張っていました。

　ただ、少しだけ去年と違ったことは……ClassZには副担任が５人いたのです。





【約束の呪文】






「北森先生、補習に参加予定の生徒は無事全員集めておいたよ」

「あ、ありがとうございます……桐丘先生」

「ヘイヘイ、補習用のテキスト見繕っておいたぜ！」

「加賀美先生、お手数おかけしてすいません……」


「さあどうぞ、お茶が入りましたよ。お菓子もご一緒に」

「そんなに気を遣わないで下さい、上條先生」

「いい加減疲れが溜まっている頃合いのではないかね？　私が肩を揉んでやろう」

「ちょっ、大丈夫ですってば……佐伯先生！」

　確かにちょっと疲れは感じている……真奈美は溜め息をつきたいのを我慢していた。

　佐伯と上條が聖帝に戻って来てすぐに勃発した、謎の副担任争奪戦。
　それを平和的に収めるために真奈美自身が提案したのが「では、皆さんで私を助けて頂くというのは……」という案だった。

　自分よりずっとベテランの教師たちがこぞってサポートしてくれるのだから、精神的にもありがたかったし、実際に仕事の効率は上がっている。

　ただ、ものすごく。

　ものすごく気疲れするのだ。

　気を遣われ過ぎることに気を遣うというか……。

　去年の今頃はまだ桐丘先生にしか認めてもらえていなかったことを考えれば、贅沢な悩みなのかな……と思いつつお茶を啜る。

　それに一番の要因はそこではなくて……むしろ。
　そこまで思案したその時、


「私のマリアは憂い顔も実に麗しい……」

「？？　っ……きゃーーーッ！！」

　いつの間にか物凄く近い場所から自分の顔を覗いていた視線に驚き、真奈美は椅子に座ったまますごい勢いで職員室の端っこまで後ずさった。

　途中で「ふぎゃっ」という声が聞こえたのは多分、理事長を跳ねたからだと思うが、それどころではない。

「てっ、天童先生……！」

「フフ、私の美しさを前にして、恥じらう姿もまた然り」

　ポーズを決めながら、自己深刻通りの綺麗に整った顔に、ほんの少し意味深な笑みを浮かべて真奈美を見つめた。

「貴女でしたら、もっと近くで幾らでも眺めて頂いて構わないのですがね」

　その笑みの意味は、恐らく真奈美にしかわからないものだった。
　真奈美はコホン、と小さく咳払いすると、スルスルと椅子を漕いで元の位置へ戻った。

　そして、再び近くなったその笑顔を少しだけ睨んで、唇の動きだけで伝えた。


《あとで》













「あのですね……いつも言ってますけど。学校では少し自重してもらえませんか？」

　学園の中で一番静かで厳かな場所。

「そうですね……マリアの懇願には全て応えて差し上げたいところなのですが、それはお約束出来かねますね」

　外から中の様子は伺えず、内側から鍵をかければ誰も入って来れないこの礼拝堂は、

「大体何故ひた隠しにしなければならないのか私には理解できない……むしろ早く世界中が思い知ればいいと思っているのですがね。……貴女が、私のものだということを」

　一応２人が初めてデートをした場所であり、その数ヶ月後、彼から彼女へ正式に愛を告げた場所でもあった。

「それともこの状況は……私を弄んで楽しんでおられるということでしょうか……？」

「別にそんなつもりじゃないです。けど……って、ちょっ……！」

　平熱の低そうな冷たい指が真奈美の首元をなぞる。
　　以前より少し伸びた髪をかき上げ、露になった首筋に口付ける。

「……痕を残さなければ構わないでしょう？　……真奈美」

「っ……」

　迷える子羊が祈りを捧げたり、教えに耳を傾けるための席で半ば押し倒されるような姿勢になって、触れられている……とんでもない状況だ。

　神様に見下ろされているこんなところで、こんなことをするなんて、罰が当たりはしないだろうか？

　片時もロザリオを手放さず、日頃敬虔なクリスチャンのような物言いをする癖に、こういう時の天童はまるで邪な吸血鬼のようで、真奈美をどこまでも戸惑わせた。

　それでもこの人の告白を受け入れたのは自分自身なのだ……真奈美はそっと、色素の薄い天童の髪を掬う。

「……瑠璃弥さんがこんなにヤキモチ妬きな人だと思わなかった……」

「……酷い方ですね。誰が私を狂わせているのか、ちゃんとわかっているのですか？」

　天童は、ようやく頭を持ち上げて真奈美の首筋から唇を離した。

　しかしそれは、至近距離で視線がぶつかり合うことを意味していた。

「……私のマリアはあまりにも無垢なので、いつ誰に汚されてしまうかと不安になりますね」

「……また大袈裟なことを。大体私はそんなにモテませんよ」

「……本気でそう思っている辺りが不安だと言っているのですが」

　天童が何を言いたいのかわからず、真奈美は首を傾ける。
　天童は一瞬、目眩でも起こしたような顔で嘆息し、真奈美から身体を離した。

「まあ、いいでしょう。気づかないならば気づかないである意味好都合です」

　天童は、少し乱れたジャケットとシャツを整えると、姿勢正しく座り直した。

　真奈美もそれにつられて、姿勢を改める。

「いいですか、北森先生」

「な、なんでしょうか、天童先生」

「そろそろはっきりさせて下さい。副担任は５人もいらない……１人いれば十分だと」

　確かに天童の言う通り、１つの学級に５人も副担任がいるなど前代未聞だし、真奈美自身その状況に気疲れしていたのは事実だった。

「そう、ですね……そうかもしれないです」

「そうでしょう。では副担任にはこの……」

「でも天童先生はダメですよっ！」

「……は？」

　いいところまで積み上がっていた目の前のジェンガが一息に瓦解してしまったかのように、天童は目を見開く。

「何故ですか？　私の教師としての資質に何か疑問があるとでも？」

「そんなことあるわけないじゃないですか！
……そうじゃなくて、公私のケジメです」

　真奈美は、言葉を選びながら慎重に続けた。

「……職場でもずっと一緒だったりしたら、間違えて名前で読んじゃったりとか、いつもの雰囲気で話しちゃったり、必要以上に甘えてしまったりとか……そのうち、ボロが出てしまいそうじゃないですか」

「そうなったらそうなったで構わないでしょう。何度も聞くようですが、貴女は何故そうも私との関係を隠したがるのですか？」

　実際それは何度も投げ掛けられた問いだったた。
　その度に言葉を濁して逃げ回っていたが、さすがに今日は逃がしてくれるつもりはないのだろう。

　椅子の上に置いていた手の上に、天童の手が重ねられた。
　先程よりもいくらか熱を帯びたそれは、真奈美の鼓動を早くさせた。

「……教えて下さい。真奈美」

　元に戻った呼び方が、更に加速させる。

　真奈美は、視線を膝の上に落としながらもゆっくり話し始めた。

「私……聖帝学園が好きなので、ずっとここで教鞭を振るえたらなって思ってるんです」

「……それが何か？」

「職場恋愛してて、もし……もしもこれから先、２人が別れるようなことがあった時、周りがみんな知ってたら気まずくなってしまうでしょう？
そうなったらもう、私は聖帝には居辛くなっちゃいそうで……」

「貴女は……どうしてまだ、お付き合いが始まったばかりだというのに、すでに別れた後のことを考えているんですか！　常日頃前向きな貴女とも思えない」

　苛立ちを滲ませた声に呼応するように、天童の手にギュッと力が入る。

　やっぱり怒らせてしまった……真奈美は僅かに身を強ばらせる。

　どうせ怒られるなら、同じことなら、全て言ってしまったほうがいいのかもしれない。

「瑠璃弥さんから見れば私はまだまだ未熟な子どもだし、特別美人なわけでもないし……素敵な人が現れて、瑠璃弥さんの気持ちが変わっても、私には責められないですから」

「真奈美」

　握った手を思い切り引き寄せられる。

「きゃっ」

　倒れかかるようにして、天童の腕の中に収まってしまった。

「貴女は私のことをどういう男だと認識しているのですか？
……ようやく巡り会えた私のマリアをそんなに簡単に手放すわけがないでしょう？」

　怒りというよりは悲しみを感じさせる言葉に、真奈美ははっとさせられる。

「ごめんなさい……瑠璃弥さんの気持ちを疑ってるわけじゃなくて、ただ自分に自信が持てないだけなんです……」


　天童は捕まえたままの真奈美の手に、そっと唇を押し当てた。
　初めてここで「デート」した時のことを思わせる仕草で。

「この美しい私をあっさりと陥落させ、身を焦がす程の嫉妬という大罪を背負わせてもまだ、自信が持てないと？」

「だって……私はマリアなんかじゃ……」

「貴女が何者であっても変わりませんよ。私の愛は全て貴女に捧げています。今、この場で主に永遠の誓いを立てても構わない」

「とっ、とわのちかい！？」

　神様の前でそんなものを誓ってしまったら、つまりそれは結婚ということだ。
　思わず真っ赤になってうろたえる真奈美に、天童はふふふ、と微笑する。

「貴女がマリアならば父なる神に、貴女が魔女ならば悪魔に乞うだけです……指一本残すことなく、貴女を私のものにしたいと」

　いつもこんなふうに大袈裟な言葉を惜しげもなく使って愛を囁く……この人が恋人だということを知ったら、周りの人はみんなどう思うだろう。

　恥ずかしい気もするし、ほんの少し自慢したいような気もしてしまう。

　……もうバレても、いいか……真奈美はふっと力を抜いて微笑みを返す。

「瑠璃弥さん……あの、神様や悪魔には誓わなくてもいいので……私と約束、してくれますか？」

　そっと、握られていた右手とは反対の、左手の小指を差し出す。

「私とずっと一緒にいて下さい」

　天童は、それに応えて左手の指を絡ませる。

「指切りは、元々不変の愛を誓う証に小指を切って相手に渡すことを意味するのですよ……貴女の小指を私に下さるのですか？」

「はい……その代わり、瑠璃弥さんのももらっちゃいますよ？」

「ええ、もちろんです」

　２人は笑いあって、大人になってからは久々にする、約束の呪文を唱えた。

「……貴女の小指、確かに頂きました」

「私も貰いました」

「……次は、薬指を頂かなくてはいけないですね」

「っ……」

　その意味を察して、真奈美はまた赤面するしかなかった。

「もう……」

　微かにコロンの香るジャケットに身を預けて、真奈美は明日どうやって副担任の件を、他の４人に切り出そうかを考え始めた。







《END》