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プロフィール
HN:
麻咲
年齢:
41
性別:
女性
誕生日:
1983/05/03
職業:
フリーター
趣味:
ライブ、乙女ゲーム、カラオケ
自己紹介:
好きなバンド
janne Da Arc
Angelo
犬神サーカス団
シド
Sound Schedule
PIERROT
angela
GRANRODEO
Acid Black Cherry 他
好きな乙女ゲームとひいきキャラ
アンジェリークシリーズ(チャーリー)
遙かなる時空の中でシリーズ(無印・橘友雅、2.藤原幸鷹、3.平知盛、4・サザキ)
金色のコルダシリーズ(1&2・王崎信武、3・榊大地、氷渡貴史)
ネオアンジェリーク(ジェット)
フルハウスキス(羽倉麻生)
ときめきメモリアルGSシリーズ(1・葉月珪、2・若王子貴文)
幕末恋華シリーズ(大石鍬次郎、陸奥陽之助)
花宵ロマネスク(紫陽)
Vitaminシリーズ(X→七瀬瞬、真田正輝、永田智也 Z→方丈慧、不破千聖、加賀美蘭丸)
僕と私の恋愛事情(シグルド)
ラスト・エスコート2(天祢一星)
アラビアンズ・ロスト(ロベルト=クロムウェル)
魔法使いとご主人様(セラス=ドラグーン)
危険なマイ★アイドル(日下部浩次)
ラブマジ(双薔冬也)
星空のコミックガーデン(轟木圭吾)
リトルアンカー(フェンネル=ヨーク)
暗闇の果てで君を待つ(風野太郎)
ラブΦサミット(ジャン=マリー)
妄想彼氏学園(神崎鷹也) 他
バイト先→某損保系コールセンター
janne Da Arc
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シド
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遙かなる時空の中でシリーズ(無印・橘友雅、2.藤原幸鷹、3.平知盛、4・サザキ)
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幕末恋華シリーズ(大石鍬次郎、陸奥陽之助)
花宵ロマネスク(紫陽)
Vitaminシリーズ(X→七瀬瞬、真田正輝、永田智也 Z→方丈慧、不破千聖、加賀美蘭丸)
僕と私の恋愛事情(シグルド)
ラスト・エスコート2(天祢一星)
アラビアンズ・ロスト(ロベルト=クロムウェル)
魔法使いとご主人様(セラス=ドラグーン)
危険なマイ★アイドル(日下部浩次)
ラブマジ(双薔冬也)
星空のコミックガーデン(轟木圭吾)
リトルアンカー(フェンネル=ヨーク)
暗闇の果てで君を待つ(風野太郎)
ラブΦサミット(ジャン=マリー)
妄想彼氏学園(神崎鷹也) 他
バイト先→某損保系コールセンター
アクセス解析
2007/07/03 (Tue)
一次創作関連
「そういえば……話ってなんだったの?」
部屋の前まで日向子を送り終えたところで、蝉はようやくそれを思い出した。
忘れていたのは日向子も同じで、
「まあ、そういえばそうでしたわ」
とかなり間抜けなリアクションをしつつ、切り出した。
「蝉様のお名前のことです」
「名前?」
「本当のお名前も、芸名もどちらも《ゼン》様ですわよね。何故《蝉(セミ)》という字をお当てになったのですか?」
蝉は少し考えるような顔をした後で、こう答えた。
「セミ好きだからかなぁ」
「はあ」
「セミのオスって身体ん中空っぽなの知ってる? だからあんなふうに鳴き声が響くんだよ……なんかすごいじゃん?
まるで鳴くためだけに生まれてきたみたいでさ。
その潔さに、おれはちょっと憧れてんの。
なんせ中途半端な人間だからね」
自虐的に言いながら笑う蝉を、日向子は不思議そうにじっと見つめる。
「《中途半端》……」
《第3章 林檎には罪を 口付けには罰を -impatience-》【4】
蝉に「おやすみなさいませ」を言って部屋に入った日向子は、ベッドに腰かけてぼんやりしていた。
《中途半端》
蝉が繰り返し、自分を非難するその言葉。
もしかして蝉の「家出」はそれを誰かに指摘されたからではないのか?
恐らくはずっと蝉自身が感じていたことなのだろうが、それを改めて思い知るようなことがあったのかもしれない。
《中途半端》という言葉から、日向子はなんとなく昼間万楼に言われた《ニュートラル》という言葉を思い出していた。
メンバーに対して徹底してニュートラル……それは5人に対する日向子の気持ちが《中途半端》だということだろうか?
日向子はそうは思いたくなかった。
日向子はそうしてずっと思索に耽っていたが、やがて時計の針が22時を回った時。
こんこん。
ノックの音が思考を現実に引き戻した。
「ちづみです」
「ちづみさん……?」
こんな遅い時間なのにまだ帰宅していなかったのかと驚きながら、日向子はドアに急ぎ足で歩み寄り、開けた。
ツインテールの愛らしい少女がにこにこしながら立っていた。
手にはお茶とお皿が乗ったお盆を持っている。
「ねえ、りんごを剥いたの。お茶をしながらお話しない?」
「こんな時間ですのに……?」
「家は近いから平気よ。アタシ、雑誌記者の仕事に興味があるんだ。だから日向子さんに話を聞いてみたかったの。
ね、いいでしょ??」
とびかかる勢いで訴えられて、少し驚きつつも、日向子は微笑して頷いた。
「では、少しだけ」
「やったー、ありがとう」
お盆を落としてしまうのではないかというテンションで喜びながら、ちづみは部屋の中へすべり込む。
そんなちづみの様子を微笑ましく思いながら、日向子は再びベッドに座り、ちづみもその横に座った。
少しだけ歪だがうさぎ型に切られたみずみずしいりんごを、日向子はちづみに感謝の言葉を言って口にした。
「とてもおいしいですわ」
「そう、よかった」
「……それで、わたくしは何からお話すればよろしいかしら」
ちづみは持ってきた紅茶を飲みながら、一度深く息を吐いて、切り出す。
「うづ姉は白雪姫なの」
「え?」
あまりにも脈絡のない言葉に日向子はちづみを凝視した。
ちづみは真面目な顔で日向子を見つめ返す。
「ここでたくさんの小人たちのために頑張ってる白雪姫なんだよ。
そしてゼン兄は王子様だから……いつか必ずうづ姉を迎えに来るの」
声音は先程までと打って変わって切迫した、別人のようなそれになっている。
「……さっき遊戯室で、日向子さんとゼン兄が楽しそうにピアノ弾いたり、話したりするの……うづ姉見てて……泣いてたから……だから」
「ちづみさん……?」
「……うづ姉のゼン兄、盗らないで。ここから帰ったら、もうゼン兄と会わないでよ」
予想もしない懇願に日向子は戸惑いながらも、
「ちづみさん……わたくしの今の仕事はheliodorの記事を書くことですの。蝉様に会わない、というお約束はできませんわ」
なるべく優しい口調で説得を試みる。
しかしちづみは激しく首を左右した。
「だめ! ゼン兄に近付かないで!!」
カシャンと紅茶のカップがカーペットに転がって、茶色い染みが広がる。
ちづみは走って窓辺に駆け寄ると、カーテンを一気に引いて、窓を全開にした。
「会わないって約束しないと、アタシ、飛び降りちゃうから!!」
窓枠を掴んで、よじ上るちづみを見て、日向子は血相を変えて駆け寄った。
「ちづみさん、いけません! 降りて下さい!」
「変だなあ……ちづみったらどこ行っちゃったのかなぁ」
「いつもなら、そろそろ帰る時間なんだよね?」
「はい。明日月曜だから学校だし……」
いづみと万楼はちづみの姿を探して、スノウ・ドームの敷地内を、明るい月に照らされながら歩いていた。
「それにしても、遅くまで指導してもらっちゃってすいませんでした」
「ううん。いづみちゃんは熱心だし、飲み込みが早いから。ボクも教え甲斐あったし、楽しかった」
いづみはまたはにかんだ表情を浮かべて「えへへ」と笑った。
「よかったらまたここに遊びに来て下さい、他のメンバーの皆さんにも是非heliometerの演奏、聞いてほしいですし」
「うん。きっとこの次は全員で……」
「遊びにくるよ」と言おうとした万楼の声は、途切れてしまった。
すぐ近くから響いてきた、二種類の悲鳴と、大きな水音によって。
「……なに?」
「裏庭の……湖のほうみたい」
二人はただならぬ気配を察して、走り出した。
裏庭といえば、来客用の部屋の並びから見渡せる、あの場所のことだった。
暗い水をたたえた大きな湖。
やがてそれが目の前に現れると、万楼は息苦しいような感覚に襲われていた。
「いづ姉!!」
「ちづみ!?」
三階に位置する窓からちづみが身を乗り出している。
「いづ姉っ……日向子さんが落ちちゃったのっ……!!」
泣きながら叫ぶ声に、二人は湖に広がる大きな波紋を見た。
「お姉さん……!!」
万楼は湖に慌てて駆け寄ろうとした。
しかし、駆け寄ろうとしただけで、足は一歩も前に進んでいなかった。
「……あ……っ」
黒い、水面。
騒ぐ、波。
果てしない深い闇のようなそれを見つめるだけで、万楼の足はすくんで動かない。
それどころかまともに声を出すことすら、難しくなっていた。
汗が吹き出し、呼吸が乱れ、手足の先が冷たくなっていく。
「おね……っ……さん……ごめ……ボク……っ……」
「万楼さん!?」
おびえたようにしゃがみこんでしまった万楼に、いづみはうろたえる。
「万楼さん!? 大丈夫ですか……??」
名前を呼ぶ声は届いていなかった。
万楼は地面に崩れるように座り込み、頭を抱えこむ。
「……ごめん……ごめん……ボクが……離したから……ごめん……ごめんね……万楼……」
まるで何かに取り憑かれたかのようにぶつぶつ呟いている言葉は、意味不明なものだった。
完全な錯乱状態のようだ。
「ど……どうしよう……」
万楼の混乱や、ちづみの動揺がそのまま流れ込んだかのように、いづみもまた冷静な判断力を失いつつあった。
ただ、少しずつ静かになる湖の波紋を凝視して立ち尽くすばかりだった。
その時。
「どうしたのっ!!」
ちづみが立っている窓辺……つまりは日向子の部屋に、蝉が駆け込んできた。
ちづみは泣きわめきながら蝉に取りすがる。
「ごめんなさいゼン兄っ……アタシは、そんなつもりじゃなかったのっ……日向子さんが落ちちゃうなんて……!!」
「ちづみちゃん、大丈夫だから。落ち着いて。うづみちゃんに知らせてきて」
蝉はちづみを安心させるようにその頭を撫でてやりながらそう告げて、
「日向子ちゃん!!」
何のためらいもなく窓枠を掴んで、蹴り上げ、そのまま宙に身を投げ出した。
暗く深い湖へと、蝉はダイブした。
衝撃を感じた瞬間に、日向子の意識はほとんど四散していた。
痛い、も、冷たい、も、怖い、も感じることはなく、ただただ「沈んでいく」感覚だけは何故か理解できていた。
このまま「沈んでいく」と帰ってこれないこともわかっているのだが、どうすることもできなかった。
だが不意に。
「沈んでいく」感覚は終わりを告げた。
誰かが確かに日向子の身体を捕まえていた。
しっかりと抱き締めて、上へ上へと。
やがて日向子は水音らしきものを耳にした気がした。
それとほとんど同時に、
「……日向子ちゃんっ!? 日向子ちゃん!!」
必死に名前を呼ぶ声が聞こえる気がしたが、返事をすることができない。
苦しい。
「……日向子ちゃん! 日向子ちゃん! ひな……」
再び意識が遠のいて、そして、やがてまたふわりと舞い戻る。
2、3度咳き込むともう、苦しくはなくなった。
朦朧としていたが、日向子はゆっくりと目を開ける。
驚くほど近くに、誰かの顔があった。
ピンボケの視界では輪郭も定まらない。
けれど日向子はなぜかその人物にはっきりとこう呼び掛けた。
「ゆ……き……の?」
「……日向子ちゃん?」
「……雪、乃……」
こんなところにいるはずがなく、雪乃が自分を「日向子ちゃん」などと呼んだことがないのはわかっているのだが、日向子には何故かそれが雪乃にしか思えなかった。
「……雪乃……ありが……とう」
一生懸命笑みを作って、ろくに力のこもらない腕を伸ばした。
その手はしっかりと握りしめられ、一拍おいて、
「……お気をしっかり、お嬢様……もう心配はございません」
確かに日向子のよく知っている、冷静な声が語りかけてきた。
心の底から日向子を安心させる、大切な家族の声。
やがて少しずつ視界がはっきりしてきた。
眼鏡こそかけていなかったが、それはやはり雪乃のようだった。
「……よかった……雪乃がきてくれて……」
日向子が呟くと、雪乃は真剣な顔で見つめながら、握り締める手により一層力を込めた。
「ご安心下さい……いついかなる時でも、どのような危険があろうとも、この私がお嬢様をお守り致します」
日向子は力を振り絞って、その手を握り返した。
「雪乃……」
雪乃はそっと、日向子の手を引き寄せ、その甲に唇を、落とした。
「私に守らせて下さい……あなたは私の……かけがえないのお方ですから」
もう一度、雪乃へ微笑みかけて、日向子はゆっくりと意識をフェードアウトしていった。
「……何? どーしたの? おれの顔じっと見て」
ベッドに横になり、毛布をかけられた日向子は、半分だけ毛布から顔を出して、水さしを取り替える蝉を見ていた。
「あの……わたくしを助けて下さったのは、蝉様……でしたのよね?」
「おんなじ質問七回目だよ? 日向子ちゃん」
「申し訳ありません……助けて頂いて本当にありがとうございます」
「どーいたしまして☆ ま、ゆっくり休んでね」
蝉は明るい笑顔を残して部屋を出て行った。
日向子は毛布から手を出して、じっと見た。
強く握られた圧迫感も……唇の感触も、リアルに思い出すことができるのに。
「あれは……夢……?」
問掛けに答える者は誰もいなかった。
《つづく》
部屋の前まで日向子を送り終えたところで、蝉はようやくそれを思い出した。
忘れていたのは日向子も同じで、
「まあ、そういえばそうでしたわ」
とかなり間抜けなリアクションをしつつ、切り出した。
「蝉様のお名前のことです」
「名前?」
「本当のお名前も、芸名もどちらも《ゼン》様ですわよね。何故《蝉(セミ)》という字をお当てになったのですか?」
蝉は少し考えるような顔をした後で、こう答えた。
「セミ好きだからかなぁ」
「はあ」
「セミのオスって身体ん中空っぽなの知ってる? だからあんなふうに鳴き声が響くんだよ……なんかすごいじゃん?
まるで鳴くためだけに生まれてきたみたいでさ。
その潔さに、おれはちょっと憧れてんの。
なんせ中途半端な人間だからね」
自虐的に言いながら笑う蝉を、日向子は不思議そうにじっと見つめる。
「《中途半端》……」
《第3章 林檎には罪を 口付けには罰を -impatience-》【4】
蝉に「おやすみなさいませ」を言って部屋に入った日向子は、ベッドに腰かけてぼんやりしていた。
《中途半端》
蝉が繰り返し、自分を非難するその言葉。
もしかして蝉の「家出」はそれを誰かに指摘されたからではないのか?
恐らくはずっと蝉自身が感じていたことなのだろうが、それを改めて思い知るようなことがあったのかもしれない。
《中途半端》という言葉から、日向子はなんとなく昼間万楼に言われた《ニュートラル》という言葉を思い出していた。
メンバーに対して徹底してニュートラル……それは5人に対する日向子の気持ちが《中途半端》だということだろうか?
日向子はそうは思いたくなかった。
日向子はそうしてずっと思索に耽っていたが、やがて時計の針が22時を回った時。
こんこん。
ノックの音が思考を現実に引き戻した。
「ちづみです」
「ちづみさん……?」
こんな遅い時間なのにまだ帰宅していなかったのかと驚きながら、日向子はドアに急ぎ足で歩み寄り、開けた。
ツインテールの愛らしい少女がにこにこしながら立っていた。
手にはお茶とお皿が乗ったお盆を持っている。
「ねえ、りんごを剥いたの。お茶をしながらお話しない?」
「こんな時間ですのに……?」
「家は近いから平気よ。アタシ、雑誌記者の仕事に興味があるんだ。だから日向子さんに話を聞いてみたかったの。
ね、いいでしょ??」
とびかかる勢いで訴えられて、少し驚きつつも、日向子は微笑して頷いた。
「では、少しだけ」
「やったー、ありがとう」
お盆を落としてしまうのではないかというテンションで喜びながら、ちづみは部屋の中へすべり込む。
そんなちづみの様子を微笑ましく思いながら、日向子は再びベッドに座り、ちづみもその横に座った。
少しだけ歪だがうさぎ型に切られたみずみずしいりんごを、日向子はちづみに感謝の言葉を言って口にした。
「とてもおいしいですわ」
「そう、よかった」
「……それで、わたくしは何からお話すればよろしいかしら」
ちづみは持ってきた紅茶を飲みながら、一度深く息を吐いて、切り出す。
「うづ姉は白雪姫なの」
「え?」
あまりにも脈絡のない言葉に日向子はちづみを凝視した。
ちづみは真面目な顔で日向子を見つめ返す。
「ここでたくさんの小人たちのために頑張ってる白雪姫なんだよ。
そしてゼン兄は王子様だから……いつか必ずうづ姉を迎えに来るの」
声音は先程までと打って変わって切迫した、別人のようなそれになっている。
「……さっき遊戯室で、日向子さんとゼン兄が楽しそうにピアノ弾いたり、話したりするの……うづ姉見てて……泣いてたから……だから」
「ちづみさん……?」
「……うづ姉のゼン兄、盗らないで。ここから帰ったら、もうゼン兄と会わないでよ」
予想もしない懇願に日向子は戸惑いながらも、
「ちづみさん……わたくしの今の仕事はheliodorの記事を書くことですの。蝉様に会わない、というお約束はできませんわ」
なるべく優しい口調で説得を試みる。
しかしちづみは激しく首を左右した。
「だめ! ゼン兄に近付かないで!!」
カシャンと紅茶のカップがカーペットに転がって、茶色い染みが広がる。
ちづみは走って窓辺に駆け寄ると、カーテンを一気に引いて、窓を全開にした。
「会わないって約束しないと、アタシ、飛び降りちゃうから!!」
窓枠を掴んで、よじ上るちづみを見て、日向子は血相を変えて駆け寄った。
「ちづみさん、いけません! 降りて下さい!」
「変だなあ……ちづみったらどこ行っちゃったのかなぁ」
「いつもなら、そろそろ帰る時間なんだよね?」
「はい。明日月曜だから学校だし……」
いづみと万楼はちづみの姿を探して、スノウ・ドームの敷地内を、明るい月に照らされながら歩いていた。
「それにしても、遅くまで指導してもらっちゃってすいませんでした」
「ううん。いづみちゃんは熱心だし、飲み込みが早いから。ボクも教え甲斐あったし、楽しかった」
いづみはまたはにかんだ表情を浮かべて「えへへ」と笑った。
「よかったらまたここに遊びに来て下さい、他のメンバーの皆さんにも是非heliometerの演奏、聞いてほしいですし」
「うん。きっとこの次は全員で……」
「遊びにくるよ」と言おうとした万楼の声は、途切れてしまった。
すぐ近くから響いてきた、二種類の悲鳴と、大きな水音によって。
「……なに?」
「裏庭の……湖のほうみたい」
二人はただならぬ気配を察して、走り出した。
裏庭といえば、来客用の部屋の並びから見渡せる、あの場所のことだった。
暗い水をたたえた大きな湖。
やがてそれが目の前に現れると、万楼は息苦しいような感覚に襲われていた。
「いづ姉!!」
「ちづみ!?」
三階に位置する窓からちづみが身を乗り出している。
「いづ姉っ……日向子さんが落ちちゃったのっ……!!」
泣きながら叫ぶ声に、二人は湖に広がる大きな波紋を見た。
「お姉さん……!!」
万楼は湖に慌てて駆け寄ろうとした。
しかし、駆け寄ろうとしただけで、足は一歩も前に進んでいなかった。
「……あ……っ」
黒い、水面。
騒ぐ、波。
果てしない深い闇のようなそれを見つめるだけで、万楼の足はすくんで動かない。
それどころかまともに声を出すことすら、難しくなっていた。
汗が吹き出し、呼吸が乱れ、手足の先が冷たくなっていく。
「おね……っ……さん……ごめ……ボク……っ……」
「万楼さん!?」
おびえたようにしゃがみこんでしまった万楼に、いづみはうろたえる。
「万楼さん!? 大丈夫ですか……??」
名前を呼ぶ声は届いていなかった。
万楼は地面に崩れるように座り込み、頭を抱えこむ。
「……ごめん……ごめん……ボクが……離したから……ごめん……ごめんね……万楼……」
まるで何かに取り憑かれたかのようにぶつぶつ呟いている言葉は、意味不明なものだった。
完全な錯乱状態のようだ。
「ど……どうしよう……」
万楼の混乱や、ちづみの動揺がそのまま流れ込んだかのように、いづみもまた冷静な判断力を失いつつあった。
ただ、少しずつ静かになる湖の波紋を凝視して立ち尽くすばかりだった。
その時。
「どうしたのっ!!」
ちづみが立っている窓辺……つまりは日向子の部屋に、蝉が駆け込んできた。
ちづみは泣きわめきながら蝉に取りすがる。
「ごめんなさいゼン兄っ……アタシは、そんなつもりじゃなかったのっ……日向子さんが落ちちゃうなんて……!!」
「ちづみちゃん、大丈夫だから。落ち着いて。うづみちゃんに知らせてきて」
蝉はちづみを安心させるようにその頭を撫でてやりながらそう告げて、
「日向子ちゃん!!」
何のためらいもなく窓枠を掴んで、蹴り上げ、そのまま宙に身を投げ出した。
暗く深い湖へと、蝉はダイブした。
衝撃を感じた瞬間に、日向子の意識はほとんど四散していた。
痛い、も、冷たい、も、怖い、も感じることはなく、ただただ「沈んでいく」感覚だけは何故か理解できていた。
このまま「沈んでいく」と帰ってこれないこともわかっているのだが、どうすることもできなかった。
だが不意に。
「沈んでいく」感覚は終わりを告げた。
誰かが確かに日向子の身体を捕まえていた。
しっかりと抱き締めて、上へ上へと。
やがて日向子は水音らしきものを耳にした気がした。
それとほとんど同時に、
「……日向子ちゃんっ!? 日向子ちゃん!!」
必死に名前を呼ぶ声が聞こえる気がしたが、返事をすることができない。
苦しい。
「……日向子ちゃん! 日向子ちゃん! ひな……」
再び意識が遠のいて、そして、やがてまたふわりと舞い戻る。
2、3度咳き込むともう、苦しくはなくなった。
朦朧としていたが、日向子はゆっくりと目を開ける。
驚くほど近くに、誰かの顔があった。
ピンボケの視界では輪郭も定まらない。
けれど日向子はなぜかその人物にはっきりとこう呼び掛けた。
「ゆ……き……の?」
「……日向子ちゃん?」
「……雪、乃……」
こんなところにいるはずがなく、雪乃が自分を「日向子ちゃん」などと呼んだことがないのはわかっているのだが、日向子には何故かそれが雪乃にしか思えなかった。
「……雪乃……ありが……とう」
一生懸命笑みを作って、ろくに力のこもらない腕を伸ばした。
その手はしっかりと握りしめられ、一拍おいて、
「……お気をしっかり、お嬢様……もう心配はございません」
確かに日向子のよく知っている、冷静な声が語りかけてきた。
心の底から日向子を安心させる、大切な家族の声。
やがて少しずつ視界がはっきりしてきた。
眼鏡こそかけていなかったが、それはやはり雪乃のようだった。
「……よかった……雪乃がきてくれて……」
日向子が呟くと、雪乃は真剣な顔で見つめながら、握り締める手により一層力を込めた。
「ご安心下さい……いついかなる時でも、どのような危険があろうとも、この私がお嬢様をお守り致します」
日向子は力を振り絞って、その手を握り返した。
「雪乃……」
雪乃はそっと、日向子の手を引き寄せ、その甲に唇を、落とした。
「私に守らせて下さい……あなたは私の……かけがえないのお方ですから」
もう一度、雪乃へ微笑みかけて、日向子はゆっくりと意識をフェードアウトしていった。
「……何? どーしたの? おれの顔じっと見て」
ベッドに横になり、毛布をかけられた日向子は、半分だけ毛布から顔を出して、水さしを取り替える蝉を見ていた。
「あの……わたくしを助けて下さったのは、蝉様……でしたのよね?」
「おんなじ質問七回目だよ? 日向子ちゃん」
「申し訳ありません……助けて頂いて本当にありがとうございます」
「どーいたしまして☆ ま、ゆっくり休んでね」
蝉は明るい笑顔を残して部屋を出て行った。
日向子は毛布から手を出して、じっと見た。
強く握られた圧迫感も……唇の感触も、リアルに思い出すことができるのに。
「あれは……夢……?」
問掛けに答える者は誰もいなかった。
《つづく》
PR
2007/07/02 (Mon)
一次創作関連
「ここが万楼さんに使って頂くお部屋ですよ」
「ありがとう、いづみちゃん。いきなり来ちゃったのにこんなにいい部屋を使わせてもらっていいの?」
黄色がかった明るい茶髪の前髪を黒いパッチン止めで止めた、いかにも快活そうな少女は、ちょっと顔を赤らめながら、
「遠慮しないでゆっくりしていって下さい……そのかわり」
「なに?」
「《Good bye,fairy tale》のアウトロのキメがちょっとうまくいかなくて悩んでるんです……よかったらアドバイスして頂けませんか?」
「うん、いいよ。ボクが教えなくても、いづみちゃんは上手だけどね」
「とんでもないです! わたしなんて全然……」
「これからまだまだうまくなると思うな。……それにしても月が明るいね? 今日は満月かな」
万楼は窓辺に立って、閉めきられていたカーテンを少し引いた。
「……ぁ」
途端に、まるで目眩のような感覚を受けて、足元がわずかにふらつく。
「万楼さん……?」
「ううん……なんでもない」
窓の下には漆黒の水面が静かに広がっていた。
少しだけ強い夜風に波を打つ、大きな湖。
「……ちょっと苦手なんだ。夜の海」
《第3章 林檎には罪を 口付けには罰を -impatience-》【3】
「アタシは、ゼン兄がここで暮らしてた頃のことは覚えてないんだけど」
猫っ毛を耳の上でツインテールにした、ちょっとぽっちゃりした可愛らしい少女は楽しそうに「ゼン兄」を語る。
「アタシが赤ちゃんの時から可愛がってくれてたんだってうづ姉から聞かされてきたの。
ゼン兄は優しいし、面白いし、大好きなんだ」
ベッドに腰かけて足をブラブラさせながら話すちづみを、日向子は微笑ましそうに見つめて、耳を傾けていた。
「子どもたちもみんな、蝉様をよく慕っていらっしゃいましたわね」
「うん。ゼン兄は『スノウ・ドーム』の誇りだから。みんなゼン兄の夢を応援してるよ。
特にうづ姉にとっては、ゼン兄は初恋の人だしね」
「……初恋……ですか」
日向子の脳裏に、黒いコートを着た優雅な物腰の青年の姿がよぎった。
「初恋の人はいつになっても特別なものですわよね……」
左手のブレスに触れる。
日向子にはうづみの気持ちがよくわかるような気がした。
「マジで助かったよ、うづみちゃん」
「任せて。ゼン兄の秘密は全力で守るから」
『園長先生のお部屋』というプレートのついた小さい部屋の中で、幼馴染みの二人は温かいお茶を飲んでいた。
「釘宮のお嬢様ってああいう人だったんだ。もっとつんつんした嫌な女かと思っちゃった」
冗談めかして笑ううづみに、蝉も笑った。
「お嬢様はいい子だよ。かなりズレたとこあるケド、芯は通ってるカンジっての?」
「ふーん……」
うづみはカップから上る湯気で曇ってしまった眼鏡を外しながら呟いた。
「……だけど釘宮の人なら、私は好きになれない」
「うづみちゃん……」
「ゼン兄の夢を邪魔するものは好きになんかなれないの」
口調はきっぱりした冷たいものだったが、その表情には蝉に向けられる限りない優しさがあった。
「心配しないで。必ず私がゼン兄を釘宮の呪縛から解き放ってあげる」
「うづみちゃん……おれはいいんだよ」
蝉はうづみの頭にぽん、と手を乗せて諭すように言う。
「おれはゼッタイ釘宮の後継者になるよ。そうすれば『スノウ・ドーム』の経営なんて簡単に建て直せるんだから。
そのためにピアノを死ぬ気で練習して、釘宮高槻に気に入られるような人間を演じて、自分を売り込んで……ここまでやってきたんだからさ」
「だけど……ゼン兄には夢ができたじゃない」
うづみはどこか泣きそうな顔だった。
「heliodorがゼン兄の夢でしょ? バンド活動は容認されてるっていったって、プロデビューまでは許してくれないだろう……って、ゼン兄言ったよね。
釘宮の後継になるために、夢をあきらめるなんて絶対ダメよ」
その必死な言葉は蝉の心に規則正しく張られたピアノ線をはじく。
「……そうするだけの価値があるんだよ。おれにとって『スノウ・ドーム』は家族なんだから……」
うづみは睫の長い瞳に涙を浮かべたまま、頭にのっかっていた蝉の手を取り、両手で包んだ。
「私だって蝉兄の夢を守るためならなんだってできる。……悪魔と契約することも」
「うづみちゃん……?」
「もうちょっとなの……もうちょっとでゼン兄を自由に出来るの。年が明ける頃にはきっと……」
「……うづみちゃん、キミは何を……」
こんこん。
ドアをノックする音が唐突に響いた。
「ちづみです。ゼン兄いる? 日向子さんがちょっと話したいんだって」
蝉はふうっと息を吐いて、カップの残りを飲み干した。
「わかった、行くよ。日向子ちゃん今どこ?」
「えっとね……」
ドアの向こうから返事が返るより早く、届いてきたのは囁くような柔らかなピアノの音色だった。
「……遊戯室みたいだね。ごめん、うづみちゃん。ちょっと行ってくる」
すり抜けようとする蝉の手を、うづみは強くつかまえたまま、
「……今日は『釘宮漸』じゃないのに?」
じっと目を見る。
蝉は小さく笑う。
「『蝉』にとってもね、邪険にはできない子だからさ」
すり抜けていく手を引き留めきれず、一人部屋に残されたうづみは、しばらく蝉の使っていたカップを見つめていた。
「……ゼン兄……」
古くてちっぽけな、まるで玩具のようなピアノの前に座り、日向子は片手だけで「てのひらを太陽に」を弾いていた。
たまたま音階をエンピツで書き込まれた、小さな子ども向けのの薄茶けた譜面がそこにあったからだ。
単音の素朴な旋律が、まるでオルゴールのように響いていた。
と。
不意に後ろから伸びてきた手が、日向子に合わせて、シンプルな伴奏を奏で始めた。
手を止めずに振り返ると、オレンジの髪の明るい笑顔の青年が立っていた。
日向子は微笑を返した。
それからしばらくの間、二人は言葉を交さずに連弾を続けていたが、そのうちに手は休めることなく日向子が口を開いた。
「……なんだか懐かしいですわ」
「え?」
「よく雪乃にもこうして遊んでもらっていました」
「……へえ」
「実はわたくしの父はピアニストですの。わたくしも物心ついた頃にはすでにピアノのレッスンを」
「……そうなんだ」
「けれど……わたくしには才能がないと、お父様はおっしゃいました」
日向子はゆっくりと、鍵盤を辿るのをやめた。
「いくら努力しても、わたくしはピアニストとして大成はしないだろうと、お父様はおっしゃいました。
そしてわたくしよりずっと才能のある男の子をどこかから連れてきました……それが雪乃ですわ」
同じように演奏を中断した蝉は、無言のまま日向子の昔語りを聞いていた。
「雪乃は、練習に励んでお父様の期待に完璧に答えながら、一方でわたくしにもとても優しくて。
母が急逝した時も、泣いているわたくしの側でずっとピアノを弾いていてくれましたの」
「そっかそっか……でもさ」
タン、と1つ鍵盤を弾いて、蝉は言った。
「それってさ……実は日向子ちゃんに取り入るために下心があってやってたのかもよ」
「……え?」
「だってその人、どこの誰とも知れないような育ちなんでしょ。
いくら才能があるからって、日向子ちゃん家みたいな家にいたら孤立したり、中傷されることだってあったんじゃないの。
だからさ、自分の立場を守るために日向子ちゃんを手なずけて……」
「蝉様」
珍しく少し怒ったような顔で日向子は蝉を振り返った。
「いくら蝉様でも、そのような物言いはお控え頂きたいです。
正式な養子縁組の手続きを踏んでいなかったとしても、わたくしにとっては雪乃は家族も同然なのですから」
「……」
蝉は返す言葉を求めて視線を左右に動かしていたが、やがて目を伏せ、わずかに赤面しながらぽつりと呟いた。
「……変なこと言ってごめん」
「いいえ、わたくしこそぶしつけな態度をとってしまいまして申し訳ございません」
日向子もとっさとはいえ、一瞬本気で蝉に怒りをぶつけてしまったことが恥ずかしくなって顔を赤くした。
「……家族か」
蝉はしみじみとした口調で語り出した。
「おれさ……一家心中の生き残りなの」
「蝉様……」
「借金を苦にして車で崖に突っ込んで……父さんも母さんも、まだ赤んぼだった妹も即死だったのに、なんでかおれだけ軽傷で助かっちゃったみたい」
不幸と幸運を重ね合わせたかのような蝉の過去に、日向子は胸が苦しくてたまらなくなった。
「成長して、そのへんの事情わかってからは意味もなく悩んだよ。どうしておれだけ生きてるんだろう、何の為に生きてるんだろう……って。
そんな時におれを救ってくれたのは、ココの園長センセ」
蝉は懐かしそうに目を細めて、「てのひらを太陽に」の楽譜につづられたクセのあるドレミを見つめる。
「『漸が生きているのは、まだ漸にはやらなきゃいけないことがあるからなんだ。
誰かのために。何かのために。漸はまだまだ生きていかなくちゃいけないんだよ』
……って言ってくれて、『少しでもお前が生きていく上の楽しみになってくれれば』って、ここでおれにピアノ教えてくれた」
愛しげに傷だらけのピアノを撫でる蝉。
「それがあったから今のおれがあるんだと思う……時々どうしようもなく苦しくなるけど、ピアノと出会えたことには感謝してるよ。マジで……」
日向子は微笑して頷いた。
本当にこの場所は、蝉にとっては原点そのものなのだ。
生きることの意味を知り、ピアノを奏でる喜びを知り、たくさんの家族のような存在を得て。
「ここにいらっしゃらなければ有砂様とも出会っていらっしゃらないですものね」
「そーそー、そこ重要。なんせおれをバンドにハメてくれちゃったのはよっちんだからね」
「……あら、有砂様に取材させて頂いた時には、高校の時に蝉様から誘われて軽音部に入ったのがきっかけとおっしゃっていましたけれど……」
「確かに軽音部に引っ張り込んだのはおれだけど、その前……中学時代によっちんはもうドラムやってたからね。
たまたまよっちんのガッコの学祭に行く機会があって、そん時の演奏がめちゃめちゃカッコよかったもんだから、おれもどうしてもやりたくなっちゃったんだよね~」
「まあ……そうでしたの」
「まさかその頃は、ここまで本気でやることになるなんて思ってもなかったんだけどね~……」
日向子には、蝉の辿ってきたけして安楽ではない道のりが、全てheliodorへと繋がっていたようで感慨深かった。
「蝉様の生きる意味は、heliodorのため……になったのですか?」
蝉はそれを受けて、不意に苦笑に転じた。
「……どうなんだろ。まだよくわかんないんだ……おれ」
《つづく》
「ありがとう、いづみちゃん。いきなり来ちゃったのにこんなにいい部屋を使わせてもらっていいの?」
黄色がかった明るい茶髪の前髪を黒いパッチン止めで止めた、いかにも快活そうな少女は、ちょっと顔を赤らめながら、
「遠慮しないでゆっくりしていって下さい……そのかわり」
「なに?」
「《Good bye,fairy tale》のアウトロのキメがちょっとうまくいかなくて悩んでるんです……よかったらアドバイスして頂けませんか?」
「うん、いいよ。ボクが教えなくても、いづみちゃんは上手だけどね」
「とんでもないです! わたしなんて全然……」
「これからまだまだうまくなると思うな。……それにしても月が明るいね? 今日は満月かな」
万楼は窓辺に立って、閉めきられていたカーテンを少し引いた。
「……ぁ」
途端に、まるで目眩のような感覚を受けて、足元がわずかにふらつく。
「万楼さん……?」
「ううん……なんでもない」
窓の下には漆黒の水面が静かに広がっていた。
少しだけ強い夜風に波を打つ、大きな湖。
「……ちょっと苦手なんだ。夜の海」
《第3章 林檎には罪を 口付けには罰を -impatience-》【3】
「アタシは、ゼン兄がここで暮らしてた頃のことは覚えてないんだけど」
猫っ毛を耳の上でツインテールにした、ちょっとぽっちゃりした可愛らしい少女は楽しそうに「ゼン兄」を語る。
「アタシが赤ちゃんの時から可愛がってくれてたんだってうづ姉から聞かされてきたの。
ゼン兄は優しいし、面白いし、大好きなんだ」
ベッドに腰かけて足をブラブラさせながら話すちづみを、日向子は微笑ましそうに見つめて、耳を傾けていた。
「子どもたちもみんな、蝉様をよく慕っていらっしゃいましたわね」
「うん。ゼン兄は『スノウ・ドーム』の誇りだから。みんなゼン兄の夢を応援してるよ。
特にうづ姉にとっては、ゼン兄は初恋の人だしね」
「……初恋……ですか」
日向子の脳裏に、黒いコートを着た優雅な物腰の青年の姿がよぎった。
「初恋の人はいつになっても特別なものですわよね……」
左手のブレスに触れる。
日向子にはうづみの気持ちがよくわかるような気がした。
「マジで助かったよ、うづみちゃん」
「任せて。ゼン兄の秘密は全力で守るから」
『園長先生のお部屋』というプレートのついた小さい部屋の中で、幼馴染みの二人は温かいお茶を飲んでいた。
「釘宮のお嬢様ってああいう人だったんだ。もっとつんつんした嫌な女かと思っちゃった」
冗談めかして笑ううづみに、蝉も笑った。
「お嬢様はいい子だよ。かなりズレたとこあるケド、芯は通ってるカンジっての?」
「ふーん……」
うづみはカップから上る湯気で曇ってしまった眼鏡を外しながら呟いた。
「……だけど釘宮の人なら、私は好きになれない」
「うづみちゃん……」
「ゼン兄の夢を邪魔するものは好きになんかなれないの」
口調はきっぱりした冷たいものだったが、その表情には蝉に向けられる限りない優しさがあった。
「心配しないで。必ず私がゼン兄を釘宮の呪縛から解き放ってあげる」
「うづみちゃん……おれはいいんだよ」
蝉はうづみの頭にぽん、と手を乗せて諭すように言う。
「おれはゼッタイ釘宮の後継者になるよ。そうすれば『スノウ・ドーム』の経営なんて簡単に建て直せるんだから。
そのためにピアノを死ぬ気で練習して、釘宮高槻に気に入られるような人間を演じて、自分を売り込んで……ここまでやってきたんだからさ」
「だけど……ゼン兄には夢ができたじゃない」
うづみはどこか泣きそうな顔だった。
「heliodorがゼン兄の夢でしょ? バンド活動は容認されてるっていったって、プロデビューまでは許してくれないだろう……って、ゼン兄言ったよね。
釘宮の後継になるために、夢をあきらめるなんて絶対ダメよ」
その必死な言葉は蝉の心に規則正しく張られたピアノ線をはじく。
「……そうするだけの価値があるんだよ。おれにとって『スノウ・ドーム』は家族なんだから……」
うづみは睫の長い瞳に涙を浮かべたまま、頭にのっかっていた蝉の手を取り、両手で包んだ。
「私だって蝉兄の夢を守るためならなんだってできる。……悪魔と契約することも」
「うづみちゃん……?」
「もうちょっとなの……もうちょっとでゼン兄を自由に出来るの。年が明ける頃にはきっと……」
「……うづみちゃん、キミは何を……」
こんこん。
ドアをノックする音が唐突に響いた。
「ちづみです。ゼン兄いる? 日向子さんがちょっと話したいんだって」
蝉はふうっと息を吐いて、カップの残りを飲み干した。
「わかった、行くよ。日向子ちゃん今どこ?」
「えっとね……」
ドアの向こうから返事が返るより早く、届いてきたのは囁くような柔らかなピアノの音色だった。
「……遊戯室みたいだね。ごめん、うづみちゃん。ちょっと行ってくる」
すり抜けようとする蝉の手を、うづみは強くつかまえたまま、
「……今日は『釘宮漸』じゃないのに?」
じっと目を見る。
蝉は小さく笑う。
「『蝉』にとってもね、邪険にはできない子だからさ」
すり抜けていく手を引き留めきれず、一人部屋に残されたうづみは、しばらく蝉の使っていたカップを見つめていた。
「……ゼン兄……」
古くてちっぽけな、まるで玩具のようなピアノの前に座り、日向子は片手だけで「てのひらを太陽に」を弾いていた。
たまたま音階をエンピツで書き込まれた、小さな子ども向けのの薄茶けた譜面がそこにあったからだ。
単音の素朴な旋律が、まるでオルゴールのように響いていた。
と。
不意に後ろから伸びてきた手が、日向子に合わせて、シンプルな伴奏を奏で始めた。
手を止めずに振り返ると、オレンジの髪の明るい笑顔の青年が立っていた。
日向子は微笑を返した。
それからしばらくの間、二人は言葉を交さずに連弾を続けていたが、そのうちに手は休めることなく日向子が口を開いた。
「……なんだか懐かしいですわ」
「え?」
「よく雪乃にもこうして遊んでもらっていました」
「……へえ」
「実はわたくしの父はピアニストですの。わたくしも物心ついた頃にはすでにピアノのレッスンを」
「……そうなんだ」
「けれど……わたくしには才能がないと、お父様はおっしゃいました」
日向子はゆっくりと、鍵盤を辿るのをやめた。
「いくら努力しても、わたくしはピアニストとして大成はしないだろうと、お父様はおっしゃいました。
そしてわたくしよりずっと才能のある男の子をどこかから連れてきました……それが雪乃ですわ」
同じように演奏を中断した蝉は、無言のまま日向子の昔語りを聞いていた。
「雪乃は、練習に励んでお父様の期待に完璧に答えながら、一方でわたくしにもとても優しくて。
母が急逝した時も、泣いているわたくしの側でずっとピアノを弾いていてくれましたの」
「そっかそっか……でもさ」
タン、と1つ鍵盤を弾いて、蝉は言った。
「それってさ……実は日向子ちゃんに取り入るために下心があってやってたのかもよ」
「……え?」
「だってその人、どこの誰とも知れないような育ちなんでしょ。
いくら才能があるからって、日向子ちゃん家みたいな家にいたら孤立したり、中傷されることだってあったんじゃないの。
だからさ、自分の立場を守るために日向子ちゃんを手なずけて……」
「蝉様」
珍しく少し怒ったような顔で日向子は蝉を振り返った。
「いくら蝉様でも、そのような物言いはお控え頂きたいです。
正式な養子縁組の手続きを踏んでいなかったとしても、わたくしにとっては雪乃は家族も同然なのですから」
「……」
蝉は返す言葉を求めて視線を左右に動かしていたが、やがて目を伏せ、わずかに赤面しながらぽつりと呟いた。
「……変なこと言ってごめん」
「いいえ、わたくしこそぶしつけな態度をとってしまいまして申し訳ございません」
日向子もとっさとはいえ、一瞬本気で蝉に怒りをぶつけてしまったことが恥ずかしくなって顔を赤くした。
「……家族か」
蝉はしみじみとした口調で語り出した。
「おれさ……一家心中の生き残りなの」
「蝉様……」
「借金を苦にして車で崖に突っ込んで……父さんも母さんも、まだ赤んぼだった妹も即死だったのに、なんでかおれだけ軽傷で助かっちゃったみたい」
不幸と幸運を重ね合わせたかのような蝉の過去に、日向子は胸が苦しくてたまらなくなった。
「成長して、そのへんの事情わかってからは意味もなく悩んだよ。どうしておれだけ生きてるんだろう、何の為に生きてるんだろう……って。
そんな時におれを救ってくれたのは、ココの園長センセ」
蝉は懐かしそうに目を細めて、「てのひらを太陽に」の楽譜につづられたクセのあるドレミを見つめる。
「『漸が生きているのは、まだ漸にはやらなきゃいけないことがあるからなんだ。
誰かのために。何かのために。漸はまだまだ生きていかなくちゃいけないんだよ』
……って言ってくれて、『少しでもお前が生きていく上の楽しみになってくれれば』って、ここでおれにピアノ教えてくれた」
愛しげに傷だらけのピアノを撫でる蝉。
「それがあったから今のおれがあるんだと思う……時々どうしようもなく苦しくなるけど、ピアノと出会えたことには感謝してるよ。マジで……」
日向子は微笑して頷いた。
本当にこの場所は、蝉にとっては原点そのものなのだ。
生きることの意味を知り、ピアノを奏でる喜びを知り、たくさんの家族のような存在を得て。
「ここにいらっしゃらなければ有砂様とも出会っていらっしゃらないですものね」
「そーそー、そこ重要。なんせおれをバンドにハメてくれちゃったのはよっちんだからね」
「……あら、有砂様に取材させて頂いた時には、高校の時に蝉様から誘われて軽音部に入ったのがきっかけとおっしゃっていましたけれど……」
「確かに軽音部に引っ張り込んだのはおれだけど、その前……中学時代によっちんはもうドラムやってたからね。
たまたまよっちんのガッコの学祭に行く機会があって、そん時の演奏がめちゃめちゃカッコよかったもんだから、おれもどうしてもやりたくなっちゃったんだよね~」
「まあ……そうでしたの」
「まさかその頃は、ここまで本気でやることになるなんて思ってもなかったんだけどね~……」
日向子には、蝉の辿ってきたけして安楽ではない道のりが、全てheliodorへと繋がっていたようで感慨深かった。
「蝉様の生きる意味は、heliodorのため……になったのですか?」
蝉はそれを受けて、不意に苦笑に転じた。
「……どうなんだろ。まだよくわかんないんだ……おれ」
《つづく》
2007/07/02 (Mon)
一次創作関連
「ごめんね、お姉さん。今日の練習、蝉はいないんだ」
「まあ、どうなさったのですか? 蝉様」
「うーんとね……」
万楼は芸術品めいた綺麗な顔に、苦笑を刻んだ。
「なんか、家出しちゃったみたいなんだ」
予想を越えた告白に、日向子は手にしていたいつもの白いバッグをすとんと取り落とした。
「い……家出ですの!?」
「うん。有砂に置き手紙残して行ったみたい。
『原点に返って自分を見つめ直してくる』とかって。
玄鳥が携帯にかけたけど繋がらなかった」
日向子はバッグを拾い上げるのも忘れて、淡々とドラムセットの調整を行っている有砂にちょこちょこと駆け寄る。
「あの……蝉様が家出なさったというのは本当でしょうか」
「……そうみたいやな。バイクもなくなっとったし」
「昨日の蝉様に変わったところはございませんでしたか? 何かお悩みなのでは……」
心配に胸を痛める日向子を、有砂は相変わらずの無愛想な顔で見やった。
「……気になるなら、様子を見に行ったらどうや?
あいつは多分……『スノウ・ドーム』におる」
《第3章 林檎には罪を 口付けには罰を -impatience-》【2】
「『スノウ・ドーム』……」
「結構遠かったね。車とかバイクなら半分の時間で着くみたいだけど」
電車とバスを乗り継いで2時間半。
都会の喧騒から遠く離れた山沿いの土地にそれはあった。
どうやら小さい子供たちの手で作られた手書きの看板は、風雨にあせながらも独特の温かで素朴な雰囲気を漂わせていた。
その脇には、数十段にわたる石段があり、看板の矢印はその上を示している。
「この上のようですわね」
「結構急な階段だから気を付けてね。バッグ、持ってあげる」
万楼は日向子の手荷物をひょいっと取って階段を登り始めた。
「ありがとうございます、万楼様」
日向子もその斜め後ろに続く。
「……それにしても本当によろしかったのですか? わざわざご同行頂いて」
「うん。バイトも休みだし……ボクも蝉のことは気になるし」
「やはりそうですわよね」
「……それにさ」
万楼は少し首をひねって、どこか悪戯っぽい笑顔を日向子に向けた。
「たまにはお姉さんと二人っきりで遠くへ出掛けたかったから」
「万楼様……」
今日のようによく晴れた日の、秋の高い青空のように澄んで美しい微笑に、日向子は一瞬見とれていた。
「あの……わたくしも、万楼様とご一緒出来て嬉しいですわ」
「本当? よかった」
万楼はまた前を向き直って、流石はリズミカルに石段を蹴る。
「でも、お姉さんはこれがボクじゃなくてもそう言うよね、きっと」
日向子は思わず首を傾げる。
「……先日、有砂様に似たようなことを言われた気が致しますわ」
「ふうん……やっぱり思うことはみんな一緒なんだ」
少し遅れ出した日向子に合わせ、万楼は階段を登るペースを落とした。
「お姉さんって、ボクたち5人に徹底してニュートラルだよね……記者さんなんだから当たり前だけど」
「わたくしとしては意識してそうしているわけではないのですけれど……それはよくないことでしょうか?」
「ううん、多分それが正しいんだよ。だけど男としては、ちょっと聞いてみたいかな」
「はい……?」
「お姉さんは……heliodorのメンバーの中で、誰が一番好き??」
日向子は思わず足を止めて、秋風にサラサラと絹糸のような髪をなびかせる万楼の後頭部を凝視した。
「……誰が一番、好き、か……ですか? えっと……」
「ああ、ごめん。本当に悩まなくていいよ。答えられないのわかってるから」
万楼も立ち止まり、今度は身体ごとくるりと日向子を振り返った。
「みんな同じくらい好きならそれはそれでバランスが取れるからいいのかな」
確かに日向子には難しすぎる質問だった。
紅朱も、玄鳥も、蝉も、有砂も、そして万楼も……日向子にとってはみんな等しく尊敬と好意を抱く存在だからだ。
もちろん誰が欠けてもいけないし、誰か一人を贔屓するようなこともしてはいけないような気がしていた。
というより、本当に考えたことがなかったのだ。
「うまくお答えできなくて申し訳ありません……」
「だから、それはわかっていて聞いたんだって。謝らないで」
そう言って笑った万楼は、
「……ん?」
にわかにそれを打ち消して、視線を石段の上に向けた。
「万楼様……?」
「聞こえない? 音」
日向子は黙って、秋風に耳をこらした。
「……あ……」
風は、微かにだが聞き覚えのあるメロディを、二人のもとへ運んできていた。いくつもの甲高い笑い声をまじえて。
「この曲は確か……」
「うん。絶対そう……heliodorの曲だよ」
二人は顔を見合わせて頷き、万楼はバッグを持っていない手で日向子の手を握った。
「行こう」
「……はい」
強く握る手に導かれて、日向子は急ぎ足で石段の残りを駆け上がった。
《今更背伸びをしたところで
意味がないことを知っていた
僕らの視界は交わらないよ
見たい景色が違うから》
ギターを鳴らしながら、まだ幼さの残る少女が歌っている。
《今更約束したところで
果たせないことを知っていた
僕らの時間は重ならないよ
欲しい未来が違うから》
ベースとドラムを演奏するのも、それぞれ違う年頃の少女たちで、彼女たちが鳴らす音は、heliodorの楽曲を大幅にアレンジしたものとなっている。
原曲よりポップス色が強く、いかにも愛らしい少女たちによく似合うような編曲だ。
《わかり合えない絶望を
わかり合うこともできなくて
わかったようなことばかり
わけもわからずに》
それはかなりレベルの高いheliodorのコピーバンドのようだったが、その表現はあるいは適切ではないかもしれない。
なぜならキーボードのパートを奏でているのは、コピー元の本人だったからだ。
《林檎には罪を 口付けには罰を
僕たちはふがいない王子と姫
抱えた夢ほどは愛せなかったね
大事にもできなかった
棺の中に君を残して
今 この森を去ろう》
1コーラス目が終わった時、ふと周りを見渡したキーボーディストは、日向子と万楼に気付き、その指を止めた。
「日向子ちゃん……万楼……」
ともにステージに立っていた三人の少女たちも演奏を中止し、一斉に振り返る。
丸太を組んだ素朴な円形ステージの下に集まってはしゃいでいた10人ちょっとの小さな子供たちも、不思議そうにしている。
「蝉様……お会い出来てよかったですわ」
ほっとしている日向子とは裏腹に、蝉はどこか焦ったような顔をして、
「うづみちゃん」
ドラムを担当していた、20歳かそこらであろう黒髪を三つ編みにした眼鏡の少女へと声をかけた。
うづみというらしい、いかにも真面目そうなその少女は、蝉を見やって一度頷き、立ち上がってステージを降り、日向子と万楼のほうへやって来た。
「ようこそ、《スノウ・ドーム》へ」
うづみは微笑んで、言った。
「今日は私たち《heliometer(ヘリオメーター)》のライブの日です。
よかったら、こちらへ来て聞いて下さい」
ヘリオメーター……太陽儀を意味する名前。
日向子と万楼はまた顔を見合わせた。
「あれはさ、おれがプロデュースしたコピーバンドなんだよ」
誰もいなくなった丸太のステージに腰かけて、蝉が少し得意そうに言った。
「ドラムのうづみちゃん、ベースのいづみちゃん、ギタボのちづみちゃんの三人編制で、今日はおれがサポやってみたんだケド。いいカンジだったっしょ?」
「うん。よかった」
万楼が興奮した様子で頷いた。
「特にドラムの……うづみちゃん? 頑張ればプロで通じるんじゃないかな」
「マジで? それ本人に言ってやって。めちゃめちゃ喜ぶから」
日向子は楽しそうに話す二人を見て、改めて安堵していた。
蝉が家出したと聞いた時には、何か余程深い悩みがあってのことに違いないと思い心配していたが、少なくとも今見た限りでは、予想よりは遥かに元気そうだった。
「……ここが蝉様や有砂様が生活されていた場所ですのね」
「せっかくだから有砂も来ればよかったのに」
「ど~かな~」
蝉は苦笑する。
「ぶっちゃけ、うづみちゃんは、昔っからよっちんをライバル視してんだよね~……よっちんに対抗してドラム始めた子だからさぁ。
一緒に来てなくてある意味正解だったかも」
蝉の話では、三年前にスノウ・ドームの設立者だった園長先生が他界し、ドームの出身者でスタッフとして働いていたうづみが後を継いで実質上の経営者となっているらしい。
いづみは高校生、ちづみは中学生で、それぞれドームを出た後、学生ボランティアとして働いているということだった。
一方でheliodorの大ファンでもある三人はそれぞれ楽器を勉強し、蝉の協力を受けながら「heliometer」を結成した。
毎週日曜日に子どもたちの前でライブをするのが恒例行事だという。
「さながら、heliodorの妹分ですわね」
「うん、そんなカンジ☆」
蝉は本当に嬉しそうだ。
彼にとってこの場所と、それに関わるものがどれだけ愛しいものであるかを物語っている。
「……あの、蝉様」
話の流れが一段落したところで日向子は切り出した。
「……当分、こちらでお過ごしになるおつもりですか?」
蝉はゆっくり首を横に振った。
「……ううん。明日には帰るつもり。そんなにゆっくりはしてらんないんだよね……やんなきゃいけないこといっぱいあるし」
その表情にはどこか複雑な色が見てとれた。
「蝉、帰りたくなさそう」
万楼はそれを直球で指摘した。
蝉はまた首を左右する。
「そーゆーワケじゃないんだ。マジで。ただなんていうか……」
「……お疲れでいらっしゃいますのね?」
日向子は心から労るように言った。
「……蝉様には今休息が必要でいらっしゃるのだと思いますわ」
蝉は日向子をじっと見つめて、ふっと笑んだ。
どこか辛そうに。
「……そだね。多分ちょっと疲れちゃったんだ。……おれ、すごい欲張りだからさ……なんか一個捨てられれば楽になるのに、結局全部抱えちゃうんだよね」
憂いを宿した目線が、足元へと落ちた。
「だからおれは……何をやっても、中途半端なんだ」
「蝉様……?」
「皆さん、お食事の用意ができましたよ。
食堂へお集まり下さい」
沈んだ空気を撹拌するかのように、うずみの声が響いた。
蝉は一つ溜め息をついて、
「いこっか♪」
いつものように明るい声で二人を促し、腰かけていたステージを降りた。
日向子は微かな胸騒ぎを感じていた。
《つづく》
「まあ、どうなさったのですか? 蝉様」
「うーんとね……」
万楼は芸術品めいた綺麗な顔に、苦笑を刻んだ。
「なんか、家出しちゃったみたいなんだ」
予想を越えた告白に、日向子は手にしていたいつもの白いバッグをすとんと取り落とした。
「い……家出ですの!?」
「うん。有砂に置き手紙残して行ったみたい。
『原点に返って自分を見つめ直してくる』とかって。
玄鳥が携帯にかけたけど繋がらなかった」
日向子はバッグを拾い上げるのも忘れて、淡々とドラムセットの調整を行っている有砂にちょこちょこと駆け寄る。
「あの……蝉様が家出なさったというのは本当でしょうか」
「……そうみたいやな。バイクもなくなっとったし」
「昨日の蝉様に変わったところはございませんでしたか? 何かお悩みなのでは……」
心配に胸を痛める日向子を、有砂は相変わらずの無愛想な顔で見やった。
「……気になるなら、様子を見に行ったらどうや?
あいつは多分……『スノウ・ドーム』におる」
《第3章 林檎には罪を 口付けには罰を -impatience-》【2】
「『スノウ・ドーム』……」
「結構遠かったね。車とかバイクなら半分の時間で着くみたいだけど」
電車とバスを乗り継いで2時間半。
都会の喧騒から遠く離れた山沿いの土地にそれはあった。
どうやら小さい子供たちの手で作られた手書きの看板は、風雨にあせながらも独特の温かで素朴な雰囲気を漂わせていた。
その脇には、数十段にわたる石段があり、看板の矢印はその上を示している。
「この上のようですわね」
「結構急な階段だから気を付けてね。バッグ、持ってあげる」
万楼は日向子の手荷物をひょいっと取って階段を登り始めた。
「ありがとうございます、万楼様」
日向子もその斜め後ろに続く。
「……それにしても本当によろしかったのですか? わざわざご同行頂いて」
「うん。バイトも休みだし……ボクも蝉のことは気になるし」
「やはりそうですわよね」
「……それにさ」
万楼は少し首をひねって、どこか悪戯っぽい笑顔を日向子に向けた。
「たまにはお姉さんと二人っきりで遠くへ出掛けたかったから」
「万楼様……」
今日のようによく晴れた日の、秋の高い青空のように澄んで美しい微笑に、日向子は一瞬見とれていた。
「あの……わたくしも、万楼様とご一緒出来て嬉しいですわ」
「本当? よかった」
万楼はまた前を向き直って、流石はリズミカルに石段を蹴る。
「でも、お姉さんはこれがボクじゃなくてもそう言うよね、きっと」
日向子は思わず首を傾げる。
「……先日、有砂様に似たようなことを言われた気が致しますわ」
「ふうん……やっぱり思うことはみんな一緒なんだ」
少し遅れ出した日向子に合わせ、万楼は階段を登るペースを落とした。
「お姉さんって、ボクたち5人に徹底してニュートラルだよね……記者さんなんだから当たり前だけど」
「わたくしとしては意識してそうしているわけではないのですけれど……それはよくないことでしょうか?」
「ううん、多分それが正しいんだよ。だけど男としては、ちょっと聞いてみたいかな」
「はい……?」
「お姉さんは……heliodorのメンバーの中で、誰が一番好き??」
日向子は思わず足を止めて、秋風にサラサラと絹糸のような髪をなびかせる万楼の後頭部を凝視した。
「……誰が一番、好き、か……ですか? えっと……」
「ああ、ごめん。本当に悩まなくていいよ。答えられないのわかってるから」
万楼も立ち止まり、今度は身体ごとくるりと日向子を振り返った。
「みんな同じくらい好きならそれはそれでバランスが取れるからいいのかな」
確かに日向子には難しすぎる質問だった。
紅朱も、玄鳥も、蝉も、有砂も、そして万楼も……日向子にとってはみんな等しく尊敬と好意を抱く存在だからだ。
もちろん誰が欠けてもいけないし、誰か一人を贔屓するようなこともしてはいけないような気がしていた。
というより、本当に考えたことがなかったのだ。
「うまくお答えできなくて申し訳ありません……」
「だから、それはわかっていて聞いたんだって。謝らないで」
そう言って笑った万楼は、
「……ん?」
にわかにそれを打ち消して、視線を石段の上に向けた。
「万楼様……?」
「聞こえない? 音」
日向子は黙って、秋風に耳をこらした。
「……あ……」
風は、微かにだが聞き覚えのあるメロディを、二人のもとへ運んできていた。いくつもの甲高い笑い声をまじえて。
「この曲は確か……」
「うん。絶対そう……heliodorの曲だよ」
二人は顔を見合わせて頷き、万楼はバッグを持っていない手で日向子の手を握った。
「行こう」
「……はい」
強く握る手に導かれて、日向子は急ぎ足で石段の残りを駆け上がった。
《今更背伸びをしたところで
意味がないことを知っていた
僕らの視界は交わらないよ
見たい景色が違うから》
ギターを鳴らしながら、まだ幼さの残る少女が歌っている。
《今更約束したところで
果たせないことを知っていた
僕らの時間は重ならないよ
欲しい未来が違うから》
ベースとドラムを演奏するのも、それぞれ違う年頃の少女たちで、彼女たちが鳴らす音は、heliodorの楽曲を大幅にアレンジしたものとなっている。
原曲よりポップス色が強く、いかにも愛らしい少女たちによく似合うような編曲だ。
《わかり合えない絶望を
わかり合うこともできなくて
わかったようなことばかり
わけもわからずに》
それはかなりレベルの高いheliodorのコピーバンドのようだったが、その表現はあるいは適切ではないかもしれない。
なぜならキーボードのパートを奏でているのは、コピー元の本人だったからだ。
《林檎には罪を 口付けには罰を
僕たちはふがいない王子と姫
抱えた夢ほどは愛せなかったね
大事にもできなかった
棺の中に君を残して
今 この森を去ろう》
1コーラス目が終わった時、ふと周りを見渡したキーボーディストは、日向子と万楼に気付き、その指を止めた。
「日向子ちゃん……万楼……」
ともにステージに立っていた三人の少女たちも演奏を中止し、一斉に振り返る。
丸太を組んだ素朴な円形ステージの下に集まってはしゃいでいた10人ちょっとの小さな子供たちも、不思議そうにしている。
「蝉様……お会い出来てよかったですわ」
ほっとしている日向子とは裏腹に、蝉はどこか焦ったような顔をして、
「うづみちゃん」
ドラムを担当していた、20歳かそこらであろう黒髪を三つ編みにした眼鏡の少女へと声をかけた。
うづみというらしい、いかにも真面目そうなその少女は、蝉を見やって一度頷き、立ち上がってステージを降り、日向子と万楼のほうへやって来た。
「ようこそ、《スノウ・ドーム》へ」
うづみは微笑んで、言った。
「今日は私たち《heliometer(ヘリオメーター)》のライブの日です。
よかったら、こちらへ来て聞いて下さい」
ヘリオメーター……太陽儀を意味する名前。
日向子と万楼はまた顔を見合わせた。
「あれはさ、おれがプロデュースしたコピーバンドなんだよ」
誰もいなくなった丸太のステージに腰かけて、蝉が少し得意そうに言った。
「ドラムのうづみちゃん、ベースのいづみちゃん、ギタボのちづみちゃんの三人編制で、今日はおれがサポやってみたんだケド。いいカンジだったっしょ?」
「うん。よかった」
万楼が興奮した様子で頷いた。
「特にドラムの……うづみちゃん? 頑張ればプロで通じるんじゃないかな」
「マジで? それ本人に言ってやって。めちゃめちゃ喜ぶから」
日向子は楽しそうに話す二人を見て、改めて安堵していた。
蝉が家出したと聞いた時には、何か余程深い悩みがあってのことに違いないと思い心配していたが、少なくとも今見た限りでは、予想よりは遥かに元気そうだった。
「……ここが蝉様や有砂様が生活されていた場所ですのね」
「せっかくだから有砂も来ればよかったのに」
「ど~かな~」
蝉は苦笑する。
「ぶっちゃけ、うづみちゃんは、昔っからよっちんをライバル視してんだよね~……よっちんに対抗してドラム始めた子だからさぁ。
一緒に来てなくてある意味正解だったかも」
蝉の話では、三年前にスノウ・ドームの設立者だった園長先生が他界し、ドームの出身者でスタッフとして働いていたうづみが後を継いで実質上の経営者となっているらしい。
いづみは高校生、ちづみは中学生で、それぞれドームを出た後、学生ボランティアとして働いているということだった。
一方でheliodorの大ファンでもある三人はそれぞれ楽器を勉強し、蝉の協力を受けながら「heliometer」を結成した。
毎週日曜日に子どもたちの前でライブをするのが恒例行事だという。
「さながら、heliodorの妹分ですわね」
「うん、そんなカンジ☆」
蝉は本当に嬉しそうだ。
彼にとってこの場所と、それに関わるものがどれだけ愛しいものであるかを物語っている。
「……あの、蝉様」
話の流れが一段落したところで日向子は切り出した。
「……当分、こちらでお過ごしになるおつもりですか?」
蝉はゆっくり首を横に振った。
「……ううん。明日には帰るつもり。そんなにゆっくりはしてらんないんだよね……やんなきゃいけないこといっぱいあるし」
その表情にはどこか複雑な色が見てとれた。
「蝉、帰りたくなさそう」
万楼はそれを直球で指摘した。
蝉はまた首を左右する。
「そーゆーワケじゃないんだ。マジで。ただなんていうか……」
「……お疲れでいらっしゃいますのね?」
日向子は心から労るように言った。
「……蝉様には今休息が必要でいらっしゃるのだと思いますわ」
蝉は日向子をじっと見つめて、ふっと笑んだ。
どこか辛そうに。
「……そだね。多分ちょっと疲れちゃったんだ。……おれ、すごい欲張りだからさ……なんか一個捨てられれば楽になるのに、結局全部抱えちゃうんだよね」
憂いを宿した目線が、足元へと落ちた。
「だからおれは……何をやっても、中途半端なんだ」
「蝉様……?」
「皆さん、お食事の用意ができましたよ。
食堂へお集まり下さい」
沈んだ空気を撹拌するかのように、うずみの声が響いた。
蝉は一つ溜め息をついて、
「いこっか♪」
いつものように明るい声で二人を促し、腰かけていたステージを降りた。
日向子は微かな胸騒ぎを感じていた。
《つづく》
2007/07/01 (Sun)
新作乙女ゲーム
キター。
うはっ、紫陽萌ええー!!
ねえ、なんで? いちご先生はなんで私のツボをそんなにわかっていらっしゃるのですか?? 笑。
だって、ピアノと気絶睡眠と父子愛?のコンボですよ(何だそれは)。
菫一番、葵二番の私にとって、紫陽なんてホント前回まで「今すぐ死ね」って感じだったのに(爆)、今回はホントやられたー。
サブタイトルは「えがお」だったけど、私的には「ねがお」でした(笑)。
しかし私、ほんとに寝顔ネタ好きだよなー。
太陽の国でも、1章2章と寝顔出てきますから。片方は狸寝入りだけど。笑。
とりあえず「今すぐ死ね」の座は今日から悠に譲るわ。笑。
目を覚ましてからの紫陽が楽しみです。いきなり更正するのか、そうはいかんのか……。
でもいくら紫陽萌えったって仮にも妻子持ちの人はちょっとなぁ……。汗。
菫くん……先生、君のママになってもいいっすか?(こら)
うはっ、紫陽萌ええー!!
ねえ、なんで? いちご先生はなんで私のツボをそんなにわかっていらっしゃるのですか?? 笑。
だって、ピアノと気絶睡眠と父子愛?のコンボですよ(何だそれは)。
菫一番、葵二番の私にとって、紫陽なんてホント前回まで「今すぐ死ね」って感じだったのに(爆)、今回はホントやられたー。
サブタイトルは「えがお」だったけど、私的には「ねがお」でした(笑)。
しかし私、ほんとに寝顔ネタ好きだよなー。
太陽の国でも、1章2章と寝顔出てきますから。片方は狸寝入りだけど。笑。
とりあえず「今すぐ死ね」の座は今日から悠に譲るわ。笑。
目を覚ましてからの紫陽が楽しみです。いきなり更正するのか、そうはいかんのか……。
でもいくら紫陽萌えったって仮にも妻子持ちの人はちょっとなぁ……。汗。
菫くん……先生、君のママになってもいいっすか?(こら)
2007/06/30 (Sat)
一次創作関連
「……日向子」
大きな窓から差し込む西日の眩しさに、幼い少女は目を細める。
「なんでしゅの……? おとうしゃま」
「……今日からこの子がこの屋敷で暮らすことになった」
逆光の中に立つ父と、傍らに佇む少年の姿が、太陽が沈みゆくことでゆっくりと明らかになっていく。
「……はじめまして、おじょうさま」
まだあどけない顔を緊張にこわばらせながら、少年は恭しくお辞儀した。
「ほんじつより、くぎみやたかつきせんせいのもとでべんきょうさせていただくことになった……『ゆきのぜん』です。
よろしくおねがいします」
少女は、にっこり笑った。
「はいっ。よろしくでしゅわ、じぇん!」
「……ぜん、です」
少年は生真面目に訂正した。
「……じぇんっ」
「……ぜん、です」
「だから……じぇん、でしょう?」
「……」
少年は困ったような顔をしてしばらく考えたあと、言った。
「……ゆきの、とよんでください」
《第3章 林檎には罪を 口付けには罰を -impatience-》【1】
「……先生、失礼します」
「……来たか、漸」
あの日とよく似た西日が、部屋の中を赤く染めあげている。
「……わかっているとは思うが、娘の……日向子のことだ」
「はい。お嬢様は、おかわりなく健やかにお過ごしです」
「……仕事は順調そうなのか?」
「はい。そのようにお見受け致します」
「……そうか」
60を間近にした初老の紳士は、その低い声に苦渋をにじませた。
「……もっと早く挫折するかと思ったが、あれも案外としぶとい」
それは先程の問掛けが、愛娘が選んだ道を尊重し、応援しようという意図とはまるで逆の意味を持つことを如実に物語る言葉だった。
「……それで、日向子にちょっかいを出す不届き者の影はないんだろうな?」
「……はい。そのような気配は……ございません」
紳士はとりあえず安堵したかのように深く息をついた。
「くれぐれも間違いのないよう、よく監視するように。
日向子はいずれ遠くないうちに見合いをさせて、しかるべき家に嫁がせねばならない。傷物にするわけにはいかんのだからな」
「……心得ております。
それでは、本日もお嬢様をお迎えに参りますので、失礼させて頂きます」
几帳面な礼をして、「釘宮漸」は茜色の窓に背中を向けた。
「……漸」
紳士はその背中に言葉を投げる。
「……お前も、釘宮の後継候補の自覚があるなら、雑多でやかましい軟派な軽音楽にばかり傾倒するようなことのないようにしなさい。
私が見込んだ才能を、空費するんじゃない」
「釘宮漸」は激しく渦を巻く感情を、いつものように呑み込んだ。
悟られてはいけない本心を隠した。
「……バンド活動に関しましては、先生のご寛大な配慮に感謝しております。
これからも釘宮の名に泥を塗ることのないよう、精進致します……」
「ねえ、雪乃。相談があるのだけど」
「……なんでしょうか」
日向子は懸命に頭をフル回転させながら、運転席の青年へ向け、昨日から考えておいた台詞をつむぐ。
「雪乃、お父様のお使いをしながらお勉強するの、大変ですわよね?」
「……それが私の役目ですので」
「でも雪乃はいずれ釘宮の家を継ぐ人なのだから、もっとピアノの修練に専念すべきだと思いますの!」
「……何が、おっしゃりたいのですが? お嬢様」
日向子は「来た!」とばかりに切り出した。
「例えば、わたくしの送迎だけでも誰か他の方に替わって頂いたら、随分と雪乃も楽になるのではなくて!?」
「断固お断り致します」
きっぱりした口調でぴしゃっとシャットアウトされて、日向子はたじろいだ。
「……やっぱり、ダメですの?」
「当然です……何をお考えですか」
「……ダメですわよねぇ……」
「……誰に頼まれたかは存じませんが、お嬢様を責任持って送迎するのも、私の役目です。他の誰に譲るわけにも参りません」
日向子はちょっとがっかりしたような顔をしていたが、
「そうですわね。わたくしも、こうして雪乃と話しているとなんだか安心しますし」
と、次第に機嫌を回復させた。
「わたくしたちは、子どもの頃からずっと一緒ですものね」
「はい」
「でもどうしてお父様はあなたを正式な養子にして、名実ともの後継者にしないのかしら。
いつまでもまるで使用人のような扱いをするなんて、おかしいですわよね。
高校入学を期にあなたがお父様の後継候補になることが決まったと聞いた時は、てっきりわたくしにお兄様が出来るものと思いましたのに」
「……私は、今のままで十分満足しておりますので」
日向子は小さな溜め息をついて、シートにもたれかかった。
「……お父様のお考えになることは、わたくしにはよくわかりませんわ……」
日向子を無事マンションまで送り届けた後、雪乃はいつものように、素顔を隠すレンズを外した。
日向子の部屋の窓に灯りがつくのを見届けながら、「雪乃」から「蝉」になった青年は、言えなかった真実を独り呟いた。
「……おれがキミのお兄ちゃんになれないのはね……雑多でやかましい軟派な軽音楽にばかり傾倒してるから、だよ、お嬢様……」
自嘲の笑みを浮かべながら、蝉はポケットに入れていた仕事用の携帯の電源を落とし、グローブボックスの中にしまってあったプライベート用のそれと持ち換えた。
「……あ、メール」
受信ボックスを開くと、20分ほど前に届いていたらしい紅朱からの新着メールがあった。
「……んー?」
絵文字を一つも使わない洒落っけのない文面の、簡潔なメッセージ。
『緊急ミーティングやる。仕事終わったら綾ん家に集合。
ちょっと面倒なことになった』
「面倒なこと……って何??」
「面倒なことってのは、『D-union』絡みだ」
紅朱の口から『D-union』という言葉が出た瞬間、全員が微妙な表情を浮かべた。
玄鳥の部屋……けして広くはないが、綺麗な1ルームの和室に集まったheliodorのメンバー5人。
「『D-union』……ってさ」
万楼が口を開いた。
「確か、ちょっと前に出来たボクたちの私設ファンクラブだよね。ライブの時に花くれたり、連名でファンレターくれたりする……」
「……善意の団体やで。基本的には……な」
有砂はたっぷりと含みのある言い回しで呟いた。
「学校の生徒会みたいなもんだからねー」
蝉が言った。
「マナーの悪いファンを注意したりして、ドーリィを統轄してくれてるのはマジ助かるんだケド……ちょっと過激な団体なんだよね~」
「過激な団体……??」
興味深げにリピートする万楼に、いつにないほど真剣な顔付きで玄鳥が告げた。
「どうやら……会員制掲示板で、粛清会議っていうのを毎月やってるらしくてね。
行動や思想に問題があるドーリィをターゲットとして選んで、粛清するとか」
「粛清……?」
あまりにも物騒な言葉に万楼は目をしばたかせた。
「それ、殺すわけじゃないよね?」
「当たり前だろ」
と、紅朱。
「ライブハウスに出入り出来なくなるように工作したり、メンバーに近付かないように脅迫したり……ってところだな。ほとんど犯罪スレスレだ」
「なんかすごいね……」
ジュースをちゅるちゅるストローですすりながら、万楼は目を半眼した。
「本当にそんなことやってるの?」
「現状はあくまで噂、ってとこだ。嘘か本当か定かじゃないまま、ネットで流布されて広がっちまってる」
紅朱は苦々しそうに呟く。
「だがそんな噂があるだけで十分大問題だ。
真偽を確かめたいところなんだが、なかなか容易じゃない」
「何しろ、会員以外には公開されてないですからね」
玄鳥が後を引き継いで言った。
「会員になるには、厳重な審査があるし……メンバーの俺たちが潜り込んでの内部調査も難しい」
「警察に頼んじゃえば?」
「それも噂程度では無理だよ。ことを荒だてるのは得策じゃないし……」
「そっか……」
静まりかえった部屋にチュルチュルと、万楼がすするジュースの音だけが響いた。
その沈黙を破ったのは、有砂だった。
「……お嬢に協力してもらったらどうや?」
四人はほぼ同時に有砂に視線を向けた。
「よっちん、それどゆコト?」
代表するようにたずねる蝉。
「言った通りの意味やけど?」
「つまり、あれか?」
今度は紅朱が口を開いた。
「日向子をスパイとして入会させて、内部調査するってことか?」
「それは難しいですよ」
玄鳥が言った。
「入会審査は本当に徹底していて、素性を隠すのはほとんど不可能と言っていいでしょう。
日向子さんはマスコミ関係者ですから、警戒されて審査を通らないに決まってます」
「……別に、内部に潜入せんでもええ方法があるやろ?」
「有砂、そんなもったいぶった言い方しないで教えてよ」
万楼がしびれをきらしたように訴える。他の三人も全く同じ心境だった。
有砂は、答えた。
「ターゲットになればええやろ」
「ターゲット?」
万楼は目を丸くする。
紅朱もいぶかしげに問う。
「……日向子を粛清会議にかけさせるように仕向けるってのか?」
「いくらなんでもそれは……」
玄鳥が口を挟む。
「日向子さんを危険な目に遭わせることになりかねないでしょう?
とてもじゃないけど俺は賛成できません」
「同意、同意!」
蝉は元気よく挙手する。
「日向子ちゃんを巻き込むなんてダメに決まってんじゃん!」
「反対するんやったら代替案を出したらどうや?」
有砂はさらりと切り返す。
4人は思わず沈黙した。
今度はジュースをすする音すらしない静けさが広がった。
結局、結論を保留にしたままその日の緊急ミーティングは解散となった。
「あのさぁ」
マンションに帰った後。コーヒーをいれるためにケトルを火にかける有砂に向かい、「オフ」モードになった蝉は言った。
「……よくわかんないんだケド」
「何が」
「よっちんさ……うちのお嬢様に、おれの替わりに運転手やりたいって話、マジでしたっしょ?」
「……した。誰かさんのせいで無理そうやけどな」
「それは当たり前! ……ケド、よっちんさ……こないだの一件以来、結構あの子と話したりするようになったじゃん?
おれ的にはうまくいってるんだな、って思ったワケよ。変な意味じゃなくてさ」
「……で?」
「……あの子をターゲットにしよう、なんてなんで言うの??」
どこか責めるような口調になっているのを自覚していたが、仕方がないと思った。
有砂は顔色一つ変えない。
「……バンドのメンバーとしても合理的な判断をしただけやろ。
そして、仮にお嬢が危ない目におおたとしたら、それを守るんはジブンの仕事ちゃうんか?」
「それはっ……そうだケド……」
「守りきる自信がないんやったら、偉そうに監視役を気取るのはやめるんやな……鬱陶しいだけや」
「……よっちん……」
蝉は、動揺していた。
「……ジブンは、heliodorのメンバーとしても、お嬢の世話役としても、釘宮の後継としても……中途半端やな」
つきつけられた言葉は、鋭く胸に突き刺さった。
《つづく》
大きな窓から差し込む西日の眩しさに、幼い少女は目を細める。
「なんでしゅの……? おとうしゃま」
「……今日からこの子がこの屋敷で暮らすことになった」
逆光の中に立つ父と、傍らに佇む少年の姿が、太陽が沈みゆくことでゆっくりと明らかになっていく。
「……はじめまして、おじょうさま」
まだあどけない顔を緊張にこわばらせながら、少年は恭しくお辞儀した。
「ほんじつより、くぎみやたかつきせんせいのもとでべんきょうさせていただくことになった……『ゆきのぜん』です。
よろしくおねがいします」
少女は、にっこり笑った。
「はいっ。よろしくでしゅわ、じぇん!」
「……ぜん、です」
少年は生真面目に訂正した。
「……じぇんっ」
「……ぜん、です」
「だから……じぇん、でしょう?」
「……」
少年は困ったような顔をしてしばらく考えたあと、言った。
「……ゆきの、とよんでください」
《第3章 林檎には罪を 口付けには罰を -impatience-》【1】
「……先生、失礼します」
「……来たか、漸」
あの日とよく似た西日が、部屋の中を赤く染めあげている。
「……わかっているとは思うが、娘の……日向子のことだ」
「はい。お嬢様は、おかわりなく健やかにお過ごしです」
「……仕事は順調そうなのか?」
「はい。そのようにお見受け致します」
「……そうか」
60を間近にした初老の紳士は、その低い声に苦渋をにじませた。
「……もっと早く挫折するかと思ったが、あれも案外としぶとい」
それは先程の問掛けが、愛娘が選んだ道を尊重し、応援しようという意図とはまるで逆の意味を持つことを如実に物語る言葉だった。
「……それで、日向子にちょっかいを出す不届き者の影はないんだろうな?」
「……はい。そのような気配は……ございません」
紳士はとりあえず安堵したかのように深く息をついた。
「くれぐれも間違いのないよう、よく監視するように。
日向子はいずれ遠くないうちに見合いをさせて、しかるべき家に嫁がせねばならない。傷物にするわけにはいかんのだからな」
「……心得ております。
それでは、本日もお嬢様をお迎えに参りますので、失礼させて頂きます」
几帳面な礼をして、「釘宮漸」は茜色の窓に背中を向けた。
「……漸」
紳士はその背中に言葉を投げる。
「……お前も、釘宮の後継候補の自覚があるなら、雑多でやかましい軟派な軽音楽にばかり傾倒するようなことのないようにしなさい。
私が見込んだ才能を、空費するんじゃない」
「釘宮漸」は激しく渦を巻く感情を、いつものように呑み込んだ。
悟られてはいけない本心を隠した。
「……バンド活動に関しましては、先生のご寛大な配慮に感謝しております。
これからも釘宮の名に泥を塗ることのないよう、精進致します……」
「ねえ、雪乃。相談があるのだけど」
「……なんでしょうか」
日向子は懸命に頭をフル回転させながら、運転席の青年へ向け、昨日から考えておいた台詞をつむぐ。
「雪乃、お父様のお使いをしながらお勉強するの、大変ですわよね?」
「……それが私の役目ですので」
「でも雪乃はいずれ釘宮の家を継ぐ人なのだから、もっとピアノの修練に専念すべきだと思いますの!」
「……何が、おっしゃりたいのですが? お嬢様」
日向子は「来た!」とばかりに切り出した。
「例えば、わたくしの送迎だけでも誰か他の方に替わって頂いたら、随分と雪乃も楽になるのではなくて!?」
「断固お断り致します」
きっぱりした口調でぴしゃっとシャットアウトされて、日向子はたじろいだ。
「……やっぱり、ダメですの?」
「当然です……何をお考えですか」
「……ダメですわよねぇ……」
「……誰に頼まれたかは存じませんが、お嬢様を責任持って送迎するのも、私の役目です。他の誰に譲るわけにも参りません」
日向子はちょっとがっかりしたような顔をしていたが、
「そうですわね。わたくしも、こうして雪乃と話しているとなんだか安心しますし」
と、次第に機嫌を回復させた。
「わたくしたちは、子どもの頃からずっと一緒ですものね」
「はい」
「でもどうしてお父様はあなたを正式な養子にして、名実ともの後継者にしないのかしら。
いつまでもまるで使用人のような扱いをするなんて、おかしいですわよね。
高校入学を期にあなたがお父様の後継候補になることが決まったと聞いた時は、てっきりわたくしにお兄様が出来るものと思いましたのに」
「……私は、今のままで十分満足しておりますので」
日向子は小さな溜め息をついて、シートにもたれかかった。
「……お父様のお考えになることは、わたくしにはよくわかりませんわ……」
日向子を無事マンションまで送り届けた後、雪乃はいつものように、素顔を隠すレンズを外した。
日向子の部屋の窓に灯りがつくのを見届けながら、「雪乃」から「蝉」になった青年は、言えなかった真実を独り呟いた。
「……おれがキミのお兄ちゃんになれないのはね……雑多でやかましい軟派な軽音楽にばかり傾倒してるから、だよ、お嬢様……」
自嘲の笑みを浮かべながら、蝉はポケットに入れていた仕事用の携帯の電源を落とし、グローブボックスの中にしまってあったプライベート用のそれと持ち換えた。
「……あ、メール」
受信ボックスを開くと、20分ほど前に届いていたらしい紅朱からの新着メールがあった。
「……んー?」
絵文字を一つも使わない洒落っけのない文面の、簡潔なメッセージ。
『緊急ミーティングやる。仕事終わったら綾ん家に集合。
ちょっと面倒なことになった』
「面倒なこと……って何??」
「面倒なことってのは、『D-union』絡みだ」
紅朱の口から『D-union』という言葉が出た瞬間、全員が微妙な表情を浮かべた。
玄鳥の部屋……けして広くはないが、綺麗な1ルームの和室に集まったheliodorのメンバー5人。
「『D-union』……ってさ」
万楼が口を開いた。
「確か、ちょっと前に出来たボクたちの私設ファンクラブだよね。ライブの時に花くれたり、連名でファンレターくれたりする……」
「……善意の団体やで。基本的には……な」
有砂はたっぷりと含みのある言い回しで呟いた。
「学校の生徒会みたいなもんだからねー」
蝉が言った。
「マナーの悪いファンを注意したりして、ドーリィを統轄してくれてるのはマジ助かるんだケド……ちょっと過激な団体なんだよね~」
「過激な団体……??」
興味深げにリピートする万楼に、いつにないほど真剣な顔付きで玄鳥が告げた。
「どうやら……会員制掲示板で、粛清会議っていうのを毎月やってるらしくてね。
行動や思想に問題があるドーリィをターゲットとして選んで、粛清するとか」
「粛清……?」
あまりにも物騒な言葉に万楼は目をしばたかせた。
「それ、殺すわけじゃないよね?」
「当たり前だろ」
と、紅朱。
「ライブハウスに出入り出来なくなるように工作したり、メンバーに近付かないように脅迫したり……ってところだな。ほとんど犯罪スレスレだ」
「なんかすごいね……」
ジュースをちゅるちゅるストローですすりながら、万楼は目を半眼した。
「本当にそんなことやってるの?」
「現状はあくまで噂、ってとこだ。嘘か本当か定かじゃないまま、ネットで流布されて広がっちまってる」
紅朱は苦々しそうに呟く。
「だがそんな噂があるだけで十分大問題だ。
真偽を確かめたいところなんだが、なかなか容易じゃない」
「何しろ、会員以外には公開されてないですからね」
玄鳥が後を引き継いで言った。
「会員になるには、厳重な審査があるし……メンバーの俺たちが潜り込んでの内部調査も難しい」
「警察に頼んじゃえば?」
「それも噂程度では無理だよ。ことを荒だてるのは得策じゃないし……」
「そっか……」
静まりかえった部屋にチュルチュルと、万楼がすするジュースの音だけが響いた。
その沈黙を破ったのは、有砂だった。
「……お嬢に協力してもらったらどうや?」
四人はほぼ同時に有砂に視線を向けた。
「よっちん、それどゆコト?」
代表するようにたずねる蝉。
「言った通りの意味やけど?」
「つまり、あれか?」
今度は紅朱が口を開いた。
「日向子をスパイとして入会させて、内部調査するってことか?」
「それは難しいですよ」
玄鳥が言った。
「入会審査は本当に徹底していて、素性を隠すのはほとんど不可能と言っていいでしょう。
日向子さんはマスコミ関係者ですから、警戒されて審査を通らないに決まってます」
「……別に、内部に潜入せんでもええ方法があるやろ?」
「有砂、そんなもったいぶった言い方しないで教えてよ」
万楼がしびれをきらしたように訴える。他の三人も全く同じ心境だった。
有砂は、答えた。
「ターゲットになればええやろ」
「ターゲット?」
万楼は目を丸くする。
紅朱もいぶかしげに問う。
「……日向子を粛清会議にかけさせるように仕向けるってのか?」
「いくらなんでもそれは……」
玄鳥が口を挟む。
「日向子さんを危険な目に遭わせることになりかねないでしょう?
とてもじゃないけど俺は賛成できません」
「同意、同意!」
蝉は元気よく挙手する。
「日向子ちゃんを巻き込むなんてダメに決まってんじゃん!」
「反対するんやったら代替案を出したらどうや?」
有砂はさらりと切り返す。
4人は思わず沈黙した。
今度はジュースをすする音すらしない静けさが広がった。
結局、結論を保留にしたままその日の緊急ミーティングは解散となった。
「あのさぁ」
マンションに帰った後。コーヒーをいれるためにケトルを火にかける有砂に向かい、「オフ」モードになった蝉は言った。
「……よくわかんないんだケド」
「何が」
「よっちんさ……うちのお嬢様に、おれの替わりに運転手やりたいって話、マジでしたっしょ?」
「……した。誰かさんのせいで無理そうやけどな」
「それは当たり前! ……ケド、よっちんさ……こないだの一件以来、結構あの子と話したりするようになったじゃん?
おれ的にはうまくいってるんだな、って思ったワケよ。変な意味じゃなくてさ」
「……で?」
「……あの子をターゲットにしよう、なんてなんで言うの??」
どこか責めるような口調になっているのを自覚していたが、仕方がないと思った。
有砂は顔色一つ変えない。
「……バンドのメンバーとしても合理的な判断をしただけやろ。
そして、仮にお嬢が危ない目におおたとしたら、それを守るんはジブンの仕事ちゃうんか?」
「それはっ……そうだケド……」
「守りきる自信がないんやったら、偉そうに監視役を気取るのはやめるんやな……鬱陶しいだけや」
「……よっちん……」
蝉は、動揺していた。
「……ジブンは、heliodorのメンバーとしても、お嬢の世話役としても、釘宮の後継としても……中途半端やな」
つきつけられた言葉は、鋭く胸に突き刺さった。
《つづく》
2007/06/29 (Fri)
一次創作関連
第2章も無事に【5】で終了~。
やっぱり5ページってちょうどいいわ。
起・承・転・結、その後……って感じで書けるからバランス取って物語を組み立てやすい。
準備段階で書いた「ついにカテゴリが」とかって記事に「ドラムのキャラがまだちゃんと決まってない」「乙女ゲームによくあるキャラになりそうだからシナリオを頑張らないと」みたいなことを書いたと思うんだけど、私の中ではありそうでちょっとなかった路線をつけたんじゃないかと。
有砂は実は「学園ヘヴン」という超有名なBLゲームに出てくる「岩井卓人」というキャラクターが元になってまして。
もはや、どこが? って感じだが。笑。
私はその親友のほうが本命で、正味全然萌えキャラではないんだが、惜しいなあと思う部分も結構あったんだよね。
「じゃあ逆にどうなら萌えなんだ?」というところを突き詰めたら、「いい人過ぎる」のかなぁと。
もっと性格的に歪んで荒んでたほうがいいなぁと。
そうして有砂が誕生しました。笑。
同じように遙か3の有川譲から玄鳥が導き出されたりしております。
例えば「多分この性格で年下だから萌えないんだ」と思ったので、玄鳥は日向子とタメになりました。笑。
私の場合は自分の萌えキャラをそのまんま書いても面白く感じないんで、こんなふうに「萌え要素はあるが、なんとなく萌えないキャラ」を改造して作ることが多かったり。笑。
まあ、どっちにしろ趣味に走ってることには変わりがないけど。
しかし、いきなり対象年齢上がったなあ……この小説。笑。
今回も【1】から振り返ります。
今回は万楼編に比べると、かなり日向子目線じゃない描写が多いんだけど、それもこれも冒頭の夢ネタを入れなきゃならなかったからだったり。
これが全体から浮かないようにするためにそうしたんだけど、大丈夫だったでしょうか??
ここを見る限り、蝉は親友というより有砂の嫁だな。笑。
あと、みんなのバイトが発覚。多分紅朱が一番衝撃的。まず制服が絶対に似合わないと思う。笑。
想像するに紅朱は多分、髪を三編みにしてバイトしてるんじゃないかと。
デュオ・マックスウェル風に。
【2】で、ハメを外し過ぎてあやうく18禁になるところでした。笑。
なにしろ魔性の熟女・薔子さん投入。濃いです。昼ドラです。爆。
前に言ったように、今回は「不思議の国のアリス」を下地にしてるんで、薔子さんはハートの女王です。わかりやすい。笑。
モデルは職場の上司です。ファッションとかも、明らかに一人だけ独自ワールドを展開してる、不思議な女性なんで。笑。
薔子よりもっと若い人だけど、すごい綺麗で、ちょっと冷たい感じがするけど、案外いい人。爆。
初めて会った時、なんか映画の「スワロウテイル」の「グリコ」みたいな喋り方する人だなぁって思った。日本人ですが。笑。
こんなの書いたのバレたら私の首が飛ぶかもしれないがな。汗。
ラストの雪乃のシーンがよかった、と朝一番になゆきさんからメール頂いたので嬉しかったっス。
【3】、今回はライブシーンがなかったので、かわりに蝉くんにピアノを奏でてもらいました。
こういう時に大変絵になるので、お得です。キーボーディスト。
有砂の過去が判明しましたが、彼のトラウマは二層構造なんでまだ全貌は明らかにしてない。
後述の【5】でちらっと出てくるけどね。
SS#3見てもらうと、伏線らしきものがあるんで何があったか想像してみて下さい。笑。
そういや、全然関係ないけど、私はそのうち携帯変えたいと思って、キャラの名前を辞書登録してないんで、日向子と蝉以外は普通には変換できないのよ。
有砂って入れる時は「ありすな」って入れてるんで、一々「アリス九號.」が頭をよぎるんだよね。笑。
ちなみにメンバーの名前を無理矢理一発変換するとこんな感じ。
好手。玄と。全。魔楼。亜利砂。
なんか万楼が妙にかっこいい!! 爆。
閑話休題。
一応今回の肝となる【4】は、非常にVitamin Xっぽい展開です。草薙一のイベントでこういうのあるしねぇ。笑。
一番悩んだところはどこで寸止めするかでした。笑笑。
あと有砂をどこまで脱がすかとかね。爆。
あんまり行き過ぎると、マジで18禁になっちゃうからね。
ブログで垂れ流せないしろもんになっちゃうから。笑。
ま、そんなこと言いながら最後も下ネタで締めてますがね。汗。
【5】で、いきなり薔子さんが案外悪い人でもなさそうなことが判明。急展開。笑。
個人的にはもうちょい引っ張りたかったんだけど、まあいいか。
秀人パパやりたい放題。
リアルに私の父親がこういう人なんで、笑えないねー。
そして、妹君の行方がわりとあっけなく発覚。
不思議の国のアリスは、うさぎを追い掛けて夢の世界をさまよう話だから、うさぎ……といえば、まあミミですわなぁ。
序章の【2】のタイトルのすぐ後の台詞で、有砂の名前の前に意味深な三点リードが入ってるんですが、ここで「ああ、この人と関係あるのね」と思った方はいらっしゃるんでしょうか……?
第3章は今回も大活躍だった蝉がメイン。
雪乃もガンガン出ます。当たり前だけど。笑。
今回もご意見ご感想お待ちしてまーす!!
やっぱり5ページってちょうどいいわ。
起・承・転・結、その後……って感じで書けるからバランス取って物語を組み立てやすい。
準備段階で書いた「ついにカテゴリが」とかって記事に「ドラムのキャラがまだちゃんと決まってない」「乙女ゲームによくあるキャラになりそうだからシナリオを頑張らないと」みたいなことを書いたと思うんだけど、私の中ではありそうでちょっとなかった路線をつけたんじゃないかと。
有砂は実は「学園ヘヴン」という超有名なBLゲームに出てくる「岩井卓人」というキャラクターが元になってまして。
もはや、どこが? って感じだが。笑。
私はその親友のほうが本命で、正味全然萌えキャラではないんだが、惜しいなあと思う部分も結構あったんだよね。
「じゃあ逆にどうなら萌えなんだ?」というところを突き詰めたら、「いい人過ぎる」のかなぁと。
もっと性格的に歪んで荒んでたほうがいいなぁと。
そうして有砂が誕生しました。笑。
同じように遙か3の有川譲から玄鳥が導き出されたりしております。
例えば「多分この性格で年下だから萌えないんだ」と思ったので、玄鳥は日向子とタメになりました。笑。
私の場合は自分の萌えキャラをそのまんま書いても面白く感じないんで、こんなふうに「萌え要素はあるが、なんとなく萌えないキャラ」を改造して作ることが多かったり。笑。
まあ、どっちにしろ趣味に走ってることには変わりがないけど。
しかし、いきなり対象年齢上がったなあ……この小説。笑。
今回も【1】から振り返ります。
今回は万楼編に比べると、かなり日向子目線じゃない描写が多いんだけど、それもこれも冒頭の夢ネタを入れなきゃならなかったからだったり。
これが全体から浮かないようにするためにそうしたんだけど、大丈夫だったでしょうか??
ここを見る限り、蝉は親友というより有砂の嫁だな。笑。
あと、みんなのバイトが発覚。多分紅朱が一番衝撃的。まず制服が絶対に似合わないと思う。笑。
想像するに紅朱は多分、髪を三編みにしてバイトしてるんじゃないかと。
デュオ・マックスウェル風に。
【2】で、ハメを外し過ぎてあやうく18禁になるところでした。笑。
なにしろ魔性の熟女・薔子さん投入。濃いです。昼ドラです。爆。
前に言ったように、今回は「不思議の国のアリス」を下地にしてるんで、薔子さんはハートの女王です。わかりやすい。笑。
モデルは職場の上司です。ファッションとかも、明らかに一人だけ独自ワールドを展開してる、不思議な女性なんで。笑。
薔子よりもっと若い人だけど、すごい綺麗で、ちょっと冷たい感じがするけど、案外いい人。爆。
初めて会った時、なんか映画の「スワロウテイル」の「グリコ」みたいな喋り方する人だなぁって思った。日本人ですが。笑。
こんなの書いたのバレたら私の首が飛ぶかもしれないがな。汗。
ラストの雪乃のシーンがよかった、と朝一番になゆきさんからメール頂いたので嬉しかったっス。
【3】、今回はライブシーンがなかったので、かわりに蝉くんにピアノを奏でてもらいました。
こういう時に大変絵になるので、お得です。キーボーディスト。
有砂の過去が判明しましたが、彼のトラウマは二層構造なんでまだ全貌は明らかにしてない。
後述の【5】でちらっと出てくるけどね。
SS#3見てもらうと、伏線らしきものがあるんで何があったか想像してみて下さい。笑。
そういや、全然関係ないけど、私はそのうち携帯変えたいと思って、キャラの名前を辞書登録してないんで、日向子と蝉以外は普通には変換できないのよ。
有砂って入れる時は「ありすな」って入れてるんで、一々「アリス九號.」が頭をよぎるんだよね。笑。
ちなみにメンバーの名前を無理矢理一発変換するとこんな感じ。
好手。玄と。全。魔楼。亜利砂。
なんか万楼が妙にかっこいい!! 爆。
閑話休題。
一応今回の肝となる【4】は、非常にVitamin Xっぽい展開です。草薙一のイベントでこういうのあるしねぇ。笑。
一番悩んだところはどこで寸止めするかでした。笑笑。
あと有砂をどこまで脱がすかとかね。爆。
あんまり行き過ぎると、マジで18禁になっちゃうからね。
ブログで垂れ流せないしろもんになっちゃうから。笑。
ま、そんなこと言いながら最後も下ネタで締めてますがね。汗。
【5】で、いきなり薔子さんが案外悪い人でもなさそうなことが判明。急展開。笑。
個人的にはもうちょい引っ張りたかったんだけど、まあいいか。
秀人パパやりたい放題。
リアルに私の父親がこういう人なんで、笑えないねー。
そして、妹君の行方がわりとあっけなく発覚。
不思議の国のアリスは、うさぎを追い掛けて夢の世界をさまよう話だから、うさぎ……といえば、まあミミですわなぁ。
序章の【2】のタイトルのすぐ後の台詞で、有砂の名前の前に意味深な三点リードが入ってるんですが、ここで「ああ、この人と関係あるのね」と思った方はいらっしゃるんでしょうか……?
第3章は今回も大活躍だった蝉がメイン。
雪乃もガンガン出ます。当たり前だけど。笑。
今回もご意見ご感想お待ちしてまーす!!
2007/06/29 (Fri)
一次創作関連
「……というわけだケド、一応この件は玄鳥には内緒ってコトで!」
「そうだよね。玄鳥には絶対聞かせられないね……」
蝉の言葉に万楼はしきりに首を上下し、紅朱はしばらく考えた後、しれっと呟いた。
「まあ確かに……綾は真面目だからキレるかもしれないよな」
蝉と万楼は同時に紅朱をちらっと見て、顔を見合わせ、ひそひそ声で話し出した。
「マジだよ、この人……まだ玄鳥の気持ち気付いてない」
「あれで気付かないのリーダーとお姉さんくらいだよねぇ?」
「兄としてどーなんだろ、それ……」
「リーダーらしいと言えばリーダーらしいけど」
「なんだよ、何こそこそ喋ってんだよ。感じわりィぞ。俺も蚊帳の外か?」
少々苛立った様子の紅朱を振り返り、二人は綺麗にハモって言った。
「ないしょ」
《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【5】
「そう……辞めるのね」
「ええ……元々契約は3年やし、潮時やと思いますんで」
「モデルの仕事は楽しくなかったかしら」
「……普通、かな」
「最高に可愛くない感想ね」
カップとソーサーがぶつかる、硬質な音が響き渡った。
「じゃあ……わたしは? 楽しくなかった?」
テーブルに肘をついて顎を乗せた薔子は、上目で有砂の涼しげな顔を見た。
「楽しくなくはないですけど……」
有砂はにこりともせずに答える。
「毎回毎回、最中に名前間違われるんは、流石に興冷めですね……」
薔子は目をすがめた。
「構わないと言ったのはあなたじゃなかった?」
「……」
「いいわ。追いすがるとか趣味じゃないの。終わりにしてあげる」
華やかな赤い唇に、どこか哀しげな笑みが浮かぶ。
「もう会うこともないかもしれないわね……わたしはあなたの『お義母さん』ですらなくなるんだから」
ネイルで彩られた左手の薬指には、リングがない。
「今度のママは、あなたより年下だそうよ。良かったわね、若いママができて……」
有砂は何も言わない。
「所詮わたしは、もう何年も前から名ばかりの女王だったわ……あなた、わたしをずっと憐れんでいたでしょう?
初めて会った時からずっとそんな目をしてたから、生意気で、許せないと思ってた。
だから汚してやろうと思ったのに、無駄だったみたい……当然よね。
赤く塗り潰しても白薔薇は白薔薇でしかないんだから……」
紫色の瞳から溢れた雫が、カップの水面に波紋を生じる。
「……お別れを言う前に謝っておくことがあるわ。
黙っていてごめんなさい……知らなかったでしょうけど、この数年間、あなた宛に何度か手紙をよこしてきたのよ……有砂ちゃん」
初めて有砂の顔にわずかな動揺が走った。
「……有砂が……?」
「全部、あの人が封も開けずに握り潰してたから、何が書いてあったのかも知らない。
……だけど、きっとあなたに会いたかっ」
「やめてくれ」
有砂はきゅっと目を閉じて頭を横に振った。
「……期待したくない……それ以上は聞きたないです……」
「中学生の頃の……本当のおかあさまとのこと、引きずっているのね」
「……」
「確かに……あなたが本格的に心を閉ざしたのはあれからだったものね」
どこか息苦しそうな顔で、有砂は視線を足元に落とした。
「……有砂のことはもうええ。会わないつもりです……もう永遠に」
「……あなたが『有砂』と名乗るのは、決別の証?
トラウマになっている名前を自ら名乗ることで、乗り越えたいの?」
「……そうです」
「そうね……決めるのはあなただと思う。だけど」
薔子は組んだ手に乗せていた顎を引いて、姿勢を正した。
「……これが本当に最後。義母親らしいこと、ひとつだけ言うわ」
涙で化粧が少し崩れた顔に、これまで有砂が見たことのないような優しい笑みが浮かぶ。
「いつまでも悪い夢に逃げ込んでいてはダメ。
あなたは幸せにならなくてはいけない人よ。
独りでは難しいなら……誰かを頼ったっていいんだから、ね」
しばしの沈黙の後、有砂はゆっくり立ち上がって、薔子の横を通り過ぎて行った。
薔子は振り返らない。
ドアを開けると、すぐ目の前に日向子が立っていた。
心配そうに有砂の顔を覗き込む仕草に、悪夢の中に置き去りにしていた幼い面影が重なって見えた。
有砂はまた一度きつく目を閉じて、部屋の中で、きっとまだ泣いている一人の女性に最後の言葉をかけた。
「……ありがとう。かあさん」
「でもなんだか惜しい気が致しますわ」
「……何が」
「モデルをなさっている有砂様も、なんだかいつもとは違った雰囲気でとても素敵でいらっしゃいましたもの。
わたくしも思わず見とれてしまいましたし」
サイドシートでにこにこしている日向子を横目で見て、有砂は呆れたように言った。
「ジブン、深く考えずに、誰にでもそういうこと言うクチやろう」
「まあ、そのようなことはないと思いますけれど」
「いや、無意識にゆーてる筈やで」
有砂の指摘は的確なものだったが、日向子には驚くほど自覚がなかった。
「まあ……オレは別にかまへんけどな。そういう発言を一々真に受けて舞い上がるアホもおるから、気ぃつけや」
日向子は相変わらず要領を得ないようなぽやんとした顔をしていたが、
「……でもわたくし、本当に有砂様は素敵だと思いますわ。
お背が高くていらっしゃって、スタイルがおよろしいから何を着てもお似合いですもの。
雰囲気も大人っぽくて落ち着いていらっしゃるし、話し方も静かで知的な感じが致しますわ。
それにステージでドラムを叩いていらっしゃる時など、本当に……」
「あーっ、だからそれをやめ、ゆーてるんやろ!」
「でもわたくしは……」
有砂が手の甲でダン、とウインドウを叩くと、日向子は流石にびっくりして止まった。
「……では、自粛致しますわ……」
隣で目をぱちぱちさせる日向子の耳に届かないような小声、有砂は、溜め息まじりで呟いた。
「……舞い上がらす気ぃか。アホ」
「そっかそっか、じゃあ原稿はなんとか間に合いそうなんだね」
「はい、蝉様へのインタビューは次回に持ち越しになってしまいそうですけれど」
いつものカフェから、編集部オフィスまでの帰り道、日向子は美々にここまでの取材の報告をしていた。
「いいんじゃない? リズム隊好きのドーリィは熱狂的なの多いし」
「どーりぃ? とはなんですの?」
日向子の知らない単語だった。
「heliodorのファンは自分たちのことをそう呼ぶんだよ。別にメンバーが認定したわけじゃないけど定着してるみたい」
「そうでしたの。美々お姉さまは本当に、heliodorのことをよくご存じですのね??」
「んー……別にそういうわけでもないんだけどね。実はライブだって行ったことないし」
「まあ、では今度のライブには是非ご一緒致しましょう!?」
「え~? いいよ、あたしは。最近またかなり忙しいしさ」
苦笑して手をひらつかせる美々に日向子は残念そうに肩を落とした。
「残念ですわ……」
「うん。ごめんね~」
そんなことを話しながらふと、二人は向こうからやってきた同じく二人組の若い男とすれ違いかけた。
「……あれ? 井上!?」
男の一人が立ち止まり、もう一人も遅れて立ち止まる。
続いて美々と日向子も立ち止まり、そちらを振り返る。
グレーのニット帽の男は、嬉しそうに美々に話しかける。
「ほら、高校ん時一緒だった田村だよ! わかんねぇかな?」
「田村……ってあの田村!? やばい、超久々じゃん! 元気!?」
どうやら高校時代の同級生の偶然の再会だったらしい。
日向子は楽しげな美々の姿を嬉しそうに見ていた。
「……ってことだからさ、忙しくても、もっと同窓会とか顔出せよな?」
「はいはい。わかったよ。じゃあね~、元気でね」
「おう。またな~!」
ハイテンションな長くはない立ち話が終わって、田村というらしい青年とその連れは去って行った。
「ごめん、待たせちゃって」
「いいえ、大丈夫ですわ。では編集部に戻りましょうか?」
また歩き出した日向子たちの遥か後方で、田村はまだ興奮さめやらぬ様子で連れと話していた。
「まさかこんなとこで会うとは思わなかったなぁ」
「あの子か~、お前が高校時代に告って玉砕した、クラス一番の美人って」
「そうそう、かなりイケてたろ!?」
「ま、確かに綺麗だよなぁ」
「同窓会来てくれたらオレまた狙っちゃおっかなぁ……マジでいい女だよなぁ……井上、有砂……!!」
「皆さん……俺に何か隠してませんか?」
玄鳥が思いきって口を開くと、めいめいに鳴らしていた音が一瞬ぷつんと止んで、また鳴り出した。
「兄貴?」
「さぁな……なんのことだかわかんねェな」
「蝉さん?」
「えっ? 何? 何言っちゃってんの? おれたち仲間じゃん! 隠し事なんかあるわけないない♪」
「……万楼?」
「聞こえなーい、ボク、ベースの音でなんにも聞こえなーい」
「……有砂さん?」
玄鳥が最後の一人を振り返ると、練習中にも関わらず何やら薄っぺらい雑誌をめくっていた。
「……って、何サボってるんですか!」
「しゃあないやろ、こっちは緊急に新しい仕事探さなあかんねんから」
「新しい仕事……?」
よく見れば、有砂がめくっているのはバイト求人情報のフリーペーパーだった。
「……有砂さん、モデルの仕事辞めちゃったんですか?」
「……辞めた。契約分はちゃんと働いたからな」
最後までめくり終わったフリーペーパーを投げ捨てて、有砂は欠伸をした。
「今更、時給何百円で働くのもなんやアホらしいな……」
時給何百円で絶賛労働中のメンバーたちは一斉に睨んだが、有砂は我関せずで呟く。
「……やっぱりあの件、お嬢に本気で頼んでみるか……」
「あの件?」
反芻する玄鳥。
有砂はスティックを握りながら、こともなげに言う。
「今のヤツよりかは口やかましくなくて、お嬢の仕事に理解のある運転手を雇う気はないか……って」
「ちょっ……有砂さっ」
「絶っっっ対ダメーーっ!!!」
玄鳥の声を遮って、蝉が絶叫した。
「そんなのおれは認めないぞっっっ!!」
「……リーダー、なんで蝉が取り乱すの?」
「俺が知るか」
ドラムセットに駆け寄って飛び付くようにして蝉は騒ぎ立てる。
「そんなこと冗談でも絶対言っちゃっダメだよっ! よっちん!! あの子うっかり快諾しかねないからっ!!」
「……へえ、そうなんや。ならホンマ頼んでみるか」
「よっちん……!!」
有砂はさながら威嚇するかのように、左手でシャン、とクラッシュライドを鳴らした。
「……口は災いの元。きっちり報復させてもらうで……抱き枕くん」
「あ」
有砂の身の毛がよだつほど不敵な笑みに、蝉は茫然自失となって凍りつくしかなかった。
《第3章につづく》
「そうだよね。玄鳥には絶対聞かせられないね……」
蝉の言葉に万楼はしきりに首を上下し、紅朱はしばらく考えた後、しれっと呟いた。
「まあ確かに……綾は真面目だからキレるかもしれないよな」
蝉と万楼は同時に紅朱をちらっと見て、顔を見合わせ、ひそひそ声で話し出した。
「マジだよ、この人……まだ玄鳥の気持ち気付いてない」
「あれで気付かないのリーダーとお姉さんくらいだよねぇ?」
「兄としてどーなんだろ、それ……」
「リーダーらしいと言えばリーダーらしいけど」
「なんだよ、何こそこそ喋ってんだよ。感じわりィぞ。俺も蚊帳の外か?」
少々苛立った様子の紅朱を振り返り、二人は綺麗にハモって言った。
「ないしょ」
《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【5】
「そう……辞めるのね」
「ええ……元々契約は3年やし、潮時やと思いますんで」
「モデルの仕事は楽しくなかったかしら」
「……普通、かな」
「最高に可愛くない感想ね」
カップとソーサーがぶつかる、硬質な音が響き渡った。
「じゃあ……わたしは? 楽しくなかった?」
テーブルに肘をついて顎を乗せた薔子は、上目で有砂の涼しげな顔を見た。
「楽しくなくはないですけど……」
有砂はにこりともせずに答える。
「毎回毎回、最中に名前間違われるんは、流石に興冷めですね……」
薔子は目をすがめた。
「構わないと言ったのはあなたじゃなかった?」
「……」
「いいわ。追いすがるとか趣味じゃないの。終わりにしてあげる」
華やかな赤い唇に、どこか哀しげな笑みが浮かぶ。
「もう会うこともないかもしれないわね……わたしはあなたの『お義母さん』ですらなくなるんだから」
ネイルで彩られた左手の薬指には、リングがない。
「今度のママは、あなたより年下だそうよ。良かったわね、若いママができて……」
有砂は何も言わない。
「所詮わたしは、もう何年も前から名ばかりの女王だったわ……あなた、わたしをずっと憐れんでいたでしょう?
初めて会った時からずっとそんな目をしてたから、生意気で、許せないと思ってた。
だから汚してやろうと思ったのに、無駄だったみたい……当然よね。
赤く塗り潰しても白薔薇は白薔薇でしかないんだから……」
紫色の瞳から溢れた雫が、カップの水面に波紋を生じる。
「……お別れを言う前に謝っておくことがあるわ。
黙っていてごめんなさい……知らなかったでしょうけど、この数年間、あなた宛に何度か手紙をよこしてきたのよ……有砂ちゃん」
初めて有砂の顔にわずかな動揺が走った。
「……有砂が……?」
「全部、あの人が封も開けずに握り潰してたから、何が書いてあったのかも知らない。
……だけど、きっとあなたに会いたかっ」
「やめてくれ」
有砂はきゅっと目を閉じて頭を横に振った。
「……期待したくない……それ以上は聞きたないです……」
「中学生の頃の……本当のおかあさまとのこと、引きずっているのね」
「……」
「確かに……あなたが本格的に心を閉ざしたのはあれからだったものね」
どこか息苦しそうな顔で、有砂は視線を足元に落とした。
「……有砂のことはもうええ。会わないつもりです……もう永遠に」
「……あなたが『有砂』と名乗るのは、決別の証?
トラウマになっている名前を自ら名乗ることで、乗り越えたいの?」
「……そうです」
「そうね……決めるのはあなただと思う。だけど」
薔子は組んだ手に乗せていた顎を引いて、姿勢を正した。
「……これが本当に最後。義母親らしいこと、ひとつだけ言うわ」
涙で化粧が少し崩れた顔に、これまで有砂が見たことのないような優しい笑みが浮かぶ。
「いつまでも悪い夢に逃げ込んでいてはダメ。
あなたは幸せにならなくてはいけない人よ。
独りでは難しいなら……誰かを頼ったっていいんだから、ね」
しばしの沈黙の後、有砂はゆっくり立ち上がって、薔子の横を通り過ぎて行った。
薔子は振り返らない。
ドアを開けると、すぐ目の前に日向子が立っていた。
心配そうに有砂の顔を覗き込む仕草に、悪夢の中に置き去りにしていた幼い面影が重なって見えた。
有砂はまた一度きつく目を閉じて、部屋の中で、きっとまだ泣いている一人の女性に最後の言葉をかけた。
「……ありがとう。かあさん」
「でもなんだか惜しい気が致しますわ」
「……何が」
「モデルをなさっている有砂様も、なんだかいつもとは違った雰囲気でとても素敵でいらっしゃいましたもの。
わたくしも思わず見とれてしまいましたし」
サイドシートでにこにこしている日向子を横目で見て、有砂は呆れたように言った。
「ジブン、深く考えずに、誰にでもそういうこと言うクチやろう」
「まあ、そのようなことはないと思いますけれど」
「いや、無意識にゆーてる筈やで」
有砂の指摘は的確なものだったが、日向子には驚くほど自覚がなかった。
「まあ……オレは別にかまへんけどな。そういう発言を一々真に受けて舞い上がるアホもおるから、気ぃつけや」
日向子は相変わらず要領を得ないようなぽやんとした顔をしていたが、
「……でもわたくし、本当に有砂様は素敵だと思いますわ。
お背が高くていらっしゃって、スタイルがおよろしいから何を着てもお似合いですもの。
雰囲気も大人っぽくて落ち着いていらっしゃるし、話し方も静かで知的な感じが致しますわ。
それにステージでドラムを叩いていらっしゃる時など、本当に……」
「あーっ、だからそれをやめ、ゆーてるんやろ!」
「でもわたくしは……」
有砂が手の甲でダン、とウインドウを叩くと、日向子は流石にびっくりして止まった。
「……では、自粛致しますわ……」
隣で目をぱちぱちさせる日向子の耳に届かないような小声、有砂は、溜め息まじりで呟いた。
「……舞い上がらす気ぃか。アホ」
「そっかそっか、じゃあ原稿はなんとか間に合いそうなんだね」
「はい、蝉様へのインタビューは次回に持ち越しになってしまいそうですけれど」
いつものカフェから、編集部オフィスまでの帰り道、日向子は美々にここまでの取材の報告をしていた。
「いいんじゃない? リズム隊好きのドーリィは熱狂的なの多いし」
「どーりぃ? とはなんですの?」
日向子の知らない単語だった。
「heliodorのファンは自分たちのことをそう呼ぶんだよ。別にメンバーが認定したわけじゃないけど定着してるみたい」
「そうでしたの。美々お姉さまは本当に、heliodorのことをよくご存じですのね??」
「んー……別にそういうわけでもないんだけどね。実はライブだって行ったことないし」
「まあ、では今度のライブには是非ご一緒致しましょう!?」
「え~? いいよ、あたしは。最近またかなり忙しいしさ」
苦笑して手をひらつかせる美々に日向子は残念そうに肩を落とした。
「残念ですわ……」
「うん。ごめんね~」
そんなことを話しながらふと、二人は向こうからやってきた同じく二人組の若い男とすれ違いかけた。
「……あれ? 井上!?」
男の一人が立ち止まり、もう一人も遅れて立ち止まる。
続いて美々と日向子も立ち止まり、そちらを振り返る。
グレーのニット帽の男は、嬉しそうに美々に話しかける。
「ほら、高校ん時一緒だった田村だよ! わかんねぇかな?」
「田村……ってあの田村!? やばい、超久々じゃん! 元気!?」
どうやら高校時代の同級生の偶然の再会だったらしい。
日向子は楽しげな美々の姿を嬉しそうに見ていた。
「……ってことだからさ、忙しくても、もっと同窓会とか顔出せよな?」
「はいはい。わかったよ。じゃあね~、元気でね」
「おう。またな~!」
ハイテンションな長くはない立ち話が終わって、田村というらしい青年とその連れは去って行った。
「ごめん、待たせちゃって」
「いいえ、大丈夫ですわ。では編集部に戻りましょうか?」
また歩き出した日向子たちの遥か後方で、田村はまだ興奮さめやらぬ様子で連れと話していた。
「まさかこんなとこで会うとは思わなかったなぁ」
「あの子か~、お前が高校時代に告って玉砕した、クラス一番の美人って」
「そうそう、かなりイケてたろ!?」
「ま、確かに綺麗だよなぁ」
「同窓会来てくれたらオレまた狙っちゃおっかなぁ……マジでいい女だよなぁ……井上、有砂……!!」
「皆さん……俺に何か隠してませんか?」
玄鳥が思いきって口を開くと、めいめいに鳴らしていた音が一瞬ぷつんと止んで、また鳴り出した。
「兄貴?」
「さぁな……なんのことだかわかんねェな」
「蝉さん?」
「えっ? 何? 何言っちゃってんの? おれたち仲間じゃん! 隠し事なんかあるわけないない♪」
「……万楼?」
「聞こえなーい、ボク、ベースの音でなんにも聞こえなーい」
「……有砂さん?」
玄鳥が最後の一人を振り返ると、練習中にも関わらず何やら薄っぺらい雑誌をめくっていた。
「……って、何サボってるんですか!」
「しゃあないやろ、こっちは緊急に新しい仕事探さなあかんねんから」
「新しい仕事……?」
よく見れば、有砂がめくっているのはバイト求人情報のフリーペーパーだった。
「……有砂さん、モデルの仕事辞めちゃったんですか?」
「……辞めた。契約分はちゃんと働いたからな」
最後までめくり終わったフリーペーパーを投げ捨てて、有砂は欠伸をした。
「今更、時給何百円で働くのもなんやアホらしいな……」
時給何百円で絶賛労働中のメンバーたちは一斉に睨んだが、有砂は我関せずで呟く。
「……やっぱりあの件、お嬢に本気で頼んでみるか……」
「あの件?」
反芻する玄鳥。
有砂はスティックを握りながら、こともなげに言う。
「今のヤツよりかは口やかましくなくて、お嬢の仕事に理解のある運転手を雇う気はないか……って」
「ちょっ……有砂さっ」
「絶っっっ対ダメーーっ!!!」
玄鳥の声を遮って、蝉が絶叫した。
「そんなのおれは認めないぞっっっ!!」
「……リーダー、なんで蝉が取り乱すの?」
「俺が知るか」
ドラムセットに駆け寄って飛び付くようにして蝉は騒ぎ立てる。
「そんなこと冗談でも絶対言っちゃっダメだよっ! よっちん!! あの子うっかり快諾しかねないからっ!!」
「……へえ、そうなんや。ならホンマ頼んでみるか」
「よっちん……!!」
有砂はさながら威嚇するかのように、左手でシャン、とクラッシュライドを鳴らした。
「……口は災いの元。きっちり報復させてもらうで……抱き枕くん」
「あ」
有砂の身の毛がよだつほど不敵な笑みに、蝉は茫然自失となって凍りつくしかなかった。
《第3章につづく》
2007/06/29 (Fri)
一次創作関連
「……またやっちゃった……おれ何やってんだろ……」
眼鏡を外した蝉は、クラクションを避けながらハンドルの上に突っ伏した。
「ある意味チャンスだったんだよなぁ……」
放っておけば日向子は挫折したかもしれない。
有砂の取材をあきらめて、heliodorの企画をあきらめて、日向子が引けば。
日向子とメンバーの誰かがどうにかなってしまわないかという心配も、けしてバラしてはいけないと、日向子の父親から厳重に注意されている「二重生活」が発覚する心配も減る。
日向子があきらめてくれれば、蝉は今よりずっと楽になれたのだ。
だが結局、蝉は日向子に助け舟を出してしまった。
その訳は、有砂に対する自称親友としての情愛。
それと……。
スーツの胸を濡らした、温かい雫。
「……あの涙はちょぉっと卑怯なんじゃない……? ……お嬢様……」
自嘲の笑みが唇を歪める。
「……さて、今夜は誰に泊めてもらおっかな……」
《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【4】
チャイムを三回鳴らしたが、応答がなかった。
部屋には薄く灯りがついているし、駐車場には有砂の車があるのを確認したから、いないわけではない筈だ。
少し迷ったが、そんな時は使うようにと託された蝉の鍵を、日向子は使うことにした。
蝉は鍵を渡す時あっけらかんと、「マンションの名義はおれだから! おれが許可したってことで気にしなくていいよ♪」などと言っていたが、やはり人の家に勝手に入るのは少し気が引ける。
「……お邪魔致します……」
小声で呟きながら、ゆっくりドアを開けた。
「有砂様……いらっしゃいますの……?」
玄関口と入ってすぐのダイニングは灯りが消えて真っ暗だった。日向子は闇に目をこらす。
室内は「生活感」という表現で許される程度には散らかっていたが、男二人が居住する空間としては綺麗なほうだった。
もっとも日向子は男性の部屋に立ち入った経験が、先日の万楼宅の他は父の書斎くらいしかないので、その辺りの感覚はよくわからなかったが。
転がっていたビールの缶を踏みそうになったり、部屋干ししていた洗濯物に頭をぶつけたりしながらダイニングを横断し、日向子は灯りが漏れているドアを目指した。
そしてようやくたどり着き、ドアノブを掴んでひねろうとした瞬間……。
先にドアノブが回転し、日向子の意思と関係なしに、目の前のドアが開いた。
「っ」
そのまま日向子はろくに声も出せずに固まった。
ドアの向こうから姿を見せた有砂も、その瞬間目を丸くして絶句していた。
ふわり、と微かに甘い香りを含んだ温かい水蒸気が日向子の頬を撫でる。
ぽたり、と有砂の髪から滴った雫がその鎖骨の窪みを経由して、厚くはない胸を流れ落ちるのを無意識に目で追っていた。
そこには真新しい青い痣と、引き攣れたような古い傷痕がある。
「……どこ見てんねん。どスケベ」
「えっ、あ、あの……申し訳ありません! そのようなつもりでは……」
流石の日向子も顔を赤く染めて、くるっと回って有砂に背中を向けた。
そこはバスルームのドアだったのだ。
かなり大きなサイズのバスタオルをばっさりと頭から被ってはいたが、一糸まとわぬ有砂の上半身はほとんど完全に晒されている。
下は黒のスウェットを履いてくれていたのが救いだったが、それでも男性の裸に免疫のない日向子には、十分過ぎるほど強烈なビジュアルだった。
「……わざわざこんな真夜中にノゾキに来たんか? お嬢」
冷ややかな言葉が背中に突き刺さる。
「わたくし……有砂様とお話がしたくて参りましたの」
「話……?」
「昼間は取材を放り出して途中で帰ってしまって、申し訳ありませんでした……仮にもプロとして仕事する人間にあるまじきことと反省致しました」
「別に、反省するようなことでもないんちゃうか。普通、あんな場面に出くわしたら逃げたくもなるやろうからな」
あんな場面、という言葉にその「あんな場面」が頭をよぎり、日向子は一瞬どきっとしで、それを必死に振り切ろうと深呼吸する。
「それでも、わたくしは逃げるべきではありませんでしたわ」
有砂はそれを鼻で笑う。
「ホンマは軽蔑したんやないんか? ……オレがどういう男か思い知ったやろう」
日向子は後ろを向いたままで、首を左右した。
「確かに、本心を言えばとてもショックでしたわ……ですが、わたくしは有砂様を軽蔑したりはしておりません。
……有砂様のことをもっと理解したいと思っています。
何故なら有砂様は……きっと本当は純粋で温かい心を持った方だから」
バサッと音を立てて、湿ったバスタオルが床に落ちた。
「……何を言うかと思えば。ホンマにアタマの悪い女やな」
「っきゃっ……っ」
大きな手が後ろから日向子の口を塞いだ。
「そんなにオレのことが知りたいんやったら、教えたる……」
そのまま有砂は半ば無理矢理、軽々と日向子を抱き上げた。
「……っ……んっ」
声を発することも、有砂の腕から逃れることもままならず、触れ合う肌から直接伝わる体温に日向子はうろたえるしかなかった。
そうするうちに日向子は、いともたやすく寝室に運ばれ、乱暴にベッドに投げ込まれた。
「……っ……あり……ささま……っ」
仰向けの姿勢で、手首を頭の横で押さえ付けられた日向子は、闇に浮かび上がる有砂の冷たい眼差しを見上げていた。
「……忠告はした筈や。そんな調子でおったら、怖い目に遭うってな」
日向子の身体はそのままバラバラになってしまうのではないかというほど、小刻みに震えていた。
頭の中が真っ白になって、心臓が破裂しそうに鼓動する。
有砂は口の端を吊り上げる。
「ようやっと大人しなったか……? お嬢」
「……」
「……もう、諦めや」
日向子ははっとした。
「……あきらめ……」
少し視線を動かして、戒められた自分の左手首を見やった。
月を模したシルバーの輝きがそこにある。
夢の中の光景が、あの穏やかな甘い声が、そして優しい旋律が日向子の中に蘇る。
その瞬間、身体の震えは止まっていた。
「あきらめるわけ、ないです……」
渇いた喉から声を絞り出した。
「だってわたくし……怖くありませんから」
「なんや、て?」
いぶかしげに眉根を寄せる有砂を、日向子はもう一度真っ直ぐ見つめた。
恐怖に脅えた眼差しなどではなく、強い意志を湛えた瞳で。
「お友達を抱き枕にしなければ眠れないような甘えん坊さんなんて、わたくしはちっとも怖くなんかありません」
「っ……な」
有砂の顔に明らかに動揺が走った。
思わず緩んだ戒めから手首をすり抜けさせ、日向子は自由になった右手を大きく振りかざす。
パン、と小気味良い音を立て、日向子の右手が有砂の左頬を、打った。
「つっ……」
打たれた頬を押さえて、有砂は覆い被さっていた身体を日向子から離した。
日向子もまた、解放された身体を起こし、ベッドの上に品良く正座で座った。
「有砂様、ご自分の手でご自身を貶めるような真似はおやめ下さい」
「……なんや、今度は説教か」
頬を押さえて視線を明後日の方向に逃がしている有砂。
「いいからちゃんとこちらを見て、わたくしの話を聞いて下さい」
日向子の有無を言わさぬ強い口調に、有砂は微かに怯んでいるように見えた。
いつの間にか形勢は逆転していた。
「有砂様にはご自分を労る義務がありますわ」
「なんや……義務って」
「何故なら、そんな有砂様を大切に思う人がたくさんいるからです。
蝉様たちheliodorのメンバーの皆様、ファンの皆様、それにわたくしとて……有砂様が傷つくことを望みません。心の傷でも、身体の傷でも。
そしてわたくしたちはあなた様を傷付ける者を断じて許しません。それが、有砂様ご自身だったとしてもですわ」
無言のまま、まだ頬を押さえている有砂に、日向子はにっこりと微笑む。
「……乱暴なことを致しまして、申し訳ありませんでした」
有砂は目を半眼して、溜め息をついた。
「……それをお嬢が言うのは何か逆な気がする……」
「まあ……そういえば、そうですわね」
何か感心したように頷く日向子を見やりながら、有砂は額に手を押し当てた。
「……かなんわ……」
「はい……?」
「……ホンマのアホには勝たれへん」
有砂は、まるで身体の奥に蓄積されたものを全て吐き出すかのように、更に深く深く息をついて、そして、苦笑を浮かべた。
「……悪かった。オレの負けや」
有砂は、なんだかきょとんとしている日向子に、手で「もっと端に寄れ」と合図した。
日向子は素直にセミダブルのベッドの上を壁側に滑るように移動した。
日向子が移動し終わると、有砂はおもむろに、空いたスペースに身体を横たえた。
「……なんや疲れたわ……」
うつ伏せになってボソリと呟く有砂を、正座した姿勢のまま、日向子は見つめた。
そして、何故かそっと伏している有砂の、まだ半乾きの髪を、撫でた。
「……何しとん」
「いえ、なんとなく」
「……意味わからん。なんや、眠気がくる……」
「では、おやすみ下さい」
「……なあ」
「はい」
「……蝉からどこまで聞いた?」
「……」
「……まあ、ええわ。あの件をバラしよったゆーだけで十分や……あいつ、極刑やな……」
表情の読めない姿勢で、なかなか不穏当なことを口走る有砂に、蝉のこれからを少し心配しながら、日向子もようやく一息ついた。
安堵した途端、思わずこみ上げてきた欠伸を押さえきれず、日向子は、目をこすった……。
「あ……あ……あぁぁぁぁっ!!!」
まるで断末魔のような恐ろしい悲鳴という、効果覿面な目覚ましアラームで、日向子はぱちっと目を開けた。
「……あら? わたくし、いつの間に」
ゆっくりベッドから身体を起こすと、寝室の入り口に見知った顔を見つけた。
「まあ……蝉様、おはようございます……」
「お……お……おはよう、じゃないからっ!!」
「はい?」
「何この状況!?」
蝉はしゃがみこんでオレンジの頭を抱え込み、ふるふる震える。
「なんでよっちんのベッドで二人で寝てんの!? ……しかもよっちんってば半裸だしぃ!?
……うそだぁぁぁ……」
「あの蝉様、まだ有砂様、眠っていらっしゃいますので。お静かに」
常識然とした日向子の注意に、蝉はぴたっと黙った。
それから小声に改めて再び口を開いた。
「こんな騒いでも起きないか……眠りの浅いよっちんには珍しいかも」
二人は、ベッドに横向きに身体を投げ出して、無防備な寝顔を晒している有砂を覗き込んだ。
規則正しい寝息から、有砂が安らかな眠りの中にあることは明らかだった。
「……日向子ちゃんの隣だと安心できんのかな」
「え……?」
「……そ、それともそんなに疲れて、ぐっすり寝ちゃうほどすごいことしちゃったの? キミたち」
再びふるふる震える蝉を不思議そうに見つめながら、若干寝惚けた口調で日向子は言った。
「ちょっと痛かったし、ちょっと怖かったですけど……やっぱり有砂様は優しかったです」
そうして、近所迷惑な悲鳴が再び辺りに響き渡ったのだった。
《つづく》
眼鏡を外した蝉は、クラクションを避けながらハンドルの上に突っ伏した。
「ある意味チャンスだったんだよなぁ……」
放っておけば日向子は挫折したかもしれない。
有砂の取材をあきらめて、heliodorの企画をあきらめて、日向子が引けば。
日向子とメンバーの誰かがどうにかなってしまわないかという心配も、けしてバラしてはいけないと、日向子の父親から厳重に注意されている「二重生活」が発覚する心配も減る。
日向子があきらめてくれれば、蝉は今よりずっと楽になれたのだ。
だが結局、蝉は日向子に助け舟を出してしまった。
その訳は、有砂に対する自称親友としての情愛。
それと……。
スーツの胸を濡らした、温かい雫。
「……あの涙はちょぉっと卑怯なんじゃない……? ……お嬢様……」
自嘲の笑みが唇を歪める。
「……さて、今夜は誰に泊めてもらおっかな……」
《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【4】
チャイムを三回鳴らしたが、応答がなかった。
部屋には薄く灯りがついているし、駐車場には有砂の車があるのを確認したから、いないわけではない筈だ。
少し迷ったが、そんな時は使うようにと託された蝉の鍵を、日向子は使うことにした。
蝉は鍵を渡す時あっけらかんと、「マンションの名義はおれだから! おれが許可したってことで気にしなくていいよ♪」などと言っていたが、やはり人の家に勝手に入るのは少し気が引ける。
「……お邪魔致します……」
小声で呟きながら、ゆっくりドアを開けた。
「有砂様……いらっしゃいますの……?」
玄関口と入ってすぐのダイニングは灯りが消えて真っ暗だった。日向子は闇に目をこらす。
室内は「生活感」という表現で許される程度には散らかっていたが、男二人が居住する空間としては綺麗なほうだった。
もっとも日向子は男性の部屋に立ち入った経験が、先日の万楼宅の他は父の書斎くらいしかないので、その辺りの感覚はよくわからなかったが。
転がっていたビールの缶を踏みそうになったり、部屋干ししていた洗濯物に頭をぶつけたりしながらダイニングを横断し、日向子は灯りが漏れているドアを目指した。
そしてようやくたどり着き、ドアノブを掴んでひねろうとした瞬間……。
先にドアノブが回転し、日向子の意思と関係なしに、目の前のドアが開いた。
「っ」
そのまま日向子はろくに声も出せずに固まった。
ドアの向こうから姿を見せた有砂も、その瞬間目を丸くして絶句していた。
ふわり、と微かに甘い香りを含んだ温かい水蒸気が日向子の頬を撫でる。
ぽたり、と有砂の髪から滴った雫がその鎖骨の窪みを経由して、厚くはない胸を流れ落ちるのを無意識に目で追っていた。
そこには真新しい青い痣と、引き攣れたような古い傷痕がある。
「……どこ見てんねん。どスケベ」
「えっ、あ、あの……申し訳ありません! そのようなつもりでは……」
流石の日向子も顔を赤く染めて、くるっと回って有砂に背中を向けた。
そこはバスルームのドアだったのだ。
かなり大きなサイズのバスタオルをばっさりと頭から被ってはいたが、一糸まとわぬ有砂の上半身はほとんど完全に晒されている。
下は黒のスウェットを履いてくれていたのが救いだったが、それでも男性の裸に免疫のない日向子には、十分過ぎるほど強烈なビジュアルだった。
「……わざわざこんな真夜中にノゾキに来たんか? お嬢」
冷ややかな言葉が背中に突き刺さる。
「わたくし……有砂様とお話がしたくて参りましたの」
「話……?」
「昼間は取材を放り出して途中で帰ってしまって、申し訳ありませんでした……仮にもプロとして仕事する人間にあるまじきことと反省致しました」
「別に、反省するようなことでもないんちゃうか。普通、あんな場面に出くわしたら逃げたくもなるやろうからな」
あんな場面、という言葉にその「あんな場面」が頭をよぎり、日向子は一瞬どきっとしで、それを必死に振り切ろうと深呼吸する。
「それでも、わたくしは逃げるべきではありませんでしたわ」
有砂はそれを鼻で笑う。
「ホンマは軽蔑したんやないんか? ……オレがどういう男か思い知ったやろう」
日向子は後ろを向いたままで、首を左右した。
「確かに、本心を言えばとてもショックでしたわ……ですが、わたくしは有砂様を軽蔑したりはしておりません。
……有砂様のことをもっと理解したいと思っています。
何故なら有砂様は……きっと本当は純粋で温かい心を持った方だから」
バサッと音を立てて、湿ったバスタオルが床に落ちた。
「……何を言うかと思えば。ホンマにアタマの悪い女やな」
「っきゃっ……っ」
大きな手が後ろから日向子の口を塞いだ。
「そんなにオレのことが知りたいんやったら、教えたる……」
そのまま有砂は半ば無理矢理、軽々と日向子を抱き上げた。
「……っ……んっ」
声を発することも、有砂の腕から逃れることもままならず、触れ合う肌から直接伝わる体温に日向子はうろたえるしかなかった。
そうするうちに日向子は、いともたやすく寝室に運ばれ、乱暴にベッドに投げ込まれた。
「……っ……あり……ささま……っ」
仰向けの姿勢で、手首を頭の横で押さえ付けられた日向子は、闇に浮かび上がる有砂の冷たい眼差しを見上げていた。
「……忠告はした筈や。そんな調子でおったら、怖い目に遭うってな」
日向子の身体はそのままバラバラになってしまうのではないかというほど、小刻みに震えていた。
頭の中が真っ白になって、心臓が破裂しそうに鼓動する。
有砂は口の端を吊り上げる。
「ようやっと大人しなったか……? お嬢」
「……」
「……もう、諦めや」
日向子ははっとした。
「……あきらめ……」
少し視線を動かして、戒められた自分の左手首を見やった。
月を模したシルバーの輝きがそこにある。
夢の中の光景が、あの穏やかな甘い声が、そして優しい旋律が日向子の中に蘇る。
その瞬間、身体の震えは止まっていた。
「あきらめるわけ、ないです……」
渇いた喉から声を絞り出した。
「だってわたくし……怖くありませんから」
「なんや、て?」
いぶかしげに眉根を寄せる有砂を、日向子はもう一度真っ直ぐ見つめた。
恐怖に脅えた眼差しなどではなく、強い意志を湛えた瞳で。
「お友達を抱き枕にしなければ眠れないような甘えん坊さんなんて、わたくしはちっとも怖くなんかありません」
「っ……な」
有砂の顔に明らかに動揺が走った。
思わず緩んだ戒めから手首をすり抜けさせ、日向子は自由になった右手を大きく振りかざす。
パン、と小気味良い音を立て、日向子の右手が有砂の左頬を、打った。
「つっ……」
打たれた頬を押さえて、有砂は覆い被さっていた身体を日向子から離した。
日向子もまた、解放された身体を起こし、ベッドの上に品良く正座で座った。
「有砂様、ご自分の手でご自身を貶めるような真似はおやめ下さい」
「……なんや、今度は説教か」
頬を押さえて視線を明後日の方向に逃がしている有砂。
「いいからちゃんとこちらを見て、わたくしの話を聞いて下さい」
日向子の有無を言わさぬ強い口調に、有砂は微かに怯んでいるように見えた。
いつの間にか形勢は逆転していた。
「有砂様にはご自分を労る義務がありますわ」
「なんや……義務って」
「何故なら、そんな有砂様を大切に思う人がたくさんいるからです。
蝉様たちheliodorのメンバーの皆様、ファンの皆様、それにわたくしとて……有砂様が傷つくことを望みません。心の傷でも、身体の傷でも。
そしてわたくしたちはあなた様を傷付ける者を断じて許しません。それが、有砂様ご自身だったとしてもですわ」
無言のまま、まだ頬を押さえている有砂に、日向子はにっこりと微笑む。
「……乱暴なことを致しまして、申し訳ありませんでした」
有砂は目を半眼して、溜め息をついた。
「……それをお嬢が言うのは何か逆な気がする……」
「まあ……そういえば、そうですわね」
何か感心したように頷く日向子を見やりながら、有砂は額に手を押し当てた。
「……かなんわ……」
「はい……?」
「……ホンマのアホには勝たれへん」
有砂は、まるで身体の奥に蓄積されたものを全て吐き出すかのように、更に深く深く息をついて、そして、苦笑を浮かべた。
「……悪かった。オレの負けや」
有砂は、なんだかきょとんとしている日向子に、手で「もっと端に寄れ」と合図した。
日向子は素直にセミダブルのベッドの上を壁側に滑るように移動した。
日向子が移動し終わると、有砂はおもむろに、空いたスペースに身体を横たえた。
「……なんや疲れたわ……」
うつ伏せになってボソリと呟く有砂を、正座した姿勢のまま、日向子は見つめた。
そして、何故かそっと伏している有砂の、まだ半乾きの髪を、撫でた。
「……何しとん」
「いえ、なんとなく」
「……意味わからん。なんや、眠気がくる……」
「では、おやすみ下さい」
「……なあ」
「はい」
「……蝉からどこまで聞いた?」
「……」
「……まあ、ええわ。あの件をバラしよったゆーだけで十分や……あいつ、極刑やな……」
表情の読めない姿勢で、なかなか不穏当なことを口走る有砂に、蝉のこれからを少し心配しながら、日向子もようやく一息ついた。
安堵した途端、思わずこみ上げてきた欠伸を押さえきれず、日向子は、目をこすった……。
「あ……あ……あぁぁぁぁっ!!!」
まるで断末魔のような恐ろしい悲鳴という、効果覿面な目覚ましアラームで、日向子はぱちっと目を開けた。
「……あら? わたくし、いつの間に」
ゆっくりベッドから身体を起こすと、寝室の入り口に見知った顔を見つけた。
「まあ……蝉様、おはようございます……」
「お……お……おはよう、じゃないからっ!!」
「はい?」
「何この状況!?」
蝉はしゃがみこんでオレンジの頭を抱え込み、ふるふる震える。
「なんでよっちんのベッドで二人で寝てんの!? ……しかもよっちんってば半裸だしぃ!?
……うそだぁぁぁ……」
「あの蝉様、まだ有砂様、眠っていらっしゃいますので。お静かに」
常識然とした日向子の注意に、蝉はぴたっと黙った。
それから小声に改めて再び口を開いた。
「こんな騒いでも起きないか……眠りの浅いよっちんには珍しいかも」
二人は、ベッドに横向きに身体を投げ出して、無防備な寝顔を晒している有砂を覗き込んだ。
規則正しい寝息から、有砂が安らかな眠りの中にあることは明らかだった。
「……日向子ちゃんの隣だと安心できんのかな」
「え……?」
「……そ、それともそんなに疲れて、ぐっすり寝ちゃうほどすごいことしちゃったの? キミたち」
再びふるふる震える蝉を不思議そうに見つめながら、若干寝惚けた口調で日向子は言った。
「ちょっと痛かったし、ちょっと怖かったですけど……やっぱり有砂様は優しかったです」
そうして、近所迷惑な悲鳴が再び辺りに響き渡ったのだった。
《つづく》
2007/06/28 (Thu)
一次創作関連
懐かしい、メロディが聞こえる。
美しく優しく、どこか悲しいピアノの旋律。
「レディ、何故泣いているのですか?」
低く、心地好く響く甘やかな声。
「……伯爵様……」
漆黒のロングコートをまとった青年は、右手の革の手袋を外して、芸術品のように美しい形をしたその手を差し出した。
「いらっしゃい」
日向子はためらいがちに手を伸ばし、その手を取った。
ひんやりと、冷たい。
「……レディ、貴女を悲しませるものはなんだろうか?」
「わたくしが……悲しいのは……」
すん、と鼻を鳴らして涙を飲み込む。
「人の心が、わからないからです……」
「これは奇妙なことを……他人の心がわかる者など、どこにもいる筈がない。この私とて、貴女の心を透かし見ることなど叶わないのだよ」
「……ではわたくしは、どうすれば……」
「伯爵」はコートの中に日向子をそっと抱き込んだ。
「どうすればいいかわからない……では私が『こうしなさい』と言ったら、そうするのかな? レディは」
「……え……?」
「それならば私の意見はこうです……『あきらめなさい』」
驚いたように視線を上げる日向子。
ぼやけた視界の中で、「伯爵」は優しく笑う。
「……今『そんなの嫌だ』と思ったね? それが……全てだよ」
《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【3】
「……伯爵様……」
重い瞼を開けた。
「……夢……?」
そう、それは夢だった。
けれど。
目が覚めた後も、あのメロディは確かに日向子の耳に届いていた。
「……ピアノ……」
日向子の視界には、毎日挨拶をする伯爵の肖像がある。
ここは間違いなく自宅のピアノ室らしかった。
誰かが日向子のピアノを弾いているのだ。
日向子はその音色を奏でる者を確かめるべく、身体を預けていたソファからゆっくり上体を起こす。
グランドピアノの前に座る人物の、オレンジ色の髪を見た瞬間、日向子は息を呑んだ。
「ぜ、蝉様……!?」
演奏が、止まる。
「おはよん♪ 日向子ちゃん」
蝉はにっこり笑う。
「びっくりした?」
「び、びっくり致しました……」
「遊びに来たんだけど、迷惑だったかな?」
日向子は寝起きということも手伝って、ゆっくりとパニック状態に陥ろうとしていた。
「あ、あの……雪乃は……」
「雪乃さんって、あのクールでかっこいい人? その人がおれを部屋に入れてくれたんだケドさ、急用があるとかで出掛けちゃったんだよねー」
「まあ、そうでしたの……」
よく考えてみればあの雪乃に限って、よく知らない男を日向子の自宅に上げて、あまつさえ二人きりにしていなくなることなどありえないのだが、今の日向子は気付く余裕がない。
「今の曲……mont suchtの『月影逢瀬』……わたくしの好きな曲ですわ」
「マジで? そりゃちょうどよかったなぁ」
「……ありがとうございます。おかげ様で、良い夢が見られたような気が致しますわ」
「……そっか」
蝉はどこか満足そうに呟いて、立ち上がった。
「ホントはさ、話そうと思って来たんだよね」
「え……?」
「まあ、日向子ちゃんが聞きたければ話すし、聞きたくなければ話さないつもりだケド」
蝉は日向子が上体を起こしたことで生まれた、ソファのスペースに腰を下ろした。
「あいつのコト、まだ知りたいって思う?」
「あいつ……と申しますと……」
「日向子ちゃんを泣かせたバカのコト」
「……有砂様の……」
蝉はじっと日向子を見つめて、待つ。
日向子はその視線を受け止めて、そして、答えた。
「まだあきらめるわけには参りません……わ」
「おれが施設で育ったって話、誰かに聞いた?」
「はい……伺いました」
リビングに場所を移し、温かい紅茶とお茶うけのリーフパイが乗ったテーブルで、蝉は話し始めた。
「実はよっちんも一時期だけ同じ施設にいたことがあって、おれたちはそん時に出会ったんだ」
「でも、有砂様にはご家族が……」
「うん、そうなんだけど……ある事件があって、その後始末に大人が追われてる間、よっちんは施設に匿われてたんだよね」
「事件……」
「……よっちんさ、双子の妹にナイフで刺されたんだって」
「……!」
それは一言で十分過ぎるほど陰惨で残酷なインパクトを日向子にもたらした。
「その双子の妹が『有砂』ちゃんっていうんだ。
よっちんのホントのお母さんのモデル時代の芸名でもあるんだけどね」
「有砂」という名前は、「沢城佳人」にとっては、深い因縁のある名前らしかった。
「よっちんが物心ついた頃には両親の仲はとっくに冷えてて、親父さんには何人も愛人がいたみたい。
お母さんも精神的に追い詰められて、子どもにまで手が回らなかったんじゃないかな。
そんなんだから、よっちんと有砂ちゃんは、いつも二人きりで、小学校に上がってからも一緒のベッドで寝るくらい仲が良かったんだって」
「それでは……何故?」
「親父さんが愛人の一人……薔子さんと再婚するってんで、ご両親は結局破局。お母さんは子どもを二人とも引き取りたかったんだケド、経済的に無理だったらしい。
で、有砂ちゃんだけを引き取った。……有砂ちゃんはお母さんによく似てたから、薔子さんにあんまり気に入られてなかったみたいで。
その頃のよっちんには有砂ちゃんが全てだったから、マジで辛かったと思う」
日向子の胸は痛んだ。
有砂にも……大切なものは、あったのだ。
「離れてから一年ちょっとしたある夜に、よっちんは親父さんたちに内緒で有砂ちゃんに会いに行った。
お土産の、お菓子を持ってさ。
もちろん、喜んで迎えてくれるって信じてたんだケド……その夜、事件は起きた」
蝉は、わずかに目を伏せる。自分で話していて、いたたまれなくなったというように。
「有砂ちゃんさ、虐待されてたんだよ……離婚がきっかけで、お母さんの心は限界だったんだね……。
そして有砂ちゃんの幼い心も限界だった。
どうして自分だけこんな目に遭うのか、どうして母親に引き取られたのは自分だったのか……そんな気持ちだったのかなって思う」
不遇な運命は、まだ小さな少女の心を狂わせてしまったのか。
慕っていた筈の兄に、憎悪の刃を向けてしまうほどに。
「お母さんは強制入院、有砂ちゃんもどっかの施設に送られて、それっきりだよ。
当時は結構センセーショナルな事件で、世間も騒ぎまくってさ……よっちんがマスコミ嫌いなのは多分そのせいだと思うよ」
「そのようなことが……」
日向子は誰を責めたら良いのかすらもわからない、不幸としか言いようのない過去に、深い悲しみを感じずにはいられなかった。
「……けれど蝉様、そのことは有砂様が自ら蝉様に話されたのですか? ……わたくしが考えるに」
「あいつは人にそんな話をしたがらないんじゃないかって? ……いいとこに気付いたじゃん。
これはさ、よっちんが不覚にもおれに借りを作った時に、その返済のために話してくれたんだよね~」
「借り……ですか」
「うん……それがまた、ある意味ちょっとエグい話なんだケドね~……」
蝉はなんだか意味深な苦笑を浮かべた。
「施設にいた時なんだけどさ、おれとよっちんはたまたま部屋が一緒で、布団並べて寝てたのよ。
そしたらあいつ、夜中に人の布団に入って来てさ、抱きついてくんの! マジで!!」
「まあ……」
「毎晩毎晩、無意識にだよ。多分、妹をだっこして寝るのがクセんなってたんだろうね。
おれ的にはたまったもんじやなかったんだケド、振りほどくとあいつ、必ずうなされるしさぁ……なんか可哀想じゃん?
結局施設にいる間、おれはずっとよっちんの抱き枕だったってワケ!」
笑っては申し訳ないと思いながら、日向子は思わず少しだけ笑みをこぼした。
「……なんだか、可愛いです……お二人とも」
「そ……可愛いもんでしょ。もうずっと昔の話だけどね。でもよっちんはさ、多分あの頃と変わってないんだよね。
独りで寝るのが辛いから、誰でもいいから一緒に寝てほしいんじゃないのかなって思う」
「あ……」
「それにさ、よっちんって実は人一倍庇護欲が強くて、誰かを守りたいとか、大切にしたいとか思ってるのに、その対象がなくなっちゃって、自分でもどうしていいんだかわかんなくなっちゃってる気がする。
その証拠に玄鳥や万楼には遠回しにアドバイスしてやったり、なんだかんだ心配してんのわかるし」
有砂には大切なものが、ない。
再び噛み締めたそれは、日向子の中に昼間感じたのとは違う感情を呼び起こしていた。
「……わたくしは愚かで、浅はかでした。有砂様のお気持ちを思いやることができませんでした……。
何も知らないのに、理解しているようなつもりでいたから、裏切られたような気がしてしまったのだわ……」
「何言っちゃってんの、そんなヘビーに取らないで」
蝉は今までの重い空気を払拭するように明るい笑顔で日向子を見た。
「人の気持ちなんて、本人にだってよくわかんなかったりするんだし、しょーがないってカンジ。
おれが話したこともほとんど推測入ってるしさ。
けどおれ、こんなんでも一応自称よっちんの親友だからね」
ぽん、と得意気に胸を張る。
「全っ然了承はされてないケド、そう思うのはおれの勝手だし!
ほっとけないんだもん。仕方なくない?」
「……そうですわ……」
リアルな夢の中で、伯爵が言っていたことが頭をよぎる。
――どうすればいいかわからない……
では私が『こうしなさい』と言ったら
そうするのかな? レディは
――……今『そんなの嫌だ』と思ったね?
それが……全てだよ
「どうすればいいか、より、どうしたいか……。わたくし自身がどう思うかですのね……」
「……お嬢様、ご気分はいかがですか?」
「心配かけてごめんなさい……わたくし、少し元気が出ました」
蝉と入れ替わりで帰ってきた雪乃を出迎えて、日向子は微笑んだ。
「……それは何よりです」
雪乃はあくまで冷静な口調だったが、その瞳にはどこか優しげな色があった……ような気がした。
それも日向子の推測でしかないのかもしれないが。
「折角帰って来たばかりで申し訳ないのだけれど、わたくし出掛けたいので、車を出して頂けて?」
「このような夜更けにお出掛けですか? 私としては賛成致しかねますが」
「ええ、どうしても今夜のうちに会ってお話したい方がいらっしゃいますの」
「……左様ですか。それでは、特別に黙認致します。
ただし……くれぐれも、無茶はなさらないで下さい」
「ええ、ありがとう!」
日向子は久しぶりに心からの笑みを浮かべた。
「わたくし、絶対に諦めませんわ!!」
《つづく》
美しく優しく、どこか悲しいピアノの旋律。
「レディ、何故泣いているのですか?」
低く、心地好く響く甘やかな声。
「……伯爵様……」
漆黒のロングコートをまとった青年は、右手の革の手袋を外して、芸術品のように美しい形をしたその手を差し出した。
「いらっしゃい」
日向子はためらいがちに手を伸ばし、その手を取った。
ひんやりと、冷たい。
「……レディ、貴女を悲しませるものはなんだろうか?」
「わたくしが……悲しいのは……」
すん、と鼻を鳴らして涙を飲み込む。
「人の心が、わからないからです……」
「これは奇妙なことを……他人の心がわかる者など、どこにもいる筈がない。この私とて、貴女の心を透かし見ることなど叶わないのだよ」
「……ではわたくしは、どうすれば……」
「伯爵」はコートの中に日向子をそっと抱き込んだ。
「どうすればいいかわからない……では私が『こうしなさい』と言ったら、そうするのかな? レディは」
「……え……?」
「それならば私の意見はこうです……『あきらめなさい』」
驚いたように視線を上げる日向子。
ぼやけた視界の中で、「伯爵」は優しく笑う。
「……今『そんなの嫌だ』と思ったね? それが……全てだよ」
《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【3】
「……伯爵様……」
重い瞼を開けた。
「……夢……?」
そう、それは夢だった。
けれど。
目が覚めた後も、あのメロディは確かに日向子の耳に届いていた。
「……ピアノ……」
日向子の視界には、毎日挨拶をする伯爵の肖像がある。
ここは間違いなく自宅のピアノ室らしかった。
誰かが日向子のピアノを弾いているのだ。
日向子はその音色を奏でる者を確かめるべく、身体を預けていたソファからゆっくり上体を起こす。
グランドピアノの前に座る人物の、オレンジ色の髪を見た瞬間、日向子は息を呑んだ。
「ぜ、蝉様……!?」
演奏が、止まる。
「おはよん♪ 日向子ちゃん」
蝉はにっこり笑う。
「びっくりした?」
「び、びっくり致しました……」
「遊びに来たんだけど、迷惑だったかな?」
日向子は寝起きということも手伝って、ゆっくりとパニック状態に陥ろうとしていた。
「あ、あの……雪乃は……」
「雪乃さんって、あのクールでかっこいい人? その人がおれを部屋に入れてくれたんだケドさ、急用があるとかで出掛けちゃったんだよねー」
「まあ、そうでしたの……」
よく考えてみればあの雪乃に限って、よく知らない男を日向子の自宅に上げて、あまつさえ二人きりにしていなくなることなどありえないのだが、今の日向子は気付く余裕がない。
「今の曲……mont suchtの『月影逢瀬』……わたくしの好きな曲ですわ」
「マジで? そりゃちょうどよかったなぁ」
「……ありがとうございます。おかげ様で、良い夢が見られたような気が致しますわ」
「……そっか」
蝉はどこか満足そうに呟いて、立ち上がった。
「ホントはさ、話そうと思って来たんだよね」
「え……?」
「まあ、日向子ちゃんが聞きたければ話すし、聞きたくなければ話さないつもりだケド」
蝉は日向子が上体を起こしたことで生まれた、ソファのスペースに腰を下ろした。
「あいつのコト、まだ知りたいって思う?」
「あいつ……と申しますと……」
「日向子ちゃんを泣かせたバカのコト」
「……有砂様の……」
蝉はじっと日向子を見つめて、待つ。
日向子はその視線を受け止めて、そして、答えた。
「まだあきらめるわけには参りません……わ」
「おれが施設で育ったって話、誰かに聞いた?」
「はい……伺いました」
リビングに場所を移し、温かい紅茶とお茶うけのリーフパイが乗ったテーブルで、蝉は話し始めた。
「実はよっちんも一時期だけ同じ施設にいたことがあって、おれたちはそん時に出会ったんだ」
「でも、有砂様にはご家族が……」
「うん、そうなんだけど……ある事件があって、その後始末に大人が追われてる間、よっちんは施設に匿われてたんだよね」
「事件……」
「……よっちんさ、双子の妹にナイフで刺されたんだって」
「……!」
それは一言で十分過ぎるほど陰惨で残酷なインパクトを日向子にもたらした。
「その双子の妹が『有砂』ちゃんっていうんだ。
よっちんのホントのお母さんのモデル時代の芸名でもあるんだけどね」
「有砂」という名前は、「沢城佳人」にとっては、深い因縁のある名前らしかった。
「よっちんが物心ついた頃には両親の仲はとっくに冷えてて、親父さんには何人も愛人がいたみたい。
お母さんも精神的に追い詰められて、子どもにまで手が回らなかったんじゃないかな。
そんなんだから、よっちんと有砂ちゃんは、いつも二人きりで、小学校に上がってからも一緒のベッドで寝るくらい仲が良かったんだって」
「それでは……何故?」
「親父さんが愛人の一人……薔子さんと再婚するってんで、ご両親は結局破局。お母さんは子どもを二人とも引き取りたかったんだケド、経済的に無理だったらしい。
で、有砂ちゃんだけを引き取った。……有砂ちゃんはお母さんによく似てたから、薔子さんにあんまり気に入られてなかったみたいで。
その頃のよっちんには有砂ちゃんが全てだったから、マジで辛かったと思う」
日向子の胸は痛んだ。
有砂にも……大切なものは、あったのだ。
「離れてから一年ちょっとしたある夜に、よっちんは親父さんたちに内緒で有砂ちゃんに会いに行った。
お土産の、お菓子を持ってさ。
もちろん、喜んで迎えてくれるって信じてたんだケド……その夜、事件は起きた」
蝉は、わずかに目を伏せる。自分で話していて、いたたまれなくなったというように。
「有砂ちゃんさ、虐待されてたんだよ……離婚がきっかけで、お母さんの心は限界だったんだね……。
そして有砂ちゃんの幼い心も限界だった。
どうして自分だけこんな目に遭うのか、どうして母親に引き取られたのは自分だったのか……そんな気持ちだったのかなって思う」
不遇な運命は、まだ小さな少女の心を狂わせてしまったのか。
慕っていた筈の兄に、憎悪の刃を向けてしまうほどに。
「お母さんは強制入院、有砂ちゃんもどっかの施設に送られて、それっきりだよ。
当時は結構センセーショナルな事件で、世間も騒ぎまくってさ……よっちんがマスコミ嫌いなのは多分そのせいだと思うよ」
「そのようなことが……」
日向子は誰を責めたら良いのかすらもわからない、不幸としか言いようのない過去に、深い悲しみを感じずにはいられなかった。
「……けれど蝉様、そのことは有砂様が自ら蝉様に話されたのですか? ……わたくしが考えるに」
「あいつは人にそんな話をしたがらないんじゃないかって? ……いいとこに気付いたじゃん。
これはさ、よっちんが不覚にもおれに借りを作った時に、その返済のために話してくれたんだよね~」
「借り……ですか」
「うん……それがまた、ある意味ちょっとエグい話なんだケドね~……」
蝉はなんだか意味深な苦笑を浮かべた。
「施設にいた時なんだけどさ、おれとよっちんはたまたま部屋が一緒で、布団並べて寝てたのよ。
そしたらあいつ、夜中に人の布団に入って来てさ、抱きついてくんの! マジで!!」
「まあ……」
「毎晩毎晩、無意識にだよ。多分、妹をだっこして寝るのがクセんなってたんだろうね。
おれ的にはたまったもんじやなかったんだケド、振りほどくとあいつ、必ずうなされるしさぁ……なんか可哀想じゃん?
結局施設にいる間、おれはずっとよっちんの抱き枕だったってワケ!」
笑っては申し訳ないと思いながら、日向子は思わず少しだけ笑みをこぼした。
「……なんだか、可愛いです……お二人とも」
「そ……可愛いもんでしょ。もうずっと昔の話だけどね。でもよっちんはさ、多分あの頃と変わってないんだよね。
独りで寝るのが辛いから、誰でもいいから一緒に寝てほしいんじゃないのかなって思う」
「あ……」
「それにさ、よっちんって実は人一倍庇護欲が強くて、誰かを守りたいとか、大切にしたいとか思ってるのに、その対象がなくなっちゃって、自分でもどうしていいんだかわかんなくなっちゃってる気がする。
その証拠に玄鳥や万楼には遠回しにアドバイスしてやったり、なんだかんだ心配してんのわかるし」
有砂には大切なものが、ない。
再び噛み締めたそれは、日向子の中に昼間感じたのとは違う感情を呼び起こしていた。
「……わたくしは愚かで、浅はかでした。有砂様のお気持ちを思いやることができませんでした……。
何も知らないのに、理解しているようなつもりでいたから、裏切られたような気がしてしまったのだわ……」
「何言っちゃってんの、そんなヘビーに取らないで」
蝉は今までの重い空気を払拭するように明るい笑顔で日向子を見た。
「人の気持ちなんて、本人にだってよくわかんなかったりするんだし、しょーがないってカンジ。
おれが話したこともほとんど推測入ってるしさ。
けどおれ、こんなんでも一応自称よっちんの親友だからね」
ぽん、と得意気に胸を張る。
「全っ然了承はされてないケド、そう思うのはおれの勝手だし!
ほっとけないんだもん。仕方なくない?」
「……そうですわ……」
リアルな夢の中で、伯爵が言っていたことが頭をよぎる。
――どうすればいいかわからない……
では私が『こうしなさい』と言ったら
そうするのかな? レディは
――……今『そんなの嫌だ』と思ったね?
それが……全てだよ
「どうすればいいか、より、どうしたいか……。わたくし自身がどう思うかですのね……」
「……お嬢様、ご気分はいかがですか?」
「心配かけてごめんなさい……わたくし、少し元気が出ました」
蝉と入れ替わりで帰ってきた雪乃を出迎えて、日向子は微笑んだ。
「……それは何よりです」
雪乃はあくまで冷静な口調だったが、その瞳にはどこか優しげな色があった……ような気がした。
それも日向子の推測でしかないのかもしれないが。
「折角帰って来たばかりで申し訳ないのだけれど、わたくし出掛けたいので、車を出して頂けて?」
「このような夜更けにお出掛けですか? 私としては賛成致しかねますが」
「ええ、どうしても今夜のうちに会ってお話したい方がいらっしゃいますの」
「……左様ですか。それでは、特別に黙認致します。
ただし……くれぐれも、無茶はなさらないで下さい」
「ええ、ありがとう!」
日向子は久しぶりに心からの笑みを浮かべた。
「わたくし、絶対に諦めませんわ!!」
《つづく》